6 ers u:tav zad....(最悪よ……)

 この世界では硬貨の偽物を作ることも難しいのかもしれない。

 実際の金や銀といった貴金属よりも、硬貨のほうが価値は高いのだろう。

 しかし貴金属の価値は産出量などにより変動するが、そのあたりの調整をどうしているかはわからない。

 例えば大航海時代には、新大陸から大量の銀が流入し、当時のヨーロッパはとてつもないインフレに襲われたのだ。

 もっとも、相手が神ならばそのあたりも見越して何年周期かしらないが、貨幣の価値を改定しているかもしれない。

 とにかく、この世界は前近代的な社会のようでありながら、神々や魔術の存在により地球の常識が通じない進歩を遂げている、と肝に命じておく必要がある。

 貨幣は予想していたよりも普及している可能性が高い。


 reys avis ci wob patca solfuzo un malsosgostse cu?(人は金貨一枚で何日、暮らせるんだ?)


 その質問に、しばしヴァルサが考え込んだ。


 ers dewdec solf ant.(だいたい二十日くらい)


 たった一枚で人一人が二十日も生きていけるというのは、かなりの金額に思える。

 こんなちっぽけな金の円盤に、それだけの価値があるのだ。

 それを、少なくともヴァルサは数十枚も、袋に詰めている。

 これだけで数ヶ月は生きていける計算になる。


 miltil kap a:molum ya:.mende era ned.(宝石もたくさんある。問題ないよ)


 経済的には、そういうことになるのだろう。 とはいえ、これからを考えると決して楽観は出来ない。

 とりあえずこの塔を出たとしても、特に行き先はないのである。

 ましてモルグズは半アルグである、この自分と旅をすることになるのだから、ヴァルサの苦労は尋常ではないだろう。

 さらにいえば、マーガロスの悪霊が追いかけてこないとも限らない。


 maghxu:dil martowa voz cu?(悪霊は俺たちを追ってくるか?)


 vekava ci ned.(わからない)


 ヴァルサの問いはあまりにも、正直だった。

 それでもここにいるよりはましだろう。


 rxoviva nediva fen zo cod fo+selpo,(私、この塔から出るのが怖いの)


 緑の瞳をわずかに潤ませながらヴァルサが言った。


 avigav del cod fo+selnxe tegnum sxalva ned oztuma judnikzo.(私はずっとこの塔で暮らしていたから外の世界を知らないのよ)


 当然のことかもしれない。

 幼少の頃の故郷の農村での生活と、この塔での暮らししかヴァルサには経験がないのだ。


 mende era cu?(問題あるか?)


 布で口を覆ったまま、モルグズは言った。


 alnum sxulv ned cod judnikzo.(俺はこの世界をまったく知らなかったんだぞ)


 ヴァルサが淡く微笑んだ。

 とりあえず、いまの自分には長剣という武器がある。

 少なくとも、これは身を守るためには相当、役に立つはずだ、と思ったそのときだった。

 妙な予感がした、としか言いようがない。

 塔の入り口の扉を開けて、外を見た。

 空は暗く、激しい雨が緑や青の草に覆われた丘を叩きつけている。

 暗い視界だからこそ、鮮やかな炎の色がはっきりと目に焼きついた。

 丘の下の木造の家屋が激しく炎上している。

 あるいは、落雷のせいだろうか。

 何人もの人々が慌てたように燃える家のまわりで右往左往していた。

 傍目から見ても、雨で消えるほど弱い炎とは思えない。

 次の瞬間、そこから離れた別の家屋から、爆発音にも似た音が大気を鳴動させた。

 雷鳴と混じって紛らわしいが、あれは明らかに別のものだ。

 一瞬、火球のようなものが生まれ、それが家屋にむかって飛んでいくさまをはっきりとモルグズは視認した。

 これは、自然現象とは思えない。

 いつのまにか傍らにいたヴァルサが、蒼白な顔をしてつぶやいた。


 asroyuridus ers...(火炎魔術だ……)


 答えは聞くまでもなくわかっていた。

 いきなり家が激しく燃えたり、火球が生じて爆発するわけもないのだ。

 ファンタジー世界を舞台にしたゲームでは、わりとよくあることではある。

 とはいえ、ここではそれが「現実」なのだ。

 全身を火に取り巻かれた者たちが、手足をばたつかせながら大地の上でのたうちまわっていた。

 周囲の人々が、必死な様子で火をなんとかしようとしているが、衣服や髪、あるいは人体そのものが発火を続けているようだ。

 ヴェトナム戦争のときに、抵抗の意味で自らに火をつけた僧侶の動画が脳裏をよぎる。

 焼身自殺は、自殺のなかでも最も苦しい部類に含まれることは知っている。

 だが、これは自殺ではない。

 明らかに、何者かが意図的に家屋に火を放っているのだ。


 maghxu:dil era...(悪霊だ……)


 そんなことはわかっている、とヴァルサに叫びたくなった。

 アーガロスの悪霊は、自分たちではなく、無関係な村人を標的に選んだのだ。

 理由は見当がつく。

 いきなり火炎魔術らしきものが使われれば、村の者たちは真っ先にアーガロスを疑うはずだ。

 つまり、魔術師の悪霊は意図的に村人たちの意識をこの塔に向けようとしている。


 ers u:tav zad....(最悪よ……)


 ヴァルサの言う通り、これから村人たちがこの塔に来ることは容易に推測できる。

 今更ながらアーガロスの悪意を思い知った。

 その気になれば、悪霊であっても魔術を使えるのだからこちらを簡単に殺させるはずだ。

 あの攻撃的な火炎魔術を塔の中を叩き込めば、たぶんモルグズもヴァルサも抵抗しようがないだろう。

 しかし、あえて村人たちを刺激しているのは、彼らに自分たちを襲撃させるため、という可能性が高い。


 savu:r colnxe!(ここで待ってろっ!)


 そう布を巻いた口で叫ぶと、長剣を片手にモルグズは外に出た。

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