惨めな少女

目なんて、覚めなくて良かった


まぶしい木漏れ日で目が覚めたリョウは、自分がたしかに息をしてしまっていることに気がついた。

いや。もしかしてこれはもう死んでいるのか。

頭の中が混乱する。だが、きっとここは森の中だ。待ち望んでいた地獄ではない。両親や、サープがいるあの世でもない。訳が分からなくなり涙が溢れてきそうだった。

「あ。おっおきた……大丈夫、じゃないか。ごめんなさい」

誰かのか細い声が聞こえたようで起き上がってみると、自分が膝枕をされていたことに気がついた。ずっとリョウを覗き込むような形で膝枕をし続けていたのは、見覚えのある、あのさっきの人殺しだ。

「……何をしてるの。私が寝ている間に、さっきみたいに殺して良かったのよ。殺したくてたまらないんでしょ」

リョウは横目で辺りを見回す。十メートル程向こうのちゃんとした道になっている所に、サープだったものが、横たわっている。悲鳴をあげそうになったが、そんな事したら自分がやっぱりどうしようもない可哀想な人間になってしまう。サープと一緒に家に帰って、一人で狂ったように泣こうと思った。

「そ、そんなことできないよ、僕…人が目の前で死ぬのなんて見たくない」

「はあ?余計なお世話様よ。それに、よく言うわ。だって、


あれ?貴方、血だらけだけど、右腕の、それだけは本物の自分の傷じゃない?」

「あ、うん……さっき、君の銃口の軌道を無理矢理ずらした時、弾丸右腕にかすっちやって。あの時はいっぱいいっぱいだったから、全然痛くなかったよ。君が死ななくて良かった」

「貴方ほんとに意味がわからない……。貴方の血の匂いが気持ち悪いわ。私はサープと一緒に家に帰る。サープのお墓、作らなきゃ」

リョウは向こうにある真っ赤な塊を見て眉を寄せた。手に思いっきり力を込めて、あの殺人鬼とは目を合わせないように立ち上がる。


「君…泣かないんだね」


少年の言葉に、リョウは底知れぬ怒りを覚えた。振り返って、初めて少年と目を合わせた、というよりは睨みつけた。少年はびくっと震わせる。



「泣きたいに決まってるでしょ?!最後の私の家族だもの!貴方に、家族を失う辛さがわかる?!目の前で殺されていくのに、自分だけ息をしている罪悪感を知ってる?!」

少年の胸ぐらを掴む。返り血が乾いて、ただの薄く硬い衣になっていたその服を、精一杯握りしめた。

「私は帰るわ!!!どうぞこのままのたれ死んで、ただの殺人鬼のまま最後を迎えればいいわ!」

リョウは少年の胸から手を離して、大きく一歩を踏み出した。

「待って!」

少年が泣きそうな震えた声でリョウを呼び止める。リョウのスカートの裾を握って、情けないまでこちらを見ていた。

「なに!!」

「帰らないで…僕と一緒にいて」

「なんで殺人鬼の貴方なんかと一緒にいなければいけないの!」


「だって、君…帰ったら、


一人ぼっちで泣くんでしょ。

一人ぼっちで、死のうとするんでしょ……」



自分がさっきまで思っていたことを、少年は震えた声で言い当てた。私の事を、ただの気が荒い、孤独な悪人のままの認識で見放していて欲しかった。

貴方に一体なにがわかるの。なんでそんな、私を可哀想な人を見るような目で見るの。


「君の、弱い所…わかるから……。

お願い。一人で、このまま手の届かないところに行かないで……助けられなくなっちゃうから。

僕は、君の大事な家族を壊しちゃった。もう戻れない。

こんな殺人鬼が、こんな事言ったらおかしいけど、言い訳なんて出来ないけど、


僕は、君が死んだら悲しいよ」




6年前の記憶。私をベッドに隠した母は、笑顔で、私のほおを撫でた。

「母さんは、貴方だけを守らなくちゃいけないの。私たちの宝物だから。貴方が死んだら、悲しいわ。

ねえ、強く生きて。



愛してる−−」


母の、最後の言葉。



そうだ。私は、ここで死んだらいけない。母の言葉と重なった、殺人鬼の言葉。

自然と大粒の涙を流していた。

少年は、驚いたような表情でリョウを見ている。涙を拭いて、少年の前に背筋を伸ばして向いた。



「いいわ!生き抜いてあげる。孤独だって、可愛そうな人間だって良い。だって私は確かに、家族に愛されていたから!

でも、これは貴方に言われたからじゃない。復讐の為に生き抜くの。

サープを連れて帰るのを手伝って。貴方の言い訳を聞くのはそれからよ。」



リョウは、少年の手をぐいっと掴んで立たせた。唖然としている少年は、サープを見るとぐっと目に力を込めた。



「わ、わかった。

僕が二度と罪を犯さないように、君が二度と死を選択しないように」

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