第4話 せんたく
小枝にとっての新しい経験が二つ終わった。彼女が息を切らしていると、寺原はまだ気持ちが収まらないのかもう一度唇を押し当てて、そのまま抱き抱えるようにして起こした。お互いをシャワーで流すと、小枝を湯船に入れて自分は上がった。五年前の話になるが、小枝が言っていた誘拐事件の時に一人の女の子に着させていた下着と服を用意して、自らは脱がれた服をまとめて紙袋に入れた。コインランドリーに行く準備である。
しばらくして小枝が上がってきた。女の子の身体のケアについて怠らない寺原は、小枝が全身を拭いたのを確認してから脱衣場に戻り、下着と服を提示して紙袋の整理を行った。その後、ドライヤーでこれまた丁寧に髪を乾かした。見違えるほどさらさらでつやつやの髪を手にいれた小枝は気分がよくなったのか、寺原に対する表情も豊かにしていくようになった。
紙袋を手にして玄関に立っていた寺原のもとにとてとて駆け寄ると、彼女は露骨に顔をしかめた。
「くっさいですね」
「言ってるだろ」
「私今くっさいですか?」
「ほんの少しな。でも石鹸と柔軟剤がいい勝負してる」
「くっさくなくなりたいです」
「時間がかかるぞ。十年ものだからな。行くぞ。あ、待て」
外に先に出た小枝を呼び止めると、寺原は彼女に耳打ちした。
「他人に関係性を訊かれたら、彼女って答えろ。最近はませたのが多いからこれでごまかせるはずだ。いい生活をしたいなら守れよ」
「わかりました」
夏の日差しが二人を照らす。
車で五十分のところにコインランドリーはあった。誰一人として利用者はいなかった。寺原は一つ安堵して自動ドアを潜った。
これの扱いに関しては彼も慣れていない。もっとも、彼はあまりこれを利用しないのだ。しないというよりはできないというほうが正しいのだが。
「回ってますね」
「回ってるな」
「これなんていうんですか?」
「洗濯機も知らないのか」
「それは知ってます。でも洗濯機は縦に回るのと横に回るのがあります」
「それか。こっちは縦だからドラム式って方だ」
「横のは何て言うんですか?」
「知らん」
小枝は物珍しそうに洗濯機を見つめる。本当にどんな家庭で育ったのだろうか。
「小枝、そろそろ終わるからどけ」
「わかりました」
小枝はそう言うと、寺原と交代でベンチに座った。足をぷらぷらさせている。言動は大人びているが、素振りにはところどころ年齢相応のものが見える。もちろんそれも寺原の好感度をあげている。
「ほら、まだマシな臭いになったぞ」
「ほんとですね。科学の力です」
「あとは家で少し手洗いすればなんとかなるだろう」
「家庭的ですね」
「その昔も同じようなことをしてたんだよ。何人も連れてな」
漏らした笑みはたいそう自虐的なものだった。
「なんか食べたいものはあるか?」
「特にないです」
「遠慮すんなって」
「私食べ物詳しくないです。一食だけ、白米が与えられるだけだったので」
「……」
寺原は信号のない国道を法定速度ギリギリまでスピードをあげて走った。一番近いスーパーまでこれまた一時間はあるが、今日はその時間も短く感じられるだろう。時刻は午後六時になろうとしている。
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