4 dusonvato vaz cu?(あなたは私が嫌いなの?)

 dusonvato vaz cu?(あなたは私が嫌いなの?)


 erv ned!(そうじゃないっ)


 たぶん、ヴァルサもとうに気づいているはずだ。

 このままでは、一歩、間違えると自分たちはイシュリナス寺院に処刑されることに。

 だから、彼女は精神が不安になり、一時的でもいいから安心したがっている。

 でもそれはなにか卑怯な気がするのだ。

 まるで子供を騙しているようで。

 笑える話だと、我ながら思う。

 ネスの都のどことも知れぬ牢獄のなかで、いま、二人は自由に愛し合える。

 最悪の場合、二人とも殺されるかもしれないのに、それでも前に踏み出せない。


 morguz...va erav ned tavzay.gow nojova tom.fanfiva tom.(モルグズ……私は娼婦じゃない。けど、私はあなたを求める。私はあなたを求める)


 動詞nojorは物質的に求める。

 動詞fanfirは精神的に求める。

 セルナーダ語の動詞は物理的現象と、精神、抽象的な物事をわける傾向がある。

 ただどちらにしても彼女に求められている。

 いっそ、抱いてしまったら楽かもしれない。

 彼女を抱くことに抵抗を抱いているのは、決して未成年だから、というだけではない。

 前世での記憶が残っているからだ。

 本当に自分が抱きたいのは「冷たくなったヴァルサ」かもしれないと実感するのが、怖いのだ。

 ヴァルサの手を握ると、温かい。

 生のぬくもりだ。

 このまま彼女と体を重ねてしまえば、と誘惑にかられたそのときだった。

 牢獄の外から、激しい靴音が聞こえてきた。

 あわてて二人とも手を離す。

 扉が開けられると、ネスファーディスが入ってきた。


 menxav.gow mende hasowa fa foy.(すまない。だが厄介なことが起きるかもしれない)


 動詞のfasowaの後ろにfaがついている。

 これは未来に起きることを意味するものだ。

 

 isxurinas zersef lanmas fa foy.(イシュリナス寺院が活動するかもしれないんだ)


 さすがにヴァルサも状況を理解したようだ。

 上気していた顔が一気に青ざめる。


 erv ned zeros.gow isxurinas ers zeros.vekato cu?(私は神ではない。だが、イシュリナスは神だ。わかるか?)


 心なしか、ネス伯はだいぶやつれているように見えた。

 神には力があるが自分は非力な人間だと言いたいのだろうが、いまの科白も、ある意味では神への冒涜ともとられかねない。

 彼に庇護されていたことで、自分たちは救われていたのだとモルグズは改めて思った。

 しかし、やはりイシュリナス寺院の神を後ろ盾とした力には、大貴族も押されているようだ。

 あるいはネス伯爵家はなにかイシュリナス寺院に弱みでも握られているのだろうか。

 すでにアルデアがイシュリナス騎士団にいることそのものが、いま考えると人質のような意味を持ってるのかもしれない。

 そこで、あることを思い出してしまった。

 これは非常に微妙かつ繊細な問題だ。

 一歩、間違えれば理性的なネス伯の怒りを買う。

 だが、たぶんこのままではいずれこちらの身柄はまたイシュリナス寺院に戻され、ゼムナリア信者として処刑されるのはほぼ確定している。

 覚悟を決めると、モルグズは言った。


 no:valdea.(ノーヴァルデア)


 ネスファーディスの顔に、わずかな間にさまざまな感情がよぎった。

 怒り、憎しみ、恐怖、後悔、そして、愛。

 なんだ、いまのは。


 kap sxulto no:valdeazo.(ノーヴァルデアも知っているのか)


 困ったように、哀しげにネス伯爵が笑った。


 ti+juce judnikma reys sxuls aln metsfigzo cu?(異世界の人間はなんでも知っているのか?)


 ers ned,konev no:valdeale.nedev yuveva re sel cana:r zemnariaresle.(違う、ノーヴァルデアに会ったんだ。彼女にゼムナリア信者になれと誘われたが断った)


 すると、ネス伯が低い声で笑い始めた。

 いままでとどこか感じが違う。


 no:valdea,,,,era aldeama dewingxfsa.era vim u:klama dermo.(ノーヴァルデア……彼女はアルデアの双子だ。我が一族のdermoだよ)


 dermoがいい意味でないことだけは間違いない。


 vim u:kla dermowa re foy.isxurinas zersef sxuls jodle.(我が一族はdermowaされているかもしれない。イシュリナス寺院はそれを知っている)


 ノーヴァルデアがネス伯爵家に関わっているのは確かなようだ。

 そしてそれはイシュリナス寺院にとって、伯爵家に対する切り札となっている可能性がある。

 彼女がゼムナリアの尼僧だとイシュリナス寺院がすでに把握しているとなれば納得がいった。


 vo tanjuv ci isxurinas zersefpo cu?(俺たちはイシュリナス寺院から逃げられるか?)


 ここのvo、つまり「俺たち」という言葉にモルグスは意図的に含みをもたせた。

 ヴァルサと自分という意味の「俺たち」と、ネスファーディスを含む「俺たち」だ。

 それをすぐに相手は理解したようだ。


 to seboto re fa foy isxurinas zersefle.(君たちはイシュリナス寺院に処刑されるかもしれない)


 さすがだな、となかば感心した。

 モルグズの知識の有効さを知っていながら、いざというときには一族の保身を優先するのは、ある意味で封建的な貴族としては当然のことなのだろう。

 ネスファーディスのような男は、決して嫌いではない。

 彼には彼の、守るべき優先順位があるということだ。

 それでもいまモルグスが考えているのは、とにかくいかにしてヴァルサを守るか、ということだった。

 正直にいって、他のことはどうでもいい。

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