6 taveva re isxurinastse.gow mesugav.(私はイシュリナスに試された。だが失敗した)

 夜になった。

 ときおり外の様子を覗いてみるが、あれから変化らしいものはない。

 アーガロスの魔術によって殺された騎士や馬の死体がまだときおり、ちろちろと燃えているのが不気味だった。

 だが、その匂いが妙に食欲をそそるのも事実だ。

 人は論外として、あとで馬の肉を回収するのも手だな、とモルグズは本気で考えていた。

 これから騎士団がどのように出てくるつもりか、先がまったく読めない。

 とりあえず、ヴァルサから改めてイシュリナス騎士団について説明をうけた。

 イシュリナス騎士団は基本的には、イシュリナス寺院直属の軍事組織である。

 イシュリナスは王国の守護神であり、大僧正は国王と並ぶ権力者、ということだ。

 ただ興味深いのは、この王国も一枚岩ではないらしい。

 ときおり口を挟んでくるアルデアの話と総合すると、どうも王国は三つの勢力が競い合っているふしがある。

 まず、国家の中央には建前として国王が存在する。

 そしてそれをイシュリナス教団と貴族たちが補佐する、という形らしいが、実際にはこの三つの勢力の力の均衡はなかなかに微妙なところらしい。

 王権も絶対君主に近いものではあるが、貴族たちは独自の権力を持ち、王も好き勝手にできるわけではないようだ。

 さらにそこにイシュリナス教団も加わってくるというなかなか面倒なことになっている。

 アルデアを観察しているうちに、モルグズはある一つの結論に達した。

 彼女は決して愚かではない。

 とはいえ賢明というわけでもないのだ。

 貴族としての基礎的な教育などはうけているらしいが、政治というものがよくわかっていない。

 彼女のなかでは、自分が属するネス伯爵家……暫定的だがkonrxucsを勝手に脳内でそう翻訳した……と、イシュリナス教団、そして王国と王家に対する忠誠は、一つのものとなっている。

 その点、ヴァルサはもともとそうしたものにうといためにかえって魔術師としての観点で冷静なものの見方が出来ているようだった。

 とはいえヴァルサもまだ子供だ。

 生臭い権力闘争の意味がよく理解できているとは言い難い。

 世間知らずの魔術師に加え、新たに捕虜とした相手はこれまた世間知らずの、貴族のご令嬢ときた。

 しかしそのご令嬢はイシュリナスに仕える騎士になれるほどには、最低限の武力は有しているようだ。

 ある種の理想主義者。

 それがアルデアという女騎士からうけた印象だった。

 イシュリナスの教えに従い悪を倒し、王国を繁栄に導く。

 人間として志は立派だ。

 だが、ときとしてこうした人間は自分の正義を貫こうとして暴走することがある。

 つまりは、狂信者になりかねない。

 話を聞いている限りアルデアの兄のネス伯爵は、そうしたことをすべて理解し、妹をイシュリナス騎士団の騎士にしたように思えた。

 つまり兄のネス伯爵は、貴族、政治家としてはそれなりの器だ。

 予想していたとおり、この地でも貴族どうしは政略結婚で権力強化をはかるらしい。

 アルデアにも許婚がいたらしいが、結局は破断になったという。

 おそらくこの国の中枢部は、権謀術数渦巻く伏魔殿のようなものなのだろう。

 要するに権力者たちはかつての、あるいは現在の地球のそれと似たようなものだ。

 それにしても、ことがどんどん大事になっていく。


 eto isxurinasma zeresa cu?(お前はイシュリナスの尼僧なのか?)


 erav ned.(いや)


 一瞬、アルデアの表情が翳ったのをモルグズは見逃さなかった。


 taveva re isxurinastse.gow mesuga.(私はイシュリナスに試された。だが失敗した)


 つまり、尼僧となる試練のようなものに挑んだが、駄目だったらしい。


 vekeva ci ned wam mesugav.yem zertova lug foy.(なぜ失敗したかわからない。まだ信仰心が足りないのかもしれない)


 zertova lugは直訳すると「私は信仰し足りない」となる。

 こうした動詞のあとに続く助動詞のようなものがとにかく多いのもセルナーダ語の特徴かもしれなかった。

 最初のうちはずいぶんと敵意をむきだしにしていたが、だいぶアルデアも冷静になってきた。

 おそらく、ヴァルサを見ているうちに彼女がゼムナリアの信者だとは、とても信じられなくなってきたのかもしれない。

 アルデアは魔術師は嫌いらしいが、人を見る目はあるようだ。

 ただ、アーガロスが悪霊となって火炎魔術を使っている、という話には相変わらず半信半疑である。

 彼女は悪霊が実在することは教えられているようだが、魔術師の悪霊が呪文を使うという話までは聞いていなかったらしい。

 どうもこの世界では、人々は貴重な知識を意図的に隠匿している気がする。

 イシュリナスは神話によればソラリスの息子だというので、アルデアも魔術師そのものはあまり好きではないようだ。

 しかし、彼女には幼いころからおつきの魔術師……ヴァルサ流にいえば「飼われた魔術師」がいたため、一般の人々ほど魔術師を敵視していないのが救いだった。

 これはヴァルサも知らなかったのだが、貴族たちは魔術師に教育されることもよくあるらしい。

 それにしても、と思う。

 正義の神の言うところの「正義」とは一体、なんなのだろう。

 一歩間違えれば、これは危険な問いなのだが、これからのイシュリナス騎士団の出方を知るためには必要なことでもある。


 va:nis wob ers cu?(正義ってなんだ?)


 すると、アルデアが真剣な顔になった。


 va:nis ers dozgin.(正義は難しい)


 それは神が決めたことだ、と狂信的な答えが返ってくると思いきや意外とまともだった。


 va:nis wob ers cu? ers aln isxurinasresma wagt.ta:ya mefnos zev e+zema tigatse.nomil mesugav jodle.(正義とはなにか? それはすべてのイシュリナス信者の謎だ。答えは自らの力で見つけ出さねばならない。たぶん私はそれに失敗した)


 zemrariares ers zad cu?(ゼムナリア信者は悪か?)


 ers zad.ned.ers magzad.zemgas aln reysizo dog.(悪だ。否、邪悪だ。あらゆる人を殺すのだから)

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