第8話 よくあさ

「なんのメモなんですか?」


「昔俺の同業者からもらったそいつの住所だ。困ったときにはいつでも来てくれと言われてるんだよ」


「でも五年経ってますよね。いくらいつでもといっても、そんなに融通利くもんなんですか」


「わからん。行ってだめなら野宿かもな」


 そうは言ったものの、寺原は別に大して心配をしていなかった。この住所にあいつが住んでいなければ話は別だが、そう頻繁に住みかを変えてはいないだろう。所詮同じ境遇の人のことなので、ある程度は察しがつく。こんなボロアパートに何年も住みたくて住んでいたわけではない。ド田舎なので犯罪歴とか評判にうるさくなかったというだけである。家賃も破格だ。もし誰かが死んだ部屋だとしても、むしろありがたいとまで思えてしまいそうなレベルだ。


 それに、何より彼は同業者である。小枝は覚悟しているのかしていないのかわからないが、小学生を連れているというだけで彼はほぼ確実に通してくれると見ている。


 用もすんだので、寺原は朝ごはんの用意を進める。用意といっても昨日とさほど変わらない。冷凍食品の内容が変わっているだけだ。しかし、小枝はそれをもまた喜んだ。


「ハンバーグなんて、どうやって冷凍しようと思ったんですかね」


「さあな。今はなんでも凍らせてしまうからよく分からない」


 小枝は不思議そうにハンバーグを見る。


「久しぶりですね……給食以来かな」


「家では……そうなんだな」


「出るわけないじゃないですか。三品目あったら奇跡レベルですよ」


 今だって二品目しか出せていないが、小枝は食に対して興味があるらしい。彼女の言う二皿目や三皿目と言うのも、料理としてカウントするか微妙なものが多いということだろう。


 出発は明日にしようと小枝と一致した。昨日買った冷凍食品の残りがまだ残っているからだ。小枝の住んでいる街は住宅街で、千人単位で人がいる。警察が捜索を始めるときにはまずその辺を当たってくると踏んでいるのだ。また、その街の四方を取り囲む中で、一番市街地から遠く、過疎化が激しいところが今寺原らがいるところであり、捜索範囲の優先順位としては下位に位置付けられているはずだ。今日のところはおそらく問題ないだろう。数年ぶりに使う思考回路だ。


 朝ごはんを片付けると、寺原は仕事に入った。これでも株で儲けている身なので、少しはパソコンに向かって荒れ狂う数字とにらめっこするのだ。


「それはなんですか?」


 寺原が何かすると、小枝がその横にひょこひょこ現れてなんやらかんやら訊いてくる。寺原はそれをうっとうしいなどとは毛ほども思わなかった。


「FXだよ。わかるか?」


「FXっていうんですか」


「そうだ。これでお金を儲けることができる。うまくやればな」


「お金儲けてたんですか」


「お前が食ってたものが買えたのは俺が金を稼いだからだぞ」


「確かにそうでした」


 小枝はふんふん、と頷くように画面の隅々を見回した。そんなに珍しいものなんだろうか。


「あ、上がりましたよ。これで儲けたって言うんじゃないんですか?」


「いや、これは買ったときの値段より少ないからまだ儲けてないんだ。もうちょっと待て」


「難しいです……」


 そう言って首をかしげる彼女を、今すぐにでもどうにかしてやりたかった。少女にそんな感情を抱くことに大して、勿論全く罪悪感はなかった。

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