第3話纏わりつく声

 レテ。赤髪の少女。イライザの仕草、イライザの口調、イライザの容姿を持つこの子は一体何者なのだろうか。


 他人の空似にしては気味が悪すぎる。シオンが吃るのも無理はないなと、何故だか気が抜けた。子供の頃の、と言うより僕が最後に見た姉さんが今、僕の眼の前にいる。機関支給のピンク色のワンピースを酷く気に入っているらしく、椅子に腰掛けながら足をばたつかせてはワンピースの揺れる様を見て笑う。なんとも幼い少女。


「散々待たせておいて、あなたがダンマリじゃあ退屈だわ。要件を聞かせてもらえる?こう見えて私、忙しいの」


「それは済まない。実は頼みがあるんだ」


 頼み、と聞いてからの少女の表情は実に晴れやかな物で。相槌を打っては咀嚼し、その度に質問を繰り返す。内容はこうだ。君はあるブロックの必要悪に選ばれた。これはとても名誉な事で、平和を重んじるこの理想都市の象徴イコンとなる存在なんだよ。誰しもがなれるわけではない、と。


「面白い話だけれど、わたしにそんな重役が務まるかしら?正直不安」


「安心してくれ、先ほども言ったが、君はその為に選ばれた存在なんだ。素晴らしい適正の持ち主だよ」


「お褒めに預かり光栄だわ。わたしが的になれば良い訳ね?それで世界が平和に保たれるのね?」


「そう、だね」


 イライザは世界を平和に導けたのだろうか。


「果たしてそれで平和は保たれるのかしら」


「分からない。けど、これまではそうやって上手くやれてきたんだ」


「これまでは、ね。多くの犠牲を払ったんじゃない?その上に成り立ってるこの世の中って本当に平和と言えるのかしら?」


 少女の言葉が僕にまとわりつき始めたことに気が付いた。自由がきかない。聞きたくない言葉達が僕の身体の奥底に染み渡っていき、徐々になんとも言えない浮遊感とどこから生じたのか分からない高揚感がふつふつとこみ上げてくる。


「ねぇ、教えて。あなたの名前は?」


「アレックス・イエスタデイ」


「あなたの家族は?」


「誰も残ってない」


「あなたに、恋人はいるの?」


「いない」


「人を殺した事は?」


「ある」


「何人殺したの?」


「覚えてない」


「女子供もいた?」


「いた」


 虚ろ。その中で少女の問いに答え続けている。口が真実だけを告げる。僕が閉じ込めていた物が止めどなく溢れ出ていく。そして満たされていく。満ち満ちていく。


「わたしを殺すの?」


「殺したくない」


 その時大きな音が鳴った。警報だ。選ばれし子供達が脱走したというアナウンスを体内通信が告げている。僕は動き出さなければならない。


 脱走した子供達を連れ戻す為に。誰も傷つけず、この施設に連れ帰り平和を保つ為の人柱となってもらう為に。


「いくの?どうせ殺すんでしょ?」


「殺さないさ、連れ戻す」


「いいえ、あなたは殺すわ。たんまり殺す。その方法を知っているし、そうやってしか生きられないから」


 すっと頬に添えられた少女の手を払い除ける事は叶わず、その温もりに浸ってしまう。


「可哀想な人」


 彼女の言葉と共に涙がこぼれた。











 ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちょ、ぐちょ。足の踏み場が無いから仕方なく転ばないように気を付ける。もう鼻は効かない。何故なら、ここの臭いが余りにも凄まじいからだ。耳も遠退いてきた。断末魔が、泣き声が、臓物が地面にぶちまけられる音が、僕の耳を犯し続けている。


「守れなかった……なにも、守れなかった」


 そう、僕はきっと知っていたんだと思う。僕は命を奪い盗る事は出来ても、命を守る事は出来ないのだ、と。


 イライザとレテの声が聞こえる。


「可哀想な人」


 僕はふと足元を見つめる。そこには選ばれし子供達の亡骸が無惨に切り刻まれている。


 僕がやった。


「そうよ、あなたがやったの」


 僕の意思じゃない。


「いいえ、アレックス。あなたの意思よ。あなたの所属する機関から出ていた命令は、可能な限り選ばれし子供達を回収する事。違ったかしら?ほら、その証拠にあなたの電子機器デバイス警告が出てるじゃない」


『アレックス!アレックス!聞こえる?私よ、シオン。大丈夫?』


 体内通信。シオンはえらく心配性。


『僕は、守ろうとしたんだ……でも』


『アレックス、落ち着いて!ね?今そっちにクラインが向かってるから』


『わかった』


 体内通信を切ると、イライザとレテの声は聞こえなくなった。幻聴だったのかも知れない。すると、ここにある死体の山も幻のなのかも知らないと思い始めてきた。そうだ、そうとも。僕が望んで人を殺すなんてそんな事があるはずが無いのだから。


 何故なら、狩られる側の気持ちが痛いほど分かるから。今までただの一回も自ら望んで殺しをした事なんてない。気持ちが晴れ晴れとしてきて、死体の山から飛び降りた。笑いがこみ上げてきたから思い切り笑う事にした。



「アレックス・イエスタデイ監視官。機関指定の子供達、選ばれし子供達の大量虐殺及び、私的に機関の武装を使用した罪により現時点を持って監視官から降りてもらう」


「随分なご挨拶だねクライン、僕の意思でやった?そんな事があるわけないでしょ?」


「これを見てもそう言えるかアレックス」


 クライン・マクスウェル。ハーモニーにおいて僕たち監視官、もとい同族殺しの束役にして、僕の大親友。


 親友の眼は僕を敵とみなしていた。

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We are 赦されざる者達 成れの果て物語 @Narenohate-Monogatari

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