第3話 記憶

 一般病棟に入院が決まった僕は、その日の内に病室へと案内された。一部屋四人が入院している一般病棟で、その部屋の四人目として僕は部屋に入った。

 同室となった人達を眺める。ガタイのいい男性に小さな女の子。そして、同年代だろうか。十七、八の女性と同室だった。その誰もが足に、あるいは腕に包帯を巻いていた。

 ふと隣の男性と目が合う。軽く会釈すると男が話しかけてくる。


「よぉ、見た感じ怪我ってわけじゃなさそうだが入院するって事はどっかが悪いのか」


 また微妙に答えづらい事を聞いてくる。死んでるのに生きているなんて説明ができなかった。男は微妙な間を読んだのかそのまま自己紹介をする。


「俺は空条くうじょう義隆よしたか、バイクスタントで事故ってな。見ての通りの重症よ」


 はっはっはと笑う男――空条は笑いながら包帯の巻かれた足と腹を軽くパンッと叩いてみせる。


「まあ、同室になったのも何かの縁だ、何かあれば気軽に話しかけてくれよな」


 そう言う空条に答える。


「同室のお隣さんが気さくな人で良かったですよ、よろしくおねがいします」


 そうだ名前、名前を言わなければ。とそこで自分の名前が思い出せなくなっていた。


「おう、よろしくな……ところでお前さん名前は?」


 空条も名乗らなかったのを気にしたのか名前を聞いてくる。しかしいくら思い返しても自分の名前が思い出せなくなっていた。それだけじゃない、家族の、兄妹の、友人の。自身を取り巻いていたであろうあらゆる物事が思い出せなくなっていた。


「なま……え……なんで……」


 声を出す以外に動く必要のない肺が酸素を求める。通っていない筈の血液が熱を持つ。頭が焼けるように熱くなっていくのがわかる。

 徐々に頭の中が真っ白になる。最後に浮かんだイメージ……とても大事な人が泣いている声がどこから聞こえてくると、僕は意識を手放した。

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