第十一章 gurudia leksuya(グルディア王国)

1 va zerhova azuz.cod wob ers mxuln cu?(私は彼を救済した。なにかおかしいか?)

 少年は動かない。

 当たり前だ。

 死んだ人間は、動死体にでもしない限り、動くはずがないのである。

 そしてこの世界には蘇生の呪文などという都合のよいものはないと、すでにゼムナリア女神から聞かされている。

 つまり、この少年の命は永遠に失われたことになる。


 do:baldea.soqum zemgato sup ned reysuzo.(ドーバルデア、しゅぐに人を殺すべきじゃないよ)


 そう言われても、ノーヴァルデアはきょとんとしていた。


 va zerhova azuz.cod wob ers mxuln cu?(私は彼を救済した。これはなにかおかしいか?)


 明らかに世間の常識から考えればおかしいのだが、それを彼女に納得させるのは苦労しそうだ。


 no:valdea,jen sur voksuto zev me:fe ko:ladzo.socum zemgato zun reysuzo.(ノーヴァルデア、今からあなたは新しい方法を学ばねばならない。すぐに人を殺してはいけない)


 まるで異界の言語でも聞かされているような表情をゼムナリアの尼僧はしていた。

 こういう教育は、あるいはアスヴィンの森のなかですませておくべきだったのかもしれない、と自分の迂闊さに腹が立つ。

 人が多く住む場所の近くで人を殺せば、厄介なことになるのだと。

 もしそれを教えていれば、あの少年も死なずにすんだはずなのだ。

 そこまで考え、モルグズは自分が混乱していることに気づいた。

 おかしい。

 「俺はすべての人間を殺してもいいと考えている」はずではないのか?

 なのに少年の死にわずかなりとも動揺している。

 彼もネスの街でヴァルサを投石で投げ殺した人々と同様、いざとなればおぞましい本性をあらわにする忌まわしい人間のはずだ。

 もしそうでなければ……人々をできうる限り、大量に殺すという目的を失えば。

 モルグスはこの世界で生きる意味を、喪失する。

 アルグに襲われたときと比較にならない恐怖がやってきた。

 あの少年も、本当には卑劣な、おぞましい人間なのだ。

 何度も何度も、そう言い聞かせる。

 一方、ラクレィスは、ノーヴァルデアに説明を続けていた。


 no:valdeama na:fa era ned yatmi.gow a:mofe reysi duvikas so:lo ers e+kefe.reysi asmos no:valdeazo bac zemgete nxal reysuzo.(ノーヴァルデアの考えは間違ってはいない。だが多くの人々は人生は素晴らしいと誤解している。人々はノーヴァルデアがもし人を殺したら攻撃してくる)


 人生は素晴らしいとヴァルサが教えてくれた。

 そんなことをノーヴァルデアに言ったのは、もう随分と昔のことのように思える。

 だがヴァルサは無残に殺された。

 だから、人生は素晴らしくなどない。

 彼女のいない世界に意味はない。

 出来うる限り惨たらしくこの地の人々を殺すとあのとき誓ったはずだ。

 ノーヴァルデアに心を無意識のうちに許していた、ということかもしれない。

 少しばかり情が移ったので、つい「人間のように考えてしまった」のだ。

 俺は前世でも殺人鬼だった。

 この地では半アルグの肉体を持っている。

 いくらでも残酷に、女でも子供でも容赦なく殺せる。

 無意識のうちに長剣を引き抜いた。

 少年の死体のほうにむかって歩いて行く。

 金髪に白い肌の、グルディア人らしからぬ少年だった。

 うつ伏せになったまま倒れている少年の体を、強引にひっくり返す。

 まだあどけない顔だった。

 なにが起きたかわからない、といった顔をしている。

 糞便の匂いには死体にはつきものだが、いずれこれに腐敗臭も加わるだろう。

 年の頃は、あるいはヴァルサと同じくらいか。

 そして、緑の瞳をしていた。

 なぜか一瞬、彼の顔がヴァルサのそれと重なった瞬間、頭のなかが真っ白になった。


 aaaaaaaaaaaaaaa!


 気がつくと、勝手に体が動いていた。

 少年の顔めがけて、長剣を振り下ろす。

 眼球を突き刺し、鼻を削ぎ、さらには口のなかに長剣を突っ込んで左右に裂いていく。

 モルグズは哄笑した。

 大丈夫だ。

 俺は十分に冷酷な精神を持っている。

 子供であろうと容赦などしない。

 俺は殺意の塊だ、俺はどいつもこいつも殺してやりたい。

 すでに相手は死んでいるので、返り血はほとんどなかった。

 これで大量の血を浴びていれば、また服を替えなければならなかったところだ。


 morguz!


 あわてたようにアースラが駆け寄ってきた。


 hxadato re hosle cu?(あんた、ホスに憑かれたのか?)


 mende era ned!(問題ないっ)


 血に濡れた剣を少年の衣服で拭い、鞘に収めた。


 to wam guzato zemtavzo cu?(なぜ死体を傷つけた?)


 アースラの後ろから、ノーヴァルデアの声が聞こえてきた。

 そこにわずかに怒りと、そして哀しみのようなものを感じ取り、モルグスは混乱した。

 なぜ彼女にこれほど心乱されるのだ。


 va zemgeva zertigatse azuz.gow to yato ned miznutzo guzato zemtavzo.(私は法力で彼を殺した。だが、お前には死体を傷つける理由がない)


 yav.erv magsxen dewdalg teg! erv fanpon guzav fen zemtavzo!(ある。俺は残酷な半アルグだからだ! 死体を傷つけるのが面白いんだ!)


 now,to wam samuto li cu?(では、なぜお前は泣いている?)


 言われて初めて気づいた。

 両目から、熱いものがこぼれ落ちていることを。

 どう説明すればいいのだ。

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