12 tudas wob ers cu?(tudasはなんだ?)

 tudas wob ers cu?(tudasはなんだ?)


 ヴァルサは腰の後ろに両手を組み、無抵抗になるような仕草を見せた。

 tudasは「捕まえる」あたりだろう。

 まとめると、アーガロスが殺したことが露見した場合、領主により捕らえられる、と考えるのが自然ではないだろうか。

 捕まる。逮捕。

 もう二度と、そんなことはごめんだ。

 心臓の鼓動がやけに高鳴っていく。

 いや、とモルグズは思った。

 二度とって、どういうことだ?

 一体、なぜそんなことを考えたのだ?

 ひどく気分が悪くなってきた。


 morguz? tom caf era mig zaace.(モルグズ? あなたの顔はとても悪い)


 それを聞いてふいに吹き出しそうになった。

 たぶんセルナーダ語では相手の調子が悪そうなときに「顔が悪い」と表現するのだろう。

 日本語の「顔色が悪い」のようなものだ。

 だがこの場合、「顔がひどい不細工」とも日本語話者としては受け取れるのである。


 wob?(なに?)


 mende era ned.(問題はない)


 と言ってヴァルサに笑いかけた。

 少女も、弱々しく微笑む。

 いまさら、後悔したところでアーガロスが蘇るはずもない。

 ただ、死者が蘇生する、あるいはゾンビにでもなって襲いかかってくるかもしれないのが、魔術の実在する異世界の恐ろしいところではある。

 

 vomova vomortiir val.(私は望む、私にvomortirしろ)


 そう言うと、ヴァルサは二階へと続く木製の螺旋階段のほうへと歩いていった。

 あわててモルグズもそのあとを追う。

 たぶん「ついてこい」と言っているのだろう。

 階段は随分ときしんだ。

 ヴァルサはともかく、モルグズの体重には耐えきれないように木材が悲鳴をあげている。

 やがて二階にたどり着くと、思わずモルグズは息を呑んだ。

 大量の書物が、書架らしいものに収められていたのだ。

 少なくとも、数百冊はある。

 ただ、装丁などはいい加減なものも多い。

 さらには、巻物のようなものが何十本も部屋の隅に積まれていた。

 これは、ある意味では宝の山かもしれない。

 いままでは、基本的にヴァルサとは会話でしかやりとりできなかったのだ。

 だが、書物があるということは、文字が存在するに違いない。

 まさかこれが全部、絵画や図案だけ、などということはさすがにないだろう。

 書棚に駆け寄り、一冊の本を手にとった。

 予想よりも遥かにずっしりと重い。

 紙の質も、モルグズの知っていた地球のものとは明らかに異なっている。

 いわゆる羊皮紙、あるいは獣皮紙の類かもしれなかった。

 羊などの動物の皮を、薄くそぎ取ってつくられるものだ。

 ただこの手の紙はきわめて高価なものとなる。

 書物そのものが、ここではかなりの貴重品かもしれない。

 興奮しながら頁をめくると、インクかなにかで記された無数の記号が、横書きで並んでいた。

 たぶん、文字だ。

 これで、言語の習得は一気に早まるかもしれない。

 生半可もいいところとはいえ、言語学の知識がまた役立ってくれそうだった。

 この文字はアルファベットか、あるいはアブジャド、アブギダ、もしくは音節文字か。

 記号の種類を数えてみる。

 だいたい二十数種はあるようだ。

 だとすると、音節文字の可能性はほぼ消えた。

 音節文字とは、一つの音節をそのまま文字にしたものだ。

 日本語のひらがなとカタカナは、典型的な音節文字である。

 実は日本語は、世界的に見ても音節の種類がきわめて少ない言語なのだ。

 いくつかの例外はあるが、俗に五十音というとおり、その程度の数しか音節が存在しないのだから。

 音節とは大雑把に言ってしまえば、母音を中心とした音の集まりのことだった。

 日本語の音節は、通常はV、もしくはCVが基本である。

 Vは母音、Cは子音だ。

 例えば「ta」という音節は「た」と表記される。

 だが、地球の多くの言語はより多様な音節を持っているのだ。

 英語の音節はCCV、CVC、CCVCなどといろいろがあるが、なかにはCCCVCCCというとんでもなく長いものもある。

 strengthsは力、体力などを意味する語の複数形だが、これがCCCVCCCに相当すると言われている。

 eが母音のVだが、残りはみな子音だけだ。

 ただ英語も子音があまりにも多い、かなり独特な言語ではある。

 だが、いまモルグズの見ている文字は、音節文字にしては種類が少なすぎた。

 漢字のように言葉の意味を表す表語文字でないことも間違いない。

 できれば、アルファベットであって欲しかった。

 アラビア文字やヘブライ文字は基本的に子音が多く、母音はほんのわずかしか表記しないアブギダ、アブジャドと呼ばれるもの、らしい。

 らしい、というのはモルグズも実はその二つの違いをよくわかっていないからだ。

 だがその点、アルファベットは子音も母音も、音として発音するものは原則としてはすべて表記する。

 ただ英語やフランス語のように、状況によって特定の文字を発音しないアルファベットもあるのだが。


 morguz!


 いきなり呼びかけられて、驚いた。

 ヴァルサが一冊の、かなり分厚い書物を手にしている。

 どうやらまずこれを読めということらしい。

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