第9話 あきあき
もとの資産が少ないので、投資によって動く金額も高くはない。今日は明日少し遠出するからそのガソリン代と、せめてもの手土産を買うお金のみ稼いだ。現在十五時。明日には引き出せるようになっている。
彼は食パンをまた取り出した。空になった袋をゴミ箱に捨て、冷凍食品を取り出す。六枚スライスが三食でなくなってしまうのは慣れないことであった。
「起きろー」
結局、小枝が起きてくることはなかった。育ち盛りの小学生には五時起きの難易度が高かったようである。もっとも、彼女が自分で起きてきてしまっただけなのだが。
「ん……」
眠い目を擦る。文字通りの行動だった。彼女は右目と左目を同時に両の手で擦ると、ちゃぶ台の前に座る。
「寝起きのところ申し訳ないけど、ご飯がなくなったから後で調達しに行くぞ」
「もうなくなったんですか?」
「二人ぶんだからな。そりゃなくなるのも早いさ」
「そういうこと……」
彼女の瞼にはまだ何か重いものが乗っかっているらしい。うすーく黒目を覗かせる程度に開けられた両目からは、昨晩のようなテンションは見受けられない。
「チョコも食べきっちゃうか?」
「うーん……」
眠いのか、それともただつまらないのか。本当のことは彼女にしかわからないのだろうが、それでも寺原にはそれが単純に眠いだけのことではないのがよくわかっていた。冷静に考えて、全部の食事が同じものなのはきついものがある。確かに彼女は満足な食事を与えられていなかったかもしれない。しかし、いい生活を望んでやってきたところでもまた同じような生活。変わった点は一品冷凍のこぢんまりとしたものが増えたのと回数が増えただけ。食事を楽しめなくなったのはよくわかる。
寺原は自らにのみ聞こえる音量で舌打ちをして、それから考えを巡らせた。本日の利益は二万円ほどだった。
「夜は――外に食いに行くか?」
「外ってどういうことですか」
「二時間ちょっと走らせたところにレストランがある――ああ、レストランってのはお金を払って料理を提供してくれる施設で」
「それはわかります。小六なめすぎです」
「お前の常識がどこまでなのかよくわかんねえんだよ……とにかく、そこで食べてもいいぞ。どうせ明日には家を出るんだ。一回の食事のために買い物に行って帰ってくるほど今日稼げてないし、それに、せっかくならご飯は美味しくて温かい方がいいだろ?」
「ほんとにいいんですか。お金ないんですよね」
「気遣いは目の色をもう少し暗くしてから言えよな。嬉しいんだろ?」
こんなに楽しそうにしている小枝は、まさしくお菓子選びのときと同じものであった。結局、食欲にはなにごともかなわないのである。
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