4 sxulv lenartisma te:na ko:radzo.(俺は長剣の使い方を知っている)

 そのとき、外からいきなり雷鳴が聞こえてきた。

 さきほどまでは、あれほど天気が良かったのに。

 ヴァルサは特にそんなことを気にした様子もなく、再び「床に潜った」。

 セルナーダの地では、気候が急変することは珍しくない。

 ただその理由が、モルグズの予想を超えていた。

 この世界では、魔術師の魔術や僧侶たちのzertigaで「局所的に気候を変えることができる」のである。

 つまり、雨乞いが現実に機能するということだ。

 逆に長雨のときは、晴天を願う儀式もよく行われるという。

 天気がいきなり変わるのは、そうした儀式と無関係とは思えなかった。

 気象とは、そもそもカオスの世界である。

 ごくわずかな観測誤差が、その後、予想もつかないほど大きな差となって現れることを説明するのがいわゆるカオス理論だ。

 気象は、天体の重力による多体問題と並ぶ、典型的なカオス系だった。

 カオス系はバタフライ効果、というものでよく説明される。

 ニューヨークで蝶が羽根を動かしただけで、北京で大雨が降ったりするという話だ。

 さすがにこれは大げさすぎるが、気象とはそれだけ複雑な現象なのだ。

 ただ、この世界の人々も経験則で魔術などを用い気象をいじると関係ない地域まで影響をうけることには気づいているらしい。

 突然の天候の変化を意味するnapreys vomos wo+suyzo(誰かが雨を望んでいる)という諺のようなものまであるほどだ。

 空があっという間に黒雲に包まれ、激しい雨音が聞こえてきた。

 あたりはずいぶんと暗くなっている。

 あまり幸先の良い旅立ちとは、とても言えなかった。

 昼間は悪霊の力が弱まるとヴァルサは言っていたが、それはひょっとすると「悪霊は陽光が苦手」という意味ではないだろうか。

 たぶんヴァルサは地下倉庫で明かりの魔術を使っているだろうが、アーガロスのような強力な魔術師の悪霊相手では、その程度の魔術的な光はどこまで役にたつかは疑問である。

 ようやくまた床を突き抜けるようして現れたヴァルサを見て、少しほっとした。

 彼女も外の気候の変化に気づいたようだ。


 napreys vomos foy wo+suyzo.(誰かが雨を望んでいるみたいね)


 一瞬、吹き出しそうになったがすぐにそれどころではないと気づいた。

 ヴァルサの表情が、あまりに深刻なものだったからだ。


 maghxu:dil dusonva soszo cu?(悪霊は光を嫌うのか?)


 少女がうなずいた。


 anozum dusonva solsoszo.wo+suy ta wo+da tegnum ers za:ce.(特に日光を嫌うの。だから雨と雲はまずいよ)


 さすがにかなり危機感を抱いているようだ。

 だが、彼女が手にかかえていたものを見て、ふいに体が震え立つような感覚がやってきた。

 古びた固い革の鞘に包まれてはいるが、あれは剣だろう。


 ers artis cu?(剣か?)


 ya:ya.gow yuridce artis ers ned.ku+sin lenartis ers.(そう。だけど魔術の剣じゃない。普通の長剣だよ)


 lenは「長い」という形容詞であり、artisは「剣」だ。

 名詞と名詞がつながるだけでなく、セルナーダ語では形容詞と名詞が組み合わさって、一つの単語となる例もある。

 

 lenartis.....


 つぶやきながら、モルグズは長剣の柄を握りしめると「慣れた手つきで」刀身を鞘から引き抜いた。

 長さはだいたいtur efte、すなわち三efteほどだ。

 efteというのは長さの単位で、だいたい三十センチほど、だと思う。

 比較できる地球の物体がないため、あくまで自分やヴァルサの体格をもとにはじき出した数字なので、実際はもっと短いかもしれないし、あるいは長いかもしれない。

 ひょっとしたらこの世界の人間はみんな、地球人から見たら小人のような大きさかもしれないし、逆に巨人という可能性もある。

 異世界とは、つまりはそういうことだ。

 それにしても、なぜこの長剣を見てこれほど心惹かれるのだろう。

 きちんと手入れされているらしく、錆らしいものはなかった。

 地球のそれと同じ元素かはわからないが、鉄製のものに見える。

 血が、体が疼くような感じがする。

 厨房の狭い戸口をくぐり、広間に出た。

 試しに、長剣をふるってみる。

 知っている。

 俺はこの長剣の使い方を、知っている。

 体が覚えているという表現があるが、まさにそれだ。

 この世界の「人間」の脳の構造が地球人のそれと同じだとしたら、かつての生活の記憶をなくしていても、運動に関するものは残っていてもおかしくはなかった。

 ただし、それは地球の人間だったモルグズのもの、ではない。


 sxulv lenartisma te:na ko:radzo.(俺は長剣の使い方を知っている)


 自然と言葉が唇から滑り出た。

 今度は両手で柄を握り直し、ふたたび振り回す。

 だが、長剣はただ振れば良いというものではない。

 相手が身につけている鎧によっては、鋭利な先端で突き刺したほうが良いこともある。

 たとえば鎖帷子をまとった敵に対しては、剣は突いたほうが遥かに効果的だ。

 だが、鉄や木製の盾などには、むしろ力を込めて叩きつけたほうが有効な打撃が与えられる。

 なぜこんなことを知っているのか。

 考えるまでもない。

 この肉体の持ち主が、長剣を日常的に使う環境にいたからだ。

 我知らず荒々しい哄笑が口から迸る。

 雷鳴と稲妻の光が窓から飛び込むなか、白く照らし出されたモルグズの姿を見てヴァルサがつぶやいた。


 duyfum eto rxo:bin.gow eto e+cofe...(少し怖い。でも、e+cofe……)

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