12 wob ers azim asmot ta gardem cu?(彼らの武器と防具は?)

 だんだん自分でも頭が混乱してきたが、モルグズは改めて方位を決めた。

 この世界では太陽は東から昇り、西に沈む。

 そしてここは南半球と解釈すれば、太陽が北の空を右手から左手に移動しても別におかしくはない。

 nortという言葉の先入観に引きずられていたともいえる。

 英語では北はnorthだ。

 フランス語の影響を強くうけているとはいえ、もともと英語はゲルマン語派に属する言語である。

 ゲルマン語派では北を意味する単語は似通っている。

 再度、頭を整理した。

 東はfiksだ。

 西はdu:sxu.

 北はso:lisで南はnort.

 これで問題ない。

 にやにやしているモルグズを見てヴァルサが不安げに言った。


 nazc hxadato re li hosle cu?(まさかhosに憑かれている?)


 hosという言葉はかつてどこかで聞いた気がした。


 hos wob ers cu?(hosってなんだ?)


 似たような問いを何百、何千回と繰り返したか数え切れない。


 hos ers a:hxafe zeros.(hosはa:hxafe神よ)


 今度はa:hxafeがわからない。

 さきほどと同様、a:hxafeの意味について訊ねると、いきなりヴァルサはけらけらと笑いながら、おかしな声をあげたり、髪をかきむしったりしたあげく、口からよだれを垂らして木の枝に噛みつくそぶりを見せた。

 一瞬、正気を失ったのかと怖くなったが、そこで理解した。

 a:hxafeは、狂う、狂気といった事柄に関連する形容詞だ。

 それにしても、現代日本なら人権団体に抗議されそうな迫真の演技だった。


 mato:r vekev teg!(わかったからやめろ!)


 するとヴァルサがふくれっ面でこちらを睨みつけた。

 せっかく教えてあげたのにといった感じだ。

 a:hxafe神は「狂気的な神」、あるいは「狂気の神」といったところだろう。

 そろそろyurfa、つまりはセルナーダ語の特徴もいろいろわかってきた。

 この言語では、動詞がある場合、対応する名詞や形容詞は必ず別の形になる。

 その変化にも一定の法則性が存在する。

 a:hxafeという形容詞の場合、たぶん動詞はahxar,名詞はa:hxaだ。

 ahxarなどの動詞には、ほとんど長母音は使われない。

 しかし、名詞になるとa:hxaのように第一音節の短母音が長母音になることが多い。

 さらに、第二音節の子音が長子音になることもある。

 たとえば「読む」という動詞dakarが名詞になるとda+kaに変わる。

 これは日本語の「ダッカ」とほぼ同じ発音だ。

 そして形容詞の場合、名詞形の後ろに-fe,-n,-ceのいずれかがつく。

 a:hxafeは完全のこの種類にあてはまる。

 とはいえ、すべての単語がそうはいかないのが面倒なところだ。

 動詞でも長母音を使うものが存在する。

 この場合、名詞になると逆に長母音が短母音になる。

 理由を聞いたが、ヴァルサにも説明は出来なかった。

 言語というものは、内部にさまざまな矛盾する要素を抱えてこんでいるものである。

 さらに地方によって方言もできるし、言い回しも変わってる。

 また時間経過によっても発音や語形は変化していく。

 極論すると「正しい言語の使い方」というのは、どんな言語にも存在しない。

 ましてや辞書すらもおそらくないであろうこの世界では、わざわざ「正しい言葉」のような書物を書かねばならないほど、一応は同一とみなされる言語も多様化しているだろう。

 しかし今は、そんな物思いに耽っていられる状況ではなかった。

 アーガロスの悪霊がやってくるかもしれないし、あの村の人間が領主に訴えることもありうる。


 nap colma sxumreys cu?(ここの領主は誰だ?)


 ers fa:gas banrxucs.(fa:gas banrxucsよ)


 相手が男なのは確かだ。

 ersは火炎形三人称なのでこれは例によって「彼」という主語を省いているのだろう。

 fa:gasというのは、たぶん固有名詞、つまりは領主の名だ。

 しかしbanrxucsがわからない。

 二つの単語について質問してみると、こんな答えが返ってきた。


 fa:gas ers sxumreysuma marna.banrxucs ers kalmis.(fa:gasは領主の名前。banrxucsはkalmis)


 今度はkalmisの意味について聞いたが、ヴァルサは困惑しているようだった。

 正直、この二つはよくわからないが保留にしておこう。

 もっと重要なことがある。


 nap tudas tu+koreszo cu?(誰が罪人を捕まえるんだ?)


 sxumreysuma gardoresi ers.(領主のgardresi)


 語尾がiなのでgardoresiは複数形だ。


 gardroesi ers asmoresi cedc.(gardoresiは兵士みたいなものよ)


 幸い、asmoresの意味は知っていた。

 兵士で、特に歩兵を意味することが多い。


 asmoresima patca wob era cu?(兵士は何人だ?)


 dec ant era foy.(十人くらいかな)


 幸いにしてここの領主は大したことがないのだろう。

 それとも、十人の兵士を持っているだけでもある程度の勢力なのか、他の領主と比較できないのでわからない。


 wob ers azim asmot ta gardem cu?(彼らの武器と防具は?)


 ers leytis,casgar,ta dudartis kap.madus gatcabgarzo.(槍、兜、それと小剣も。あいつら固い革鎧を身に着けている)

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