第12話 いくあて
レストランを出てひさびさに交差点を迎え、ひさびさにそこで右折した。彼はあらかじめ調べておいた紙切れに書かれていた住所に向かって車を転がす。どんどん細かい路地へ車は進んでいき、やがてまた田畑の広がるだだっ広い道に出た。どこに行ったって開拓地はこんなものである。周到に計画された直線的な区画をなぞっていくと、果たしてそこに一軒のボロアパートがあった。同業者――未成年への性犯罪者――たちはやはりすべからく社会的地位を失っているようだ。
名は鶴岡といったはずだ。寺原より早く外の空気を吸った彼は今も元気にしているだろうか。あいつはあいつで三人姉妹を一週間監禁するようなやつだし、そう簡単にくたばるようなやつでもないはずだが。
「降りるぞ」
「似たような家ですね」
「そんなことは知ってたことだろ。似たような家に住んでるやつは、似たような境遇にあってるってだけだ」
「そういう暮らしもありだと思いますけど」
小枝という少女はいったい人生を何回繰り返してきたのだろうか。所々に見えかくれする彼女の考え方というか人生観というか、おおよそ同年代の少女の考えることではないような深く本質的なものをぽろっと口にすることがある。もっとも、それは諦念の情がほとんどだが。
ポストに鶴岡という名前はなかった。街のはずれとはいえ、その街は寺原の住んでいた街よりも遥かに栄えているのである。彼は恐らく寺原とは違って人工密集地の近くで余生を過ごすことに全く恐れをなしていなかったのであろう。彼の犯した罪の大きさに対してはなかなかに勇気のいる決断だったとは思うが、やはりその方が圧倒的に暮らしやすいのである。横浜にその住みかを置いていた寺原からすれば、釈放されてはじめの半年から一年はコンビニのない生活に苦労したものだ。徒歩五分圏内に何店舗もあるのが当たり前と思っていた現代社会の象徴は、今やある程度の心を決めていかないとなかなか行くのが面倒くさいものとなってしまった。まあ、この道央地域がだからといって現代から取り残されているかというとそういうわけでもないのだが。
メモには住所が書いてあった。長い当て字の漢字の文字列の最後、「――202」という暗号が示すのが彼の部屋番号だ。表札には高宮と書いてあった。これが彼の今の登録名ということか。もしくは単に彼の名を忘れたか、だが。「セールスお断り」の文字が独特の存在感を放つドアに一瞬びっくりしたが、すぐにベルをならした。思いの外すぐに奥の薄ぐらい部屋が見えた。
「お前――久しぶりだな」
「お前こそ変わらねえな、鶴岡」
「その名前で呼ぶな。入れ」
全く記憶は間違っていなかった。
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