第6話 嗜食 (残虐な描写有)

 建物の影で夕と一緒に座りながら特に何をするでもなく時間が経っていく。始めの内は話をしていた夕も今は黙って座っている。

 夕は僕の事を聞こうとしなかった。興味が無かったのか、話したくないことを悟ったのかは分からないがどちらにしてもありがたかった。


 徐々に日が傾き空が暁に染まっていく。気温も下がっているのか少しずつ肌寒く感じる。


「ん、包帯替える時間。戻る」


 夕が立ち上がり服についた汚れを叩く。


「お兄ちゃんはどうする? ここにいても見つかるよ」


 包帯が巻かれた左腕を擦りながら夕が聞いてくる。見れば薄っすらと包帯が赤くなっていた。


「それ……傷が開いてるんじゃ……」


「元々傷口がふさがりにくい体質ってお医者さんは言ってた」


 事も無げにそう夕は答える。


 傷口から出血があるなら早く手当てをしないと、膿むと大変なことになる。そう考えた時だった。

 ふと、鉄の匂いが鼻孔をくすぐる。瞬間、空腹感が脳を襲う。目の前が真っ赤に染まっていく。


「お兄ちゃん?」


 目の前のが、音を鳴らす。その度に動く喉が艶かしい。囓れば甘美な液体が喉を潤すのだろうか。膨らみを持った胸部、内臓の詰まった腹部もきっと美味なんだろうか。


「大丈夫? お兄ちゃん」


 ゆっくりとが手を伸ばしてくる。その手を取って抱き寄せる。そのままその首筋に齧り付いた。

 口の中に大量の血液が流れ込む。咽下しきれない分の血液が顔を、首筋を汚していく。胃を満たしていく血液の暖かさが心地良い。そのまま首筋の肉を齧り取る。ブチブチと嫌な音を立てて筋が切れていく。

 意外と筋張っているな、と何度か歯を立てることでやっと口の中に肉片が転がり込む。それを丁寧に咀嚼し血液と共に咽下していく。久々に食べた肉の味は今まで食べた何よりも美味だった。

 もっと柔らかい部分を食したい。もっと多くの血が飲みたい。飢えと渇きを癒やしたい。何かが着ている服の前を肌蹴させる。そして、胸に歯を立てるために少しかがもうとして、


「お兄……ちゃん……痛い……よ……」


 夕の声が聞こえた。思わず手を離す。ベチャと粘り気を帯びた液体の上に少女の身体が横たわる。

 上下する胸は辛うじてまだ生きてる事を示していたが、弱い呼吸音と白くなっていく身体がもう長くないことを示していた。


「また……陽が泣いてる……」


 夕がゆっくりと手を伸ばして、検査衣のズボンを掴んでくる。弱々しくズボンの上から足を撫でるようにして言葉を続ける。


「ほら……泣くとママも……悲しくなっちゃうから……」


 咳き込みながら弱々しく、それでも伝えようと口を開こうとする。咳き込む度に口に血が滲む。それを拭うこともなく必死に何かを口にしようとしていた。

 裾を撫でる腕が地面へ落ちる。涙を流す目には光がなく、弱々しく上下していた胸もその動きが止まっていた。


 ――死んだ、いや……殺した。その喉元を食い破り、食べ物にした。未だ胃の中で熱を持つそれが否定しようのない現実としてのしかかる。

 膝を着く。目の前が暗くなっていく感覚。越えてはならない一線、やってはならないことをしてしまった。膝が、顔を覆う手が、全身が恐怖で震える。


「あぁ……ああぁ……」


 喉から声にならない声が出る。それは徐々に抑えられない慟哭になる。


「おい、そこで何をしている!」


 誰かが駆け寄ってくる。足音がすぐそこで止まり、何かをこちらに叫んでいる。だが、何を言っているのかわからない。只々、自身がしたことの恐ろしさとそれでもなお体の内側から湧き出る感情が恐ろしかったのだ。

 不意に首筋に何かを刺される。冷たい感覚の後、僕の意識は闇に落ちた。

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