8 so:lo ers ci+tso.so:lo ers ci+tso.(生は苦痛である。生は苦痛である)

 笑えなかった。

 かつてのガスティスを含めた三人は、みな、筋金入りのゼムナリア信者だった。

 ガスティスは虚無を求めていると言っていたが、本質的にはゼムナリアの教えに忠実だった。

 たぶん彼は、ある意味では虚無というよりも、虚無を抱えたノーヴァルデアを信仰していたのかもしれない。

 監禁されていた部屋から脱出しても、ノーヴァルデア一人ではその先、生き残ることはできなかったはずだ。

 たぶんその手助けをしたのがガスティスだろう。

 ラクレィスは、それからなにかの理由で合流したに違いない。

 三人でいるぶんには、彼らは平然と人を殺すことができた。

 すべてを変えたのはこの自分の存在だ。

 殺意に満ちあふれていると、はじめのうちはみな思ったかもしれない。

 それは嘘ではない。

 しかし、ヴァルサとの日々で得た「人としてのささやかな幸福」をすべて忘れることはできなかった。

 それが疫病のように、無慈悲な殺戮集団であったゼムナリア信者たちを蝕み始めたのである。

 真っ先にそれに気づいたガスティスは、出ていった。

 さらにノーヴァルデアやラクレィスも、この病のようなもの感染してしまった。

 「生きることは苦痛だけではないかもしれない」とノーヴァルデアに思わせてしまったのだ。

 そんな少女の姿を見ているうちに、ラクレィスまでもがおかしくなった。

 ただ一人、アースラだけは超然としているが、これは人生経験の違いだろう、とモルグズは考えている。

 彼女は人生の良いところも、悪いところも知り尽くした挙句に、クーファーの炎で世界を焼くことを望んだ。

 これに対し、ラクレィスは闇魔術師であり、あるいは「現実の人々の生活」とは隔たった環境で暮らしていた可能性がある。

 ノーヴァルデアに至っては、その精神年齢は見かけよりも幼い。

 モルグズは歪んだ笑みを浮かべた。

 厄介なことになっている。

 自分の存在が、ゼムナリアの尼僧と信者を狂わせ始めている。

 だが、はっきり言ってしまえば、彼らはとうに「手遅れ」なのだ。

 あれだけ大量に殺人を重ねたものたちが、今更まっとうに社会に適応しよう、などというのは虫が良すぎる。

 ノーヴァルデアはある意味、被害者であるともいえるが、すでにそれを超える罪を犯している。

 ラクレィスは自分からゼムナリア信者になったのだから、今頃になって人間らしい心を取れ戻したといっても、もう遅い。

 ましてやこの社会は、罪を犯した者には恐ろしく厳しく出来ている。

 ラクレィスは決して愚かではないから、理屈ではわかっているのだろう。

 だが、人間のなかで理屈と感情が葛藤を始めたとき、感情が勝利することをモルグズは知っていた。


 dusonvav tuz.(俺はお前が嫌いだ)


 モルグズは言った。


 zemgete a:mofe reyszo.eto zad.reysi duvikas ned so:lozo.fovs solos fen zo.gow zemgete mig a:mofe reysuzo.alunreys vomos ned zemonozo.ta so:lo ers ned ci+tso kul.losxuto da jodle cu?(お前は多くの人々を殺した。お前は悪だ。人々は生を誤解などしていない。生きることを欲している。だが、お前はあまりにもたくさんの人々を殺した。誰も死など望んでいない。そして人生は苦痛だけじゃない。お前もそれに気づき始めているだろ?)


 なにもかも、これではぶちこわしだ。

 自分でも、これが最適解ではないとわかっている。

 いままで通り、冷淡にノーヴァルデアを突き話し、彼女に殺人を勧め、人殺しをさせるべきだったのだ。

 そもそも、自分だってノーヴァルデアに偉そうなことを言えた立場ではない。

 地球でも罪もない女たちを殺し、この世界でも多くの者を殺してきたのだから。

 いろいろな感情が頭のなかで渦巻いている。

 ノーヴァルデアが静かにすすり泣き始めた。


 so:lo ers ci+tso.so:lo ers ci+tso.(生は苦痛である。生は苦痛である)


 呪文のように同じ言葉を繰り返している。

 あるいは、彼女の人格は崩壊しかけているのかもしれない。

 あまりにも哀れだ。

 最低でも十数年は父親に虐待され、誤った教えを信じ込まされた彼女に残酷すぎることを言った。

 今の彼女にとっては、生が苦痛だというのは真実なのかもしれない。

 ならば、と思った。

 モルグズは鳥の腿肉で汚れた指を舐めると、ノーヴァルデアの喉元に手を近づけていった。

 彼女を「解放」してやろうか。

 それはとても容易いことだ。

 力を込めれば簡単に気道を潰せる方法をモルグズは知っていた。

 さして苦しむこともなく、一瞬で絶息するかもしれない。

 モルグズは華奢なノーヴァルデアの首元に腕を伸ばした。

 ゼムナリアの尼僧は、まったく抵抗していない。

 指先が、ひんやりとした喉元に触れた。

 あとは、力を込めればノーヴァルデアは苦痛から解放される。

 そう、ほんの少しの力を加えれば。

 だが、モルグズは理解していた。

 あの開拓村で彼は子供たちを平然と殺した。

 それと同じことをするだけだ。

 なのに、出来ない。

 あとほんの少しなのに、指が自分の意志を持ってでもいるかのようかのように、モルグスのしようとしている行為を拒絶している。

 永遠にも似た時間が流れたあと、モルグズはノーヴァルデアから指を離した。

 俺はいつからこんな弱い人間になったのだろうか、とモルグズはため息をついた。

 これではヴァルサの復讐など出来るのか。

 ふいに、再び扉が開かれた。

 ラクレィスは安堵の表情を浮かべている。

 一方、アースラは苦笑していた。

 いまの光景を、二人とも扉の外から覗き見ていたらしい。

 モルグズは肩を落とした。


 mende era ned.payu bo lepnxeb ned.tu+qo? sxalba ned.bo zemgab del.(問題ない。もうあだしたちはもどりぇない。つむぃ? すぃらないね。あだしたちは殺し続けるだけだよ)


 アースラの言う通りだ、と思った。

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