9 e+gazemtav cajoga sav aziz! ers zemnariares dog!(動死体が彼らを助けようとした! ゼムナリア信者であるゆえに!)
それはさながら、重々しい銀の波のようだった。
銀の月の光に洗われながら、雄々しいイシュリナスの騎士たちが忌むべき死の軍勢にむかって突進していく。
彼らは馬上槍らしきものを脇に手挟んでいた。
地球のそれとは異なり、より無骨で、手を守るあたりも流麗なラッパ型とはほど遠く、ただの金属製の丸い盾となっている。
さらにいえば、武装しているのは馬上の騎士たちだけで、馬には鎧を着せていない。
その発想がないのか、あるいは戦術的な合理性を考えた結果なのかはわからない。
だが、それでも重々しい軍馬にのった騎士たちの突撃の威力は凄まじかった。
声にならぬ声をあげる死者の軍勢を弾き飛ばし、突き破り、踏みつけていく。
頭では中世ヨーロッパの重装騎兵の突撃戦術の威力は理解していたが、現実に目の当たりにするとまるで世界そのものが鳴動しているかのようだった。
突撃戦術には、危険も多い。
たとえば、一度、騎兵が突撃しても相手が士気を失わずにしのぎきれば、騎士たちは乱戦でばらばらに戦わねばならない。
もちろん、そこから離脱して再び突撃をかけることも可能だが、それには相当の練度と、しっかりした指揮命令系統が必要となる。
だが、二波目の突進は、もう必要はないだろう。
最初のイシュリナス騎士たちの突撃の威力があまりにも凄まじすぎたためだ。
運動エネルギーは、重量と速度とに比例して巨大化していく。
騎士たちの集団による突撃は、もともと脆かった動死体たちの体を、一撃でほぼ粉砕してしまったのだ。
なかにはまだ抵抗しようとしている動死体もいたが、彼らは、あるいはそれらにはそもそも最初から士気など存在しない。
イシュリナスの騎士たちは、無慈悲に死者たちを蹂躙していった。
馬の馬蹄で踏みつけ、長剣で背骨を切断し、まとわりつこうとする死人たちを篭手で殴っていく。
むしろこれは慈悲なのだ。
あまりにも凄惨な、死臭と腐臭と土の強烈な匂いを嗅ぎつつ、モルグスはそんなことを考えていた。
これでいい。
死者は当たり前だが動くべきではないのだ。
救いようのない戦いではあるが、これは決して間違っていないはずだ。
本当に?
誰かが心の奥底でつぶやいていた。
あるいはこちらを嘲っていた。
お前はそれで死者の尊厳とやらを守ったつもりかもしれない。
だが、お前はこれから自分がどうなるか理解しているのか?
そして、ヴァルサがどうなるかわかっているのか?
寒気と吐き気に襲われた。
もはや死人の軍勢は、ほぼ鎮圧されている。
恐るべきはイシュリナス騎士団というべきだろう。
並の兵士なら、とっくに壊走していたはずなのだ。
しかし、イシュリナス騎士団は決して自分たちの味方ではない。
彼らは「敵」なのだ。
いつしかその敵が、いたるところにいる。
ega:r ned! dewdalg!(動くな、半アルグめが!)
いつのまにか、一人の騎士に長剣の切っ先を向けられていた。
相手は重武装だが、ここからならまだ、逆転は可能だ。
ただし、それは相手が一人であれば、の話である。
無理だ、と心のなかの冷静な部分が理解していた。
自分はもう、ここから逃げられない。
十重二十重に騎士たちに包囲されている状況で、ヴァルサを連れて逃げられるはずもないのだ。
peyi:r artiszo!(剣を捨てろ)
とてもではないが、抵抗できる状況ではなかった。
もしそんなことをしても、一人か二人は騎士を巻き添えにできるかもしれないが、それだけだ。
「また」死ぬことになる。
いやだ、と魂が悲鳴をあげていた。
しくじった。
愚かだった。
とにかく、あの隙に乗じてなにも考えずに逃げるべきだったのに、動死体のあまりにもおぞましい姿に理性を無くしていた。
イシュリナス騎士たちは、重装備にもかかわらず、素早くすでに小屋のなかにまで入り込んでいた。
後ろ手に手首を掴まれたヴァルサが悲鳴をあげている。
morguz!(モルグズ!)
mato:r! yem vekava ned ers zemnarisres!(やめろ! 彼らはまたゼムナリア信者かわからないっ!)
しかし、イシュリナスの騎士たちはアルデアの説得にも耳を貸そうとはしなかった。
zereys sekigi vom zerosma yurfazo.azi ers zemnarisres!(僧侶が我らが神の言葉を聞いております。奴らはゼムナリア信者であると!)
zereys! nap ers cu?(僧侶が! 誰がだ!)
e+gazertav cajoga sav aziz! ers zemnariares dog!(動死体が彼らを助けようとした! ゼムナリア信者であるゆえに!)
自分たちがゼムナリア信者でないことは誰よりもモルグスが一番、よく知っている。
しかし、事実、ゼムナリアの手のものたちがこちらをイシュリナスの僧侶から逃がそうとしていたのもまた事実なのだ。
いくら誤解を解こうとしても不可能だろう。
そもそもゼムナリア女神に助けられるという時点で、すでにこの社会では殺されてもおかしくはないことなのだ。
だが、最後の切り札がある。
アーガロスがこんな結末を良しとするとは思えないのだ。
その刹那、騎士たちのなかに紛れた赤い長衣の老人が、満面の笑みを浮かべているのが見えた。
すべてを理解した。
なぜさきほどアーガロスが自分たちを助けるような真似をしたのか、理由は簡単だ。
一切の希望がなくなったとき「その希望を完全に断ち切るため」に決っている。
歯噛みするモルグスは、どこかで魔術師の悪霊が哄笑する声を確かに聞いた。
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