10 evag mig e:lon.(とっても楽しかったよ)

 馬車がこれほど揺れるものだとは思わなかった。

 だが、技術的にはむしろ当然のことだ。

 車輪も車軸もおそらくは鉄製で、衝撃を緩衝するものなど一切、ない。

 だとすれば、これは自然なことではあるのだろう。

 下手に喋ると舌を噛みそうになるのが怖いが、もはやどこか捨て鉢な気分になっているのも事実だ。

 それでも、せめてヴァルサだけはなんとか逃がせないだろうかと必死に考え続けているが、妙案は出ない。

 あのふざけたナルハイン神が気まぐれで助けにきてくれるかもしれないし、まだゼムナリア女神も、と祈ってしまう時点で、すでに詰んでいるようだ。

 頑丈な箱馬車は木材の要所要所を金属で補強されている。

 一応、外から監視するためらしい小さな窓がついているが、とても出られる大きさではない。

 この近くで最も大きなイシュリナス寺院がある、ネスの都に送られるという話だった。

 つまりはアルデアの兄が領主をつとめているところだが、これはただの偶然だろうか。

 アルデアが一時的にでもモルグズに捕らえられた話は、おそらく極秘にされているのだろう。

 イシュリナス騎士が「ゼムナリア信徒」に捕らえられたとあっては沽券に関わる。

 ただ、いやな話ではあるが、アルデアは意図的にイシュリナス寺院上層部の指令によって、わずかな数の騎士たちと送り込まれたのかもしれない。

 もし「ゼムナリア信徒」を捕らえたならば、それは寺院の功績となる。

 失敗した場合、寺院としても打撃だが、ネス伯爵という王国の大貴族にとっても困ったことになる。

 イシュリナス寺院としては、それを秘密にすることによりネス伯爵に貸しをつくることもできる。

 一方、ネス伯爵が切れ者であれば、逆に妹を切り捨てて寺院への圧力を強められるかもしれない。

 ここは異世界のはずなのだが、人の醜い部分だけはあまり変わらないようだ。


 mende era ned.(問題ない)


 鎖につながれたヴァルサの声が聞こえてきた。


 erav yuridresa dog! ha!(私、魔術師なんだからねっ! へっ!)


 哀しい虚勢だとはわかっている。

 いまのヴァルサは、厳重に手を鉄の手袋のようなものに突っ込まれていた。

 これは魔術師用のある種の拘束具らしい。

 魔術を使うには、虚空に印のようなものを描かねばならないのだ。

 しかし、指をまったく動かせねば、どうしようもない。

 たとえ強大な力を持つ魔術師でも、こんなことで簡単に無力化できてしまうのである。

 遥か古代から魔術の存在している世界では、むしろこうしたものがあるのが当たり前なのだろう。


 gow no:valdea nap ega: foy.(けど、ノーヴァルデアって誰だったんだろ)


 それは確かに気になっていた。

 今更、こんなことを考えても仕方ないかもしれないが、アルデアといろいろな意味で似すぎている。


 nes ers dewingxafsuma to:vs.(ネスはdewingxafsの都だし)


 dewingxafsがなにを意味しているかは、もうだいたいわかっている。

 イシュリナス騎士の他に、ネス伯爵家のgardores、つまりは衛視らしいものもこの馬車のまわりにいたのだが、彼らには際立った特徴があった。

 顔が瓜二つのものが、一組になって行動していることが多かったのだ。

 たぶん、あれは双子だろう。

 いままでヴァルサとこの監獄のような馬車で話していて、どうもネス伯爵領は双子がやたらと多いとは聞かされている。

 アルデアとノーヴァルデアの二人は、ひょっとすると双子なのではないか。

 それがヴァルサとともにたどり着いた仮説だった。

 一見すると年齢差があるようにも見えるが、もし二人がまったく別の環境で育ったとしたら、話は違ってくる。

 アルデアはなに不自由なく、大貴族の娘として育てられてきた。

 一方のノーヴァルデア、すなわち「闇のアルデア」が暗い部屋で監禁され、虐待されて育ってきたとしたらどうだろうか。

 過酷な環境に置かれた場合、一卵性双生児でも片方だけ成長が止まる、ということはありうる。

 ストレスによるホルモンの分泌異常など原因はいろいろ考えられるが、さすがにノーヴァルデア、アルデアと立て続けに出会ったのが偶然とは思えないのだ。

 何者かの作為が働いていることも十分に考えられる。

 例えば、神々である。

 権力をめぐる政治的な暗闘などは変わらないのに、地球ではおよそありえない超自然の存在までこの世界では思考のなかに入れなければならない。

 とはいえ、もしノーヴァルデアがアルデアの姉妹だとしたら、先代のネス伯はとんでもない秘密を抱え込んでいたことになる。

 明らかに異常者だ。

 しかしなぜあの機会で何者かは自分たちをノーヴァルデアに遭わせたのか。

 もし神々の意志だったとしても……ゼムナリアの可能性が極めて高いが……その意図が読めない。


 morguz,,,,tufa omote a:mofe yurfazo.(モルグズ……あんた、たくさん言葉、覚えたよね)


 ya:ya.(ああ)


 alo:r ner yuridoresale.(偉大な女魔術師に感謝せよ)


 nap era ner yuridoresa.(誰が偉大な女魔術師だよ)


 ega:v mig e:lon.(とっても楽しかったよ)


 なぜ、わざわざ過去形で言うのだ。

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