第6話 ゆうはん

 途中、寺原は暗闇の中にぽつんと現れた民家にお邪魔して、例のごとく不揃いなジャガイモやらニンジンやらをいただいた。どうせまた大したもん食べてないんでしょ? これも持っていきなさい、と渡されたのはカレーのルー。おばあさんのご厚意で夕食が決まった。


「なんで私はついていっちゃダメだったんですか」


「そりゃお前、普通に考えて突然女の子つれてきたらヤバイやつ認定されるだろうが。知ってるか知らないかわからんが、お前はもう十分に大きいんだぞ」


「そうですけど、私がついていって適当なこと言ったらもっといいものもらえたんじゃないですか。jsブランドですよ」


「俺には通用するかもしんないけど、そうとは限らないのが世の中ってもんだ。わからないか?」


「わかりませんね」


「それが今のお前の立場だよ」


 小枝はそこで口を閉じた。ゆっくりと目を閉じると、後部座席に寝っころがる。もう慣れてきたのか。


 アクセルをゆっくりと踏み込む。もうだれも通らないし、もう民家も現れることはないが、寺原はそれでも法定速度を守った。根は真面目なのである。


 家についた頃にはもう夜の八時を回っていた。今からカレーを待てるほど二人の脳みそは余裕がなかったので、結局冷凍食品一品と値下げの食パンで済ませた。小枝はそれでも一日一食生活に慣れてしまっているのだろう。二品もあるとか言ってはしゃいでいた。寺原はその姿に複雑な感情を抱かざるを得なかった。この食が一般的には質素に分類されることを知っているのはこの空間で彼だけなのだ。焼くことすらできない食パンを初めて食べるのだろう、小枝はその食感や味、果てには触り心地まで実況してきた。彼はこうしてまた初めてを献上したのである。


 久々に賑やかな――といっても一方的に騒がしくされただけだが――晩餐会が終わった。時間をかけて買いに行った割には数分で終わってしまった。彼女は満足そうな顔をしていたが、不意に何かを思い出したように顔をあげた。


「チョコってやつ食べたいです!」


「そう来ると思ってたよ」


 寺原はいつその言葉を受けてもいいように、夕飯を並べていたちゃぶ台の下に隠していたレジ袋を見せた。チョコクッキー、板チョコ、そして一口サイズのチョコの袋と十円で買えるチョコの四品である。夕飯に比べてもその品目数は倍だ。小枝は早速目を輝かせると、板チョコに手を伸ばした。箱ごとかぶりつきそうだったので、寺原は一度それを受けとり、箱を開けて、アルミホイルを剥がし、食べられる状態にしてから小枝に手渡した。


 小枝はまた物珍しそうにそれを一周見てから、恐る恐る口に入れた。一噛み、二噛み。刻むように数回口を動かしたあと、ゆっくりと嚥下した。


「おいしい……」


 彼女は右手を頬に当てて呟く。もう一口、今度は大きめにかぶりついた。


「これが、チョコ……」


「気に入ったか?」


「もちろんです!」


「そうか」


 やはり、食欲の満たされたときの笑顔が一番輝いて見えるものだ。彼女は明らかに今日一番いい笑顔を見せている。しばらくその様子を見ていたら、小枝がその視線に気づいた。


「食べたいですか?」


「まさか。お前のために買ったんだよ。いいから食え」


 小枝は言われると、寺原とチョコの間で視線を行ったり来たりさせた。そして、チョコを突きだす。


「半分こ」


 小枝は汚れなき眼でそう言った。その言葉にどこか懐かしさを覚えた寺原は、本当に申し訳なさそうな顔をする。


「いいのか?」


「ご飯ろくに食べてないのは寺原さんもですよね?」


 やれやれ、とんだ洞察の鋭い女の子を拾ってしまったものである。寺原は礼を軽く述べると、チョコを一口いただいた。寺原も、チョコを食べるのは相当久しぶりのことだった。

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