第6話 1919年8月11日
「では、これから業務内容を話します。更に詳しくは担当部署の人に聞いて下さい」
緊張感が漂う、それに神無は飲み込まれ、頷いた。
「最初に言っておくと、この世界には超能力、異能力とも言いますが、そう言った不思議な力があります。それらを使う者を我々は保護と言う言葉が正しいか分かりませんが、保護しています」
「はぁ、異能力ですか・・・?アニメとかによくあるああ言った感じですか?」
異能力があるかどうかを尋ねたたところで時間の無駄いう事を神無は理解している。その為、敢えて能力について聞いてみた。
「いえ、あんな物は極々少数です。基本的に、半数以上は指からライター程度の火が出せるとかそこら辺のレベルです」
「そんなレベルなら、保護とかする意味はあるんですか?」
当然の疑問の様に神無は言う。普通に考えるのならば、そんな物に保護とかをする意味がない。強い異能力が制御できず、暴れないようにするなら分かるが、大抵の能力がそうだと言われたら仕事の意味を感じられない。そして、それを汲み取ったのか氷室は口を開く。
「別に異能力者が危ない訳ではないんです。集団である普通の人々が危ないんです」
「え?」
「人と言うのは例外なく、未知と言う自分の知らない物に強い恐怖を覚えます。死と言う物を何故恐れか、
それは、死と言う物が分らないから。こう言った具合に、未知と言う物は人々の恐怖を煽ります」
氷室の言葉には説得力があった。そして、経験談の様に語る。
「そんな世界に未知の結晶の様な異能力者が混ざると当然ですが、人々は怖がります。そして、異能力者たちの権利は狭まるでしょう」
「でも、人権団体とかがありますし、そこら辺は・・・」
神無の言葉を無言で首を横に振り、遮った。
「残念ながら問題はそれだけではないんですよ。異能力者は、全く新しい方法でエネルギーを発生させ、事象を起こします。その発生させる過程は、人類の発明の歴史から言えばAI以上に魅力があります」
「確かに、そうですが・・・」
「世界的には、我々が世間の表舞台に立つ事を望んでいるのです。そうすれば、そこから悪事を捏造し、世界の敵であるかのように見せることが出来、人権の剥奪が出来ます」
確かにその言葉は現実味を帯びているが、現代社会に生きる神無から考えれば同じ時を生きる少し違う人間の人権をはく奪するなんて考えられなかった。しかし、氷室はいとも容易くそれを裏切る。
「1919年8月11日。これが何の日か分かりますか?」
「えっと、すいません」
「今では常識である社会権を含んだ憲法、ワイマール憲法が制定された日です。これが昔と捉えるかはあなたに任せますが、私達からすれば、百年も経ってない昔に漸く制定された普通の人権の歴史に恐怖を覚えますね。同じ人間の人権にこれだけ時間が掛かるのなら、肌の色より明確に違う。我々はいつ、人権を手に入れられるのでしょうか?」
フランス革命。1787年。しかし、この革命でも女性の権利は認められない。アパルトヘイト。所謂、人種隔離政策。これは1994年に完全な廃止が決まる。それでも、黒人への差別、偏見は未だ強く残り、問題が起きる。インドのカースト制度であるヴァルナ・ジャーテは事実上、今もインドを強く支配する。これを遠い国の物として認識するのは簡単だが、穢多非人と呼ばれる者が存在し、それが現代まで微かに残る日本も他人ごとではない。
「言い方は悪いですが、障碍者と呼ばれる方。この人達が駅で困っていて、その方を直ぐに助ける我々日本人を見た事がありますか?これは私の経験上ですが、ありません。寧ろ、人々は遠ざかり、関わらないようにしている様にも見えます。これは忌避していると言う捉え方で間違っているでしょうか・・・?」
「・・・・・・」
氷室の言葉は反論の余地がなかった。そして、氷室は続ける。
「飽くまでも、仮定に過ぎませんがね。これより詳しくは担当部署に聞いて下さい」
「分かりました、それで、次はどうするのですか?」
「そちらにお掛け下さい」
指は、神無の背後にある機械を指していた。そして、それに神無は腰を掛ける。
一昔前のホラー映画の様な機械チックで、コードが無数に繋がれた被り物を被らされ、手足にはコードが付いている紙を貼られる。
「では、息を大きく吸って吐いて下さい」
言われた通り、吐き出すと、氷室の顔は濁った。
「すいません、もう一度お願いします」
「ん?分かりました」
怪訝そうな顔をする氷室に若干の緊張感を抱く。
「はぁ、はい。そうですか。そうですね。分かりました。以上となります。残念ですが、大きな問題が起きました」
「な、なんですか・・・?」
常に冷静と言う印象を与える氷室が慌てて、冷静になったと思えば、恐縮そうな顔をしていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「桜空神無さん。あなたには異能力と呼ばれるものは存在しません」
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