第2話 ただ、見ているだけ

 僕らの生きるこの世界において、人間は大きく分けて二つの人種に分かれている。一つはストレスフリーに生き、そして社会の歯車になる事を意図はない者達。そしてもう一つはストレスフリーに人々が生きる為に作為的に作られた共通の敵達。簡単に言うといじめられっ子。無条件にいじめられ、いたぶられ、あらゆる人の欲を満たす為の捌け口。


 そうなるべくして生まれてきた子供達のお陰でこの世界は平和且つクリーンに保たれているんだ。そう、保たれている。


「そうねアレックス。わたし達みたいな穢れ無き子供達のお陰で社会が成り立ってる。わたしの体内にはいつも得体の知れない男達の体液が纏わり付いているし、必要とあれば手も、足も、口も、全てが男達を喜ばせる道具に成り下がる。それでストレスから解放され、バランスを保つ事によってバカを起こさなくなるならそれはそれだものね」


 僕は見てるしか無かった。自分の番が来ない様に。姉が、イライザが暴行を受け続けるその様を。男達の力によってねじ伏せられ、それを見続ける事を命令されたから。ただ、見ているだけだった。


「綺麗だったでしょ?わたし。ちゃんと笑えてたかかしら?正直、痛みと快楽が次々に押し寄せてきて自分の表情にまで意識を回せなかったのよね。私としたことがまたまだ甘かったわ」


「そんな事を言うためにわざわざ僕に会いに来たのか?」


「そんな言い方ってないでしょ?姉さんに対して失礼よ。まぁ、いいわ。今日はとっておきのプレゼントを用意してあるの。アレックス、あなたならきっと気にいる筈よ」


 そう言って僕の唯一の肉親にして最愛の姉は跡形もなく消え去った。


「さて、仕事だ」


 平和対策機関。通称ハーモニー。僕が所属しているどの秘密結社よりも阿呆らしいく馬鹿げた組織。各国のエリート達が集められ平和の為にその命を捧げる。と言えば聞こえはいいけれど、簡単に言うと


「次のいじめられっ子は決まった?」


「こら、アレックス。その言い方はダメだってば」


 頬を膨らませて僕を子供のように叱るシオンを他所に、電子機器デバイスにアクセスする。機関の施設内にいないとアクセスが許されていない階層の情報に手を伸ばす。イライザの言い方を借りると穢れなき子供達の一覧が顔写真と簡略化された経歴と共に出て来た。


「今回の子、急遽候補として上がってるからデータベースに反映されてないはずだよ?」


「成る程ね。シオンの見立ては?」


「私的にはとても優秀だと思う。頭もいいし、可愛いし」


 そう言いながら毛先を指でクルクルといじる。これはシオンの小さい頃からの癖でこれをしてる時は決まって何かを隠している。


「シオン、何を隠してるの?」


 驚きのあまり変な声が漏れ、それに恥ずかしくなり手で口を覆いながらなんで分かったのとシオン。


「なんとなくだよ。そして、その言い方だとやっぱり何かあるんだね」


「うん。。。実はね、今回の子、ソックリなの」


「誰に?」


「イライザさんに」


 僕はそれを聞いてすぐに装置を作動させる。僕らのいる部屋の壁面加工がパラパラと剥がれ落ちて、隣の部屋の様子が映し出される。すると、そこには綺麗な赤髪の少女が一人。何をするでもなくただこちらを見ていた。


 すぐに部屋を出て、僕はその子の部屋のロックを電子機器で解除しその部屋へ。


「あら、ようやくおでましってわけね」


「姉さん?」


「うーん、残念だけれど私の年齢は14歳。貴方よりも恐らく5歳は若いはずだから、お姉さんではないと思うわ。はじめましてアレックス監視官。わたしはニルヴァーナ。まだちゃんと人間として認められていた頃はニルって呼ばれていたわ」


 イライザに瓜二つの容姿と口調で笑顔を浮かべながらこちらに問いかけてくる。この施設は何?とか、僕の過去に何があって今ここにいるの?とか、カウンセリングをしてくれたシオンに彼氏はいるの?とか。僕はその問いに答える事が出来ず、ただ、見ているだけだった。

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