7 va dusonvava fog ned tel.(私はお前に嫌われたくない)

 riames、すなわちリアメスというと、いかにも都市らしい名前である。

 いままでの経験で、地名の語尾が-s、火炎形の場合、それは都市や川などの名前だとモルグズは知っていた。

 川が火炎形なのはいささか不思議だが、そうなのだから仕方ない。

 しかしこの都の名前の由来は、少し違う。

 グルディアの建国王グルードの同志であった女魔術師の名前、riamesからとられているというのだ。

 セルナーダでは女性でも語尾を男性のような火炎形にすることは、そう珍しいことでもないらしい。

 さらにとんでもないことには、いまだにそのリアメスなる老婆は健在であるという。

 魔術師には寿命を延ばすものがいるというゼムナリアの言葉は、嘘ではなかった。

 とはいえ、いま問題なのはどの料理を注文するか、ということである。

 文字の綴りは「正しい言葉」で使われていたものと変わりがない。

 実際の発音がグルディアではかなり異なるのだが。

 しばし悩んだ挙句、結局、いつものように注文はアースラに任せることにした。

 ときおり、周囲から好奇の視線を感じるのは仕方のないことだ。

 そのまま、一人だけで階段を登ったが、慣れているのでなにも感じない。

 人前での食事は、できるはずもないのだ。

 この牙を見ただけで、グルディア人でも恐怖する。

 下手をすれば宿を叩き出されるかもしれない。

 実際、似たようなことは何度かあったが、むしろモルグズとしては歓迎すべきことだった。

 そうやって、人々に対する敵意と殺意を溜め込むことができるからだ。

 いずれラクレィスが部屋に食事を持ってきてくれるはずだったが、いきなり扉が開かれた。

 ノックの習慣はセルナーダにはない。

 というよりプライヴァシーという概念も、あまりないのだ。

 てっきりラクレイスかと思ったが、小柄な人影が戸口に立っていた。

 ノーヴァルデアだ。

 木製の盆に乗せられた料理を、四人用の大きな寝台のわきの卓上に置いていく。

 なぜまた彼女が来たのだろう。

 ゼムナリアの尼僧はちょこんと寝台に腰掛けると、じっとこちらを見つめていた。

 彼女を無視して、料理にとりかかる。

 烏賊を炙ったとしか思えないものがあって、少し興奮した。

 食べると、ショスと香辛料が効いていて驚くほど美味い。

 他にもcharsewfの太腿を炙ったものもあった。

 これは要するに鶏のようなものだと、今では知っている。

 葡萄酒はあまり上等とはいえなかったが、贅沢は言ってられない。

 これでもこの安宿ではかなりのご馳走、と言っていいだろう。


 rxe:wo era vanuman cu?(料理は美味いか?)


 vanuman.gow gxa: ers u:zog.(うまいな。だが、ガキが邪魔だ)


 gxa:というのは俗語で「子供」のことだ。


 va era ned gxa:.(私はガキではない)


 しだいにモルグズはいらいらしてきた。


 wam mavto vel.(なぜ俺を見る)


 va mavto fog tuz dog.(お前を見たいからだ)


 一瞬、窓から夕陽をうけて、わずかにノーヴァルデアの目元が光ったように見えた。

 見間違いに決っている。

 なぜ、死の女神の尼僧が泣くのだ。

 無表情に何十、何百という人の命を奪ってきたとんでもない相手なのに。


 va era rxo:bin tuz.(私はお前が怖い)


 お前のほうがよほど怖い、と言いたかった。


 erv dewdalg dog cu?(俺が半アルグだからか?)


 すると信じられない答えが返っきてた。


 to dusonvato vaz.(お前が私を嫌っているからだ)


 鶏のような腿肉に齧りついたまま、モルグスは言葉を失った。


 va dusonvava fog ned tel.(私はお前に嫌われたくない)


 たぶん、ラクレィスになにか吹き込まれたのだろう。

 夜中にアースラと肉欲をぶつけあっていると、ときおり視線を感じることがある。

 ラクレィスと、そしてノーヴァルデアの目をいつしかアースラは気にしなくなっていたが、モルグズとしては落ち着けなかった。

 ラクレィスは同性愛者である。

 そして彼が、いつごろからか特別な目で自分を見ていることには気づいていた。

 これは別に問題ない。

 相手にしなければいいだけだ。

 だがどうも最近のラクレィスは、ノーヴァルデアをもいままでと違う目で見ていることが多い気がする。

 別に彼が小児性愛に目覚めた、というわけではない。

 兄が妹を、あるいは父が娘を見るような目だ。

 つまりはかつて自分が、ノーヴァルデアを見ていたのと同じ目だ。

 あえて断言してもいい。

 ラクレィスは、家族のようにノーヴァルデアを愛し始めている。

 よりにもよって、ゼムナリアの信者が、尼僧に対しそんな感情を抱いているのだ。

 馬鹿げていた。

 しかし、ゼムナリアは別に家族愛などを否定してはいないようだ。

 あの女神のことだから、とにかく人を数多く殺しさえすれば、それでいいとむしろ満足するかもしれない。

 だが、問題はそこだ。

 ラクレィスは「ノーヴァルデアがいまのような生活を続けることは間違っている」と考えている気がしてならない。

 つまり、彼女がゼムナリアの僧侶として人を殺し続けることを否定しはじめているようなのだ。

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