4 zemga:r ned.(殺すな)
ma:su yelnav vol.(俺たちには食い物が要るな)
集会所から離れ道沿いに歩いて行くと、一軒の農家らしい家屋が建っていた。
近くの木に馬をつなぎとめ、こっそりと扉へと近づいていく。
wob wonto cu?(なにするつもり?)
tiv vom ma:suzo.(俺達の食い物をいただく)
ヴァルサはひどく緊張している。
鞘から剣を抜くと、彼女の顔色が変わるのが月影のもとでもはっきりとわかった。
hekito ned.zemgav ned aln reysizo,(心配するな。誰も殺さない)
そう言って、古い木製の扉に近づいていく。
扉と木材に漆喰を塗った壁には穴が開けられており、そこに革紐らしきものが上下、二箇所で結ばれていた。
やはりこの世界では、蝶番は農村ではあまり普及していないようだ。
扉があっさりと開いた。
村の治安は良い、ということだろうか。
単純に、鍵などを買うことができない、というほうが理由としては自然だが。
だが、扉をよく見ると、内側には閂をかけるためと思しき仕掛けがあった。
そばには棒が転がっている。
閂を単純にかけ忘れたのか、わざわざそんなことをする必要がないのかは不明のままだ。
室内はかなり大きかったが、部屋ごとには分けられていない。
足元は粘土を固めたもののようだ。
ライカの月光がちょうど玄関から射し込むために、内部の様子はわりとよく見えた。
あるいは、アルグの血をひいていると夜目も効くのかもしれない。
厨房らしい場所には水瓶やかまど、鍋や皿などが幾つがあるが、他にまともな家具らしきものは寝台くらいのものだった。
衣装などはおそらく、寝台の下に櫃でもあるのだろう。
二人の男女が、寝台の上に毛布をかけて眠っている。
よく見るとその間にまだ五歳くらいの男の子がいた。
忍び足で厨房のそばに向かう。
大きな麻袋のなかに、さらに小さな袋が詰められている。
その一つを開けようとした瞬間、いきなり寝台の男が毛布をはいで起き上がった。
一瞬、寝ぼけていたようだが、こちらと目があった途端に状況を理解したようだ。
garo:r ned.(叫ぶな)
ライカの光をうけて輝く長剣の刀身を見て、男は硬直した。
まだかなり若い男だ。
ma:su nal era cu?(食い物はどこだ?)
男は大きな麻袋を指差した。
やはりこれが食料で正解だったようだ。
ただ、問題がある。
男はすでに目を醒ましてしまった。
悪霊が実在するくらいだから、死人に口なしという諺はこの世界にはないかもしれない。
少し気の毒だとは思ったが、いっそ三人とも殺したほうがいい気もする。
モルグズのはなった殺気を感じたのか、男が震え始めた。
ヴァルサが家のなかに入ってきたのはそのときだった。
zemga:r ned.(殺すな)
一応、ヴァルサにはそう言っていたことを思い出した。
しかし、この状況では仕方ない。
そこまで考え、なにかがおかしいことに気づいた。
自分が、なんの罪もない人々を殺すことにまったく抵抗感を抱いていないのは、さすがに妙ではないだろうか。
ヴァルサも明らかに怯えている。
彼女はモルグズのことを恐れているようにしか見えなかった。
そのままヴァルサは寝台の下から櫃を引っ張り出すと、蓋を開けた。
やはりここが衣装櫃になっていたようだ。
彼女はそこから何着か女物の肌気を取り出すと、器用な動きで男、子供、そして妻の順番に口を縛り上げていった。
さらに、申し訳無なさそうな顔をして懐から取り出した一枚の金貨を男の前に置く。
男は、驚いているようだ。
それから厨房の上の小ぶりな鍋を一つ手にいると、ヴァルサは言った。
vomova faca:r fu+silzo.(あなたは袋を運んで)
言われるがままに外に出た。
袋はそれなりの重みがあったが、モルグズの力をもってすればさほどのものではない。
馬を木から放す間、無言のまま、ヴァルサは袋の中身を確かめていた。
varsa,,,(ヴァルサ……)
さすがにあの家族を殺す必要はなかったのだ。
wam socum zemgato sav cu?(なんであなたはすぐに殺そうとするの?)
menxav.(すまん)
ひどく気まずい空気が流れていた。
村の集会所あたりから笑い声がかすかに聞こえてくる。
yelnato ned zemgato azuz.(殺す必要はなかったのに)
そのとおりだ。
正論すぎて反論できない。
vekeva ci li ned tuz.(私はあなたがわからなくなってきた)
vis kap vekav ci ned.wam nafev honef wognozo.(俺もわからないんだ。なんであんなことを考えたのか)
ヴァルサの瞳には強烈な不安と恐れが混じり合っている。
あるいは、この肉体が半アルグのものであることと、殺人への抑制が低いことにはなにか関係があるのかもしれない。
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