9 jen....i+sxu mego suyfuzo.(今……馬が魚を食ってたぞ?)

 wam yosxuloto ned cu?(なんでまたがらないんだ?)


 narha!(馬鹿!)


 いままで怯えていたのが嘘のように、ヴァルサは顔を真っ赤にして叫んだ。


 sxalto vam ma+duzo! erav rxafsa teg!(あんた私の服、知ってるでしょっ! 私は女の子なんだからっ!)


 ようやく気づいた。

 この世界の肌着、下着は男物は亜麻布で股下までしっかり覆うが女性はシミューズのようなすっぽりとかぶる種類のものなのだ。

 つまり馬にまたがると、いろいろと繊細な部分が直接、馬の背中とこすれることになってしまう。

 だから彼女はいわゆる「横乗り」をしているのだ。


 menxav.hesi:r del vim tavle!(すまん、俺の体に掴まっていろよっ!)


 長剣で馬を繋いでいた綱を切断すると、一気に体が上下に弾んだ。

 燃え落ちる家から必死に逃げようと、馬が速度を上げていく。

 かなりの速さのため、振り落とされるのではないかと不安になったほどだ。

 形は少し妙だが、走り方は地球の馬にわりと似ている。

 かなり強い獣臭が鼻孔を刺激した。

 村の人々が驚いたような顔で、泥だらけの道を駆ける馬を見つめてくる。

 今更ながら周囲を過ぎ去っていく木造の家の作りを確認したが、異世界だというのに特に変わったものではなかった。

 だが、それは仕方ある意味、当たり前だ。

 人間と酷似した種族が、やはり地球と酷似した環境で建物を建てた場合、その形状はある程度、似るほうがむしろ自然なのだ。

 特殊な建材などがあれば話は別だが、この村はかなり広大な森のはずれに位置している。

 だとすれば、石材よりも木材を材料に使うだろう。

 そして木材を使えば、地球と違う技術がなければ出来うる形も限られてくる。

 さらに建築物の形状は、その土地の気候とも密接なつながりがある。

 どうもここはやはりヨーロッパに似て、夏の暑さはさほどきつくはないが、冬の寒さが厳しいようだ。

 家屋のあちこちに漆喰らしいものが塗られているのは防寒対策もあるだろう。

 ただ、煙突のようなものはなく、あるいは冬は内部で火を焚くのかもしれない。

 その通気口などもあるはずだが今は馬に乗っているので細かいところまではわからなかった。

 ふと道の右手、太陽の昇っている方角に妙な意匠な建物が見えてきた。

 これは明らかに、いままでの家屋とは異なっている。

 まるで二つの円蓋屋根が組み合わさったようなもので、さらにその奥には石造りのちょっとした塔のようなものが建てられている。 

 質問をしたかったが、なにしろ馬に乗っているためいまは舌を噛んでしまいそうだ。

 とにかく、馬でアーガロスのもとから距離を稼がねばならない。

 太陽の位置がだいぶ左に傾いたあたりになって、馬の歩みが遅くなってきた。

 下手をすると、このまま潰してしまうかもしれない。

 泥まみれの道の端に、いつしか小川が流れていた。

 一本の広葉樹……たぶんブナの仲間のようだが樹木の名前はまだ知らない……のもとで、馬から降りる。

 周囲にはなだらかな丘が続いていた。

 遥か遠くに動物の群れらしきものが見えるが、羊だろうか。


 mig borav ci tic tospo.(かなり村から離れることが出来たはずだ)


 ヴァルサはといえば、力なく木の元にしゃがみこんだ。

 長時間、馬に揺られていたことで相当に疲労しているらしい。


 ers foy.(かもね)


 とりあえず、これでアーガロスの脅威からは一時的に逃れられた。

 ほっと安堵のため息をついたモルグズは、馬がせせらぎにむかっていくのを見た。

 さすがに喉が渇いたのだろう、と思っていると、馬は素早く川面に首を突っ込み、魚らしきものを一気に呑み込んだ。

 馬が、魚を食っている。

 モルグズは呆然としていたが、ヴァルサは気にした様子もない。


 jen....i+sxu mego suyfuzo.(今……馬が魚を食ってたぞ?)


 juyigi cu?(お腹すいていたんでしょ?)


 そういう意味ではないのだ、と言いたかった。


 i+sxu wam mas suyfzo cu?(なんで馬が魚を食うんだよ?)


 ers i+sxu teg.i+sxu mas di:k kap cut kap.(馬だからでしょ。馬は肉も草も食べるよ)


 そういうことか、と思った。

 信じがたいことだが、この世界の「馬」は雑食らしい。

 そう考えれば、あの馬の不自然な目の位置も納得がいく。

 通常の草食動物は、顔の両側に眼球が存在し、広い視界を確保して、捕食相手を見つければすぐに逃げるものだ。

 だがこの世界の馬は、むしろ雑食から草食動物へと進化している途上にあるのだろう。

 ただ、それも「進化」というものが実在すればの話だが。

 そもそも目が顔の前についているのは、肉食主体の生物である証なのだ。

 肉食動物にとっては、広い視界よりも獲物との距離を正確にはかるほうが重要になる。

 そのためには目が顔の前方に位置し、二つの目で立体的な視覚を確保する必要があるのだ。

 そうした意味では、人類もこの世界の人間も、基本は「肉食」ではあるのだろう。

 考えてみれば、おかしな話だ。

 異世界のはずなのに、むしろここまで地球と似ている生態系を持っていることのほうが、異常なのだ。

 馬、あるいは馬のようなものの食性の差など、誤差のようなものである。

 だが、とは思う。

 この世界に自分が転生させられたのは、あるいは「元の世界と類似しているからではないのか」。

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