7 kilno(戦闘)
後ろ手に扉を激しく叩きつけるようにして、閉める。
とにかくヴァルサを危険にさらしたくなかったのだ。
再び雷鳴が轟いた。
強烈な雨が体を打つが、奇妙なことに恐怖よりも高揚感のほうが遥かに上回っている。
kaligi we:nazo gxutle wob reys ers cu?
(口に布を巻いた奴はなんだ?)
sxulv ned! avas artiszo!(知らねえよ! あいつ、剣を持っているぞっ!)
村人たちの悲鳴とも怒号ともつかぬ声が、強風に乗って聞こえてくる。
a:garos ers ned! teminum nap ers cu?
(アーガロスじゃないぞっ! 本当に誰なんだ?)
そのとき、背後から扉が開く音とともに、ヴァルサが出てきた。
narha! wob wonto!(馬鹿、お前なにしてるんだっ!)
savu;r cu? erav yuridresa!(待っていろですって? 私だって魔術師なのよっ!)
とはいえ、彼女の使える呪文はたかがしれているはずだ。
varsa era!(ヴァルサだっ!)
had rxafsa! yoy,jen wob hasos li cod tosnxe cu? kaksi:r,tavzay! (あの小娘め! おい、今、この村でなにが起きているんだ? 説明しろ、売女がっ!)
その瞬間、ヴァルサの顔が怒りに歪んだ。
おそらく普段は、村人たちも露骨に彼女を売女呼ばわりはしていなかったのだろう。
本音というものは、こうした異常な環境で初めて出ることもある。
va...va wis era ned tavzay!(私は……私は、売女じゃないっ!)
wisというものが出てきたが、実はこの単語の意味は、いまでもわかっていない。
ヴァルサに問いただしても、うまく説明できなかったのだ。
すべての日本人が日本語文法に詳しいわけではないように、ヴァルサもセルナーダ語の意味を全部、説明できるというわけではない。
しかしいまは呑気にそんなことを言っている場合ではないのだ。
十数人の村人たちが、丘の斜面を登ってこちらに近づいてきた。
なかには、小さな鎌や短剣、あるいは粗末な槍らしいものを持っている者たちもいる。
ただし槍といったきちんとした穂先がついておらず、先端を尖らせ火で炙って固くした程度の原始的なものだったが。
それでも、数の差というものは恐ろしいことをモルグズは「経験」で知っていた。
さらにいえば、十代後半から四十代くらいまで年齢はまちまちだが、農夫らしき男たちにはみなかなりしっかりと筋肉がついている。
現代日本と違い農業の機械化など行われていないので、当然、農作業は重労働となる。
だからみな自然と体が鍛えられるのだ。
「くそっ」
また日本語の罵声を放ってしまった。
誰も彼もが混乱し、殺気だっている。
しかしあるいは、一番、殺意を持っているのはモルグズ自身かもしれない。
そしてこの感覚が決して嫌いではなかった。
みな、薄汚れた灰色や褐色の衣服をまとっている。
武装もごく貧弱なものだ。
いける、と判断した。
戦闘は、先手必勝だ。
そう思いながら、自分でも信じられないような速度で丘を駆け下っていく。
一人の、まだ二十歳くらいと思しき黒髪の若者に狙うをつけると、その無防備な腹部のむかって右側に、モルグズは長剣の切っ先を突き刺した。
なぜかその感触が懐かしく感じられた。
世界が違っても「人間」を刺すのは似たようなものらしい。
脂肪層を貫き、筋肉を突き破って、さらに奥の臓器に刀身がぎゅっと締められたようになる。
習慣のように、手首を回して刀身の部分を旋回させた。
こうすれば内臓に与える被害は格段に高まる。
ましていまモルグズが狙ったのは、人体における急所なのだ。
ただし、地球の人間のそれとは左右が逆になっているが。
やはりここは異世界なのだ。
それでも、前のこの体の持ち主が脳に残していた記憶に助けられた。
たぶんいまのは、肝臓だ。
肝臓は血液の集中する器官でもあり、素早く相手の腹を足で押し倒すようにすると、大量の鮮血が吹き出てきた。
すでに体の動きは、次の「敵」に対処する段階に入っている。
左手から奇声をあげて鎌を振り下ろそうとしてきた中年男の顎のあたりに、横から左の手の甲を思い切りぶつけた。
おそらく、相手は武器である長剣に気をとられていたのだろうが、戦い慣れた者にとっては全身が武器なのである。
顎への打撃は、うまくいけば相手の頭を強烈に震わせて、頭蓋骨のなかで脳を豆腐のようにぐちゃぐちゃにさせることも可能だ。
下からの一撃が理想的なのだが、贅沢は言っていられない。
それにしても、体が鈍っている。
もう少し運動しておけばよかったと思った刹那、三人目が木製の槍を突き出してきた。
to,zemno:r!(お前、死ねっ)
そう叫びながら左腕と脇の間に繰り出してきた相手の槍をモルグズは手挟むと、槍ごと相手の体の力を右方向に振り回した。
小柄な相手だったためもあり、その体が空を飛んで丘の大地に叩きつけられる。
ぶざまに転がった男の手首めがけて、斬りつけた。
凄まじい悲鳴と雷鳴が異様な音楽を奏でるなかを、また大量の熱い血が吹き上がった。
手首の動脈を切断したのだ。
ただ骨にまで届いたらしく、がつんという感触が伝わってきたので、剣の刃が少し心配だった。
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