最終話 魔王VS勇者

「来たぞ!」

「わぁぁぁぁ!」


そこは、お祭り騒ぎだった。今、ヒト一人が死ぬのにも関わらず、城下町の中心にある中央広場に集まった国民は、これから今まで見たこともない歴史的な瞬間に負けないくらいの歓声と興奮を、死刑執行する魔王リスクに浴びせてきた。

「・・・・・・・・・・・・」

魔王リスクの独裁と恐怖に屈した市民は、自分たちに危害が及ばないために、生け贄に勇者リードを選んだのだ。若きリードには、そんな人たちの悲哀など、理解できるはずもない。生き残るために必死で権力者に媚びをうり、空気を読んで、なんとかおこぼれや甘い汁を吸おうとする。そんな場面は、今まで歴史上で、いくつもの場所で行われてきた定例行事である。それも、こんな場所でまた生まれていた。一時の安息と秩序を守るために、市民は独裁者であろうと魔王であろうと、間違っていようとも、それを守る方向に動いていく。ちっぽけで儚い命を持つ自分自身を守るために。

「・・・・・・クソがっ・・・」

リードは、『現実』に唾を吐きかけても、どうにもならなかった。だが、筋を通さない市民たちに、苛立つのは、しょうがなかった。勇者の力をもってさえいれば、無能な人間に従う必要もなければ、悪に屈する必要もない。リードはそんな星の下に生まれて、日常で力を持たない人間たちの気持ちなど、わかりようもなかった。勇者の力で理不尽をねじ伏せられる自分、なんでも筋を通せる自分自身を、特別な存在と思いながら、そうではない人々が、力を持たずどんな知恵を持って生きてきたなど、リードの眼中にはない。そんなときに決まって母、マラーナは

『お前は、特別なんかじゃないのよ。よく覚えておきなさい。そうしないと、いつかお前自身がとんでもない目に遭うわよ』とリードに言った。

「・・・・・・・・・・・・・」

母の言うとおりだった。そのとんでもない目とは、自分の死だったのだ。母は知っていたのだ。自分の能力を過信し、この手で、この力で世界を変えられると思って化け物に変わった父のことを。そして同じ能力をもつ俺に、父親と同じ、いつか来た道に行かせないために、忠告したのだ。それを俺は・・・

「・・・・母さん・・・・ごめんよ・・・」

急速に頭の冷却装置が作動したリードは、母に聞こえない声で、謝罪の言葉を吐き出した。人生で初めて、母に謝罪したリードは、すこし成長したようだった。

「・・・・・何かいったか・・・・?」

不快な声が、耳元でリードの神経をイラつかせる。父親らしいことはひとつもしなかった。それどころか、妊娠が発覚した母を、少しの金とともに捨てた、元父親の声が、リードの耳の鼓膜を振るわせる。自分のことしか考えず、自分の出世の邪魔になるからと、母と俺を捨てた悪魔、魔王、そして今、俺の命を奪う死神に成り変わった、元勇者のリスクが、リードの独り言に反応して、リードの方向を向いた。

「母さんは・・?マラーナ母さんは無事なのか・・・?」

自分の心配よりも、母の心配を先にするリード。

「・・・・フフッ・・・・・」

「・・・・?・・・・・」

可笑しいことを一つも言っていないのに、唇の端から、少しの笑いを漏らす父。その不快さは、リードの怒りを呼び起こしたが、金色の手錠をはめられたリードには、何も出来なかった。

「・・・・お前らの作戦は・・・全部・・・ライズが看破したよ・・」

「!?」

動揺を顔に出すまいと、リスクの言葉に反応せず、必死にこらえるリード。だが、薄ら笑いをリスクは止めなかった。

「・・・・お前ら・・・サイロンと裏でつながっているんだろ・・?」

『ハッタリだ。何の証拠もない。ただ、ライズとか言う男のたわごとを、真に受けている馬鹿なだけだ』

「・・・・何がた・・・・?そもそも・・・そうだったとしても・・・なんでわざわざ捕虜としてお前に捕まるんだか・・・・」

目の照準を合わさず、必死に冷静さを出そうとするリードは、すこし言葉を噛みそうになる自分自身に焦っていた。

「・・・俺たちを油断させて・・スキを見てアリサをみつけるため・・・・だろ・・?」

「・・・・・・・・・・・・」

リードの目のまばたきが増える。何かを隠しているサインだ。それを見つめるリスクは、自信たっぷりの笑顔を絶やさない。

「サイロンが出世したことで城の中のいろんな場所に立ち入れることが出来れば、アリサも見つかるという作戦だったんだろ・・?残念だな・・・」

「・・・・・・・・・・」

リードは父の言葉に反応して、相槌を打つことだけは、決してしなかった。

「・・・・サイロンは・・・もうこの世にはいない」

「!?」

衝撃という名の雷が、リードの全身を貫いた。相手が本当のことを言っているのか、嘘かも判別がつかないほど、リードは動揺し、不安という波が、冷静さをリードから奪っていった。

「・・・・ここに・・・なぜライズがいないか・・・わかるか・・・?」

「・・・・・・・・・・」

「・・・アリサの救出に言ったサイロン・・・・可哀想だったな・・・・せっかく出世させてやったのに・・・・」

「・・・・・・・・・・」

リードは、リスクの声など、届いていなかった。いや、もう、リードの魂は、リスクの声の届かない黄泉の国に行っていた。リードの身体はまだ、現世にあったが、それもまた、黄泉の国に運ばれるだろう。心が折れる音をリードは自分の耳で聞いた。目からは生の光が消え、唇は水分がすべて蒸発し砂漠のように干からびて、しわくちゃになっていった。最後に託していた希望の光は、あっけなく消え、神は、リードを完全に見放した。悪魔に魂を売った人間が、この世に、また生の喜びをかみしめて君臨するだろう。永遠にではないが、この魔王がいる限り、この空に太陽の光は、永遠に射すことはない。リードという最後の希望は、ここに命をついえるのだ。絶対にかなわない悪魔に逆らった愚かな反逆者として、歴史に名前が残るかもしれない。だが、そんなことはリードにとってどうでも良かった。

「・・・・・・・・・・」

助けも、悲鳴も上げず、木製の十字架の真ん中に手錠をはめられたまま、はりつけになるリードは、潔かった。殺されることを悟った従順な家畜として、保守的な市民たちが見守る中、リードは、もうすべてをあきらめた。

「・・・・・それでは・・・十二時ちょうど・・・わが国に逆らった愚かな反逆者である我が息子・・・リードの死刑執行を始める」

「・・・・・・・・」

心臓の鼓動の音が、静かな空気の中で、内なる魂から、リードを襲う。

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

いつか、心臓の鼓動の音が気になって、一晩中、眠れない夜があった。そんな夜は、この心臓の音が、どこかで止まるのではないかという恐怖があった。今は、そんな恐怖が、眼前に迫ってきた。

「・・・・・・・・・・・」

左右から槍を持った人間が近づいてくる。処刑人の手にしっかり握られたそれは、太陽の光を浴びて、リードの網膜に白い光を送ってきた。そんな光に目を背けたリードは、ふと、自分の上にそびえ立つ青い海を感じた。

「・・・・ああ・・・・・」

どこまでも広がる、蒼い不純物のない青空の美しさが、リードの頭の上で、輝いていた。こんな日は、曇りの天気だと思っていた。でも、神様は最高の天気を、俺のために用意してくれたのだ。思わずため息と感動がリードの心を揺さぶる。

「・・・・・・・・・ううっ・・・」

涙が自然と、リードの瞼から落ちる。死の恐怖からではない。死ぬ前に、自分のために神様が用意してくれたプレゼントに涙しているのだ。この美しい宝物は、けっしてリードは死んでからも忘れることはないだろう。死の恐怖が一瞬和らいだリードは、すっと涙を流すのを止めて、静かに目を閉じた。

「・・・・・・・・・・・」

苦痛が、静かにリードに忍び寄ってくる。死の痛みは一瞬だけだろうか?いや、二度だろうか?早くしてほしい。出来れば、苦痛は、短い方がありがたい。神は、自分を許してくれただろうか?母の忠告を聞かず、増長し、自分の迂闊さが招いた結果を、神は許してくれるだろうか?

「・・・・母さん・・・ありがとう・・・」

また涙を流し、リードは、母に感謝した。おそらく、最初で最後の感謝は、母に届いただろうか?暗闇の中でリードはそっと思った。

「リード!!」

遠くで何かが、自分を呼ぶ声がする。それはひどく懐かしく、そしてうれしい声。いつも自分を見てくれて、自分のそばで愛を与えてくれた声。

「リード!!」

声がまた大きくなる。今度は、リードの心を、より強く刺激する。リードが決意した『死』から生への転換を、生への帰還を呼び込んでくる声に、リードの耳が動く。

「・・・・・母さん!」

聞き間違えるはずがない。この世界で、自分の名前を呼び捨てに出来る権利をもつのは、たった一人しかいないではないか!母だ!覚悟していた死を乗り越えるために、ついにリードは、永遠に閉じようとした目を、ゆっくり開けた。

「・・・・・・・・・」

まぶしかった。こんなにも現実はリードにとってまぶしく輝いていた。

「伏せて!」

母の声に、リードは身構える。すると目の前にいた処刑人の一人が、おもむろに自分の身体の方にわけもなく、覆い被さってきた。

「なんだ?やめろよ」

「・・・・・・・・」

自分の方に倒れてきた処刑人に返事はない。そのかわりにリードは彼の背中をみると、背中の中央に、矢がまっすぐ天に向かって突き刺さっているのが見えた。

「!?」

とっさに母がやったのだとリードは思った。そしてリードは、この目の前の現実が、少しづつ、変わりつつある匂いを感じた。だが、である。

「処刑人を矢で殺したからといって、時間稼ぎだ!そんなことをしてなんになる!」

リードの後ろで王座に座って、今までの一連の流れをずっと見ていたリスクが、吠えた。マラーナがリードの処刑を、一時的に止めても無駄であることは、わかっているはずだ。処刑人を殺したって、何の意味もない。また新しく処刑する人間を追加すればいい

「マラーナ!無駄なことは止めろ!」

「・・・・・・・・・」

遠くからスナイパーのようにリードの処刑阻止を狙うマラーナにリスクは恫喝した。

「お前をなんで逃がしてやったのか、まだわからないのか!?」

「・・・・・・・・・」

「お前にあのとき悪いと思ったから、お前だけは許そうと思った俺の気持ちを、理解できないなんて・・・」

「リスク、私は今でも、あなたを許してはいない!」

マラーナは、リスクから見えない射程範囲から、まっすぐ矢を放った。

「何でお前は、無駄だと、わからないほど、馬鹿なのかぁ!」

リスクはマラーナの行動がわからないほど怒った。そして目は金色に光ったあと、勇者の力を発動した。

「!?」

マラーナの放った矢は、まっすぐリスクの頭に吸い込まれて、リスクの野望も、夢も、すべて貫く、はずであった。だが、その矢があと数センチでリスクの頭を貫こうとした直後、リスクの右手自身で、そのマラーナの想いや怨みが乗った矢は、阻止された。

「どんな人智を超えた速度で敵が来ようとも、私は殺せない。お前が暗殺しようとも、私には、この勇者の力があるのだ。この力があれば、どんな敵も・・・・・」

リスクはいいかけて、はっと、自分の目が、おかしくなったことに気がついた。

「・・・・・・えっ・・・・?」

目の前に、はりつけになっていた息子の姿が、どこにもないのだ。さっきまで死の恐怖で震えていた子供が、霧のようにその場所から、いなくなっていた。

「・・・・・そんな・・・ありえない・・・何かしたのか・・・マラーナ!!」

マラーナの魔法で、息子の姿を見えなくしたに違いないと思ったリスクは、張り付けの十字架の場所に歩み寄って、息子の残光を自らの手で、確かめ始めた。が、

「・・・いない・・・どこにもない・・・おかしい・・・どこに消えた・・・消えられるはずがない・・・あの手錠は・・・勇者の力を外部から送り込まないと・・・外せない仕様になっていたんだ・・・」

「そうさ」

「!?」

背後で、嬉しそうな声がリスクの心臓を射抜いた。その瞬間、リスクは悟った。いつのまにかリスクが関知できないスピードで、勝敗が、入れ替わったことを。そして、それは後ろにたっている人間が、それを証明していることを。

「・・・・・・・・・・・」

後ろを振り向いて、それを視認すれば、リスクは認めなければいけない。自分のピンチと、マラーナがしたことも、サイロンがしたことも、そして実の息子、リードがしたことも。しかし、リスクに選択権はなかった。すべてを握ったのは、実の息子の方であった

「・・・・・俺だけの力じゃない・・・お前は他人を許さなかった、見下した、自分だけの力しか信じなかった、それがお前の負けだ」

目と首を動かして、リスクは、後ろを振り返った。

「!!」

そこには、信じられない、信じたくない光景が、確かに立っていた。

「馬鹿な!?」

リスクと、サイロン、そしてもう一人・・・・この世にいてはならない人物、いや、俺が、あのとき、倒した・・・

「魔王リムド!!」

確かにあのとき、ラダム国王の命令で魔王リムドの遺体を、城の地下に安置した事実を、リスクは今、思い出していた。サイロンの真の目的は、アリサを救出することではなかったのだ。魔王をマラーナの蘇生魔法で復活させることだったのだ。ライズは、ついにそれを予知できなかった。

「お前が・・・どうして・・・?いや・・・どうやって・・リード・・お前は・・手錠を・・・・」

リードの回答かわりに魔王は、焦るリスクに向かって、笑いかけた。

「・・・手錠を開けるためには・・勇者の力を・・・外部から注げばいいんだろ・・・?」

「・・・えっ・・・・・?」

リスクはそれができるのは、この世界で、リード以外に、自分だけだと思っていた。

「・・・・まさか・・・・」

「リスク・・・俺は・・・お前の父であり・・元・・・勇者だった」

「!!」

元魔王の言葉の、真の意味をリスクは理解した。そしてその言葉の衝撃がリスクの頭から足へ伝わると、リスクの両足は、身体を支えることが出来ずに、小刻みに震えだした。

「・・・・俺は・・・俺たちは・・・今まで・・・一体・・何をしてきたんだ・・・本当の父を魔王だと思って・・そう信じて・・俺自身の手で殺し・・・今度は・・・自分の血を分けた息子を・・・殺そうとしている・・・」

リスクは、足を震わせながら、今までの自分の呪われた人生を振り返っていた。勇者という自分を捨て、魔王になった父。そして正義と平和のために父を殺し、自分も勇者の力に振り回され飲み込まれ、魔王となり、今は、息子に殺されようとしている。その逃れられない因果が、宿命が、リスクの頭を焼いた。

「フッ・・・ハハハハハッ!!」

リスクは、今までの自分の人生を振り返り、そして笑った。気が狂ったように。

「そうだ。俺は、俺たちは狂っている。俺たちは勇者なんかじゃなかった。呪われた魔王の家系なんだ。だが俺は、お前らとは、違う!俺だけは、お前らを倒し、この世界に生き残ってやる!絶対にだ!俺には、ライズがいる!おい!ライズにアリサをここに連れてこいと伝えろ!人質だ!早く伝えろ!今すぐだ!」

リスクは、そばに秘書に慌ててそう、命令した。

「もう、遅いな」

「なにが!?」

リスクはリードの言葉に怒りながらも、自分がいつのまにかリードたちに主導権を取られているのではないか、という疑念を、払拭できずにいた。

「アリサ王女は、ここにいる!お前は手遅れさ」

「!?」

リードの言葉のあとに、彼の背中から、少し痩せた色白の女が、幽霊のようにニュッと飛び出してきた。

「・・・・・あ・・・・?」

最初、リスクは、息子が嘘やハッタリを言ったのだと思った。アリサとはまったく違う女性を連れてきて、自分をだます作戦を仕掛けたのだと思った。だが、それはすぐに間違いだったと、リスクの目が、頭がそう言った。

「・・・・・・・まっ・・・・まさか・・・」

「・・・・・・・・・・」

どこか、同じ匂いを感じた。かつて愛を誓った相手。その妖艶で華麗で美しかった肌の白さに、自分は愛の虜になった相手。それが目の前に立っていた。確かにアリサだった。そこにいたのは、ずいぶん会っていないうちに顔が痩せこけ、肌も生気を失った、かつてのアリサだった。

「・・・・・リスク・・・・」

アリサは、リスクの名前を久しぶりに呼んだ。

「・・・アリサ・・・ずいぶん見ないうちに・・・・」

久しぶりの対面に、リスクは、今、そこにある危機を忘れて、アリサに見とれた。自分がこんな目に遭わせたのに、リスクはどこかアリサに対して特別だった。

「・・・・リスク・・・・私は・・・・」

アリサは目を潤ませて、何かを訴えようとしている。リスクは、そんなアリサを見て、優しい言葉をかけようとした。

「アリサ・・・俺は・・・・」

「・・私も・・あなたを許さない!」

「!?」

アリサの目つきが、一瞬にして変わった。その目は獣のように鋭くリスクを威圧し、リスクの動きを完全に封じるくらいの力強さを内包していた。なにもしなくても、今にも倒れそうな痩せこけた女が、これほどの目をもっていたなんて、リスクは、予想外だった。ただの世間知らずで、高慢で、わがままに育てられた王女だと思っていたリスクは、彼女の体の底からわき上がる力に、一瞬、負けた。

「勇者リード!我がアリス女王の名の下に命じる。あなたを新騎士団の職につき、この悪しき魔王リスクを、倒しなさい!」

「おおせの、ままに。アリサ女王」

「!!」

リスクは、アリサの意図を、こいつらの戦略のすべてを、一瞬で理解した。魔王を助けてリードの自由を確保し、アリサを助けたのは、リードが魔王としての自分を、倒す大義名分を得るためだった。リードがただ、単に魔王としてのリスクを倒しても、リードは意味がないのだ。魔王でもあり国王でもある自分を倒せば、彼は単なる下克上しただけで、王族でも貴族でもないのだから、たちまち他の貴族たちに捕まえられ、反逆罪の罪で死刑になるだけ。だが、王族であるアリサ直々の命令があれば、自分を倒しても、アリサの意向がバックにあるから、反逆罪は適用されない。

「そうか・・・サイロンの入れ知恵か・・・」

リスクは、サイロンを睨みつけた。

「よそ見していいのか!親父!」

「なっ!?」

すぐ近くで息子の声が、リードの鼓膜を震わせた。それはこんな近くまで、いつのまにか、リードが攻撃の間合いを詰めてきた証拠だった。

「チィィ!」

護身用のために腰に差していた王族の剣を抜こうとするリスクは、コンマ数秒の反応が遅れた。

「遅い!」

足下でリードの切り裂く声が、聞こえる。次の瞬間、リスクの左手に激痛と空虚が、同時にフルコースで、襲いかかった。

「・・・あっ・・・・」

リスクは、リードの剣による斬撃で跳ね上がる自分の左手が、青い空に吸い込まれるのを、ゆっくりと眺めていた。青い空、白い雲の切れ端、そして自分の肌色の左腕・・・二度と、自分の身体とはくっつくことのない、彼を見送って、リスクは正気に戻る。

「俺の左腕を、一撃で切り落としたぐらいで、いい気になるな!馬鹿息子!」

「父親らしいこと、一つもしてこなかったくせに、俺を息子と呼ぶな!馬鹿親父!」

お互いに金色の瞳に変質した父と子は、おそらく最初で最後の勇者の力を持ったもの同士の戦いに、突入した。

「うおおおおおおおおおおお!」

左手を失ったリスクは、右手一本で、息子のリードの剣撃を、王剣で受け止めた。金色の瞳を持っているから、素早さなら、リスクもリードと互角だった。過去に自分の中にある経験値だけが、唯一、若者でしかない息子よりも、リスクが勝っている点であった。それに対し、息子のリードは、運動神経と俊敏さ、そしてしなやかさと、身体のバネ、そして柔軟な思考と剣の先からでる炎を駆使して、リスクを攻撃してきた。炎は剣の先からでているが、本物の炎とは、少し違うのではないかとリスクは思っていた。

『マラーナから譲り受けた魔法の遺伝子か・・・?』

炎の熱さと剣の鋭さに、リスクは後退しながらも、リードのスキを伺うリスク。だが、それ以上に運動不足とアルコールや肉の取りすぎによって、必要以上に、リスクの身体は、鈍かった。

「・・・・今だ!」

リードは、親父の弱点に気がついた。それは、親父が剣撃をする際、左手がないことによってバランスがくずれ、左側の防御が不十分になることだ。

「うおおおおおお!」

親父が剣を振り下ろした瞬間、勇者の力を体中からはきだして、リードは斬撃をよけると、剣の柄を横に持ち直して、左側側面から半円を描くようにリスクのわき腹に向かって遠心力によって回転しながら、剣の刃先を送り込んだ。

「これで!」

「防御が・・・まにあわな・・・」

リスクは、右手に持っていた剣を、リードの左側面から剣撃の防御に当てるために素早く移動させた。が、リードの刃先は、リスクの防御を数センチのところですり抜け、まっすぐ自分のわき腹にゆっくり吸い込まれていくのが、リスクにはスローモーションで見えてしまった。

「・・・・・・・・・・・・」

歴史は繰り返す。自分はこの世界から退場し、新しい独裁者がまた生まれる。自分の血と力を受け継いだ子「リード」お前は、父を倒し、どうせまた、俺と同じ、いつか来た道を歩むのだ。そんなこともわからないで、俺だけを殺しにくる馬鹿息子よ。せいぜい、地獄でお前が苦しむ姿を見てやる。死ぬまでな。

「・・・・・・・・・・・」

リスクは、今までの想い出とともに、死を実感した。が、そこに割って入るものが現れた。

「リスク王!死んではいけません」

「!?」

ライズだった。リスクとリードの親子喧嘩に水がかけられた。リードの刃先はリスクのわき腹をえぐらずに、ライズのわき腹を貫いた。

「ゴホッ」

血のかたまりを口からはいて、リスクの緩衝材(クッション)の代わりになるライズは、満足した顔を浮かべていた。

「うおおおおおおおお!」

間一髪のところで命を拾ったリスクは、雄叫びをあげて、リードに剣を振り下ろす。リードは予想外の展開に、斬撃の防御が、少し遅れる。

ガキッ!

鈍い音とともに、リードの剣が砕け散り、リードの右肩にリスクの斬撃が食い込む

「がああああ!」

予想外の形勢逆転に、リスクはリードに渾身の一撃を加えたあと、満身創痍のライズを抱えて、リードとの距離をとった。

「ライズ、大丈夫か?」

「・・・・リスク王・・・あなたは・・・?」

血の気が引いて、青白い顔になるライズは、もう死の淵に片足をつっこんでいた。

「俺は大丈夫だ・・・お前は・・・・?」

「・・・・リスク王が・・・大丈夫なら・・・私も・・・大丈夫・・です・・・私は・・・死ぬまで・・・あなたと・・・とも・・・に・・・」

唇が動かなくなり、呼吸をする音も、静かに消えていく。ライズはリスクの腕の中で、短い命を散らした。

「グッ・・・」

リードは、リスクの攻撃の致命傷を避けられたが、傷は深く、そして自分の持っていた特別な仕様の剣を、リスクによって破壊されてしまった。

「剣が・・・・」

さらに形勢は交代し、今度は、リスクに勝利の女神がわたっていった。

「どうした・・・?馬鹿息子・・・苦しそうな顔をして・・・」

ライズの死から幸運を受け取ったリスクが、息子との間合いを詰める。他の人間たちはただ見ているが、おそらく魔王リスクが勇者の力を使えば、一瞬で消しされるだろう。

「・・・・・・これで実力は五分と五分。いや・・・俺の方が少し有利か?」

刃先が完全に消滅した剣を右手に握りしめて、重傷を負ったリードは、立ち上がることもままならない。

「お前は、一瞬で殺す。あの世でライズに謝ってこい!馬鹿息子!」

「リード!立つのよ!立ちなさい!」

マラーナが、息子に語りかける。リスクは、その声を完全に無視していた。

「お前は、私の子よ。あなたは、もう、この人とは違うの。あたなは、私たちがいる。絶対に父親のようにならない。だから、勇者の真の力を出しなさい。あなたなら、何だって出来るわ!」

マラーナが、手を出さず口だけで、息子を鼓舞した。おそらく、自分の手で父親を乗り越えなければ、この先の人生で、息子は、真の自立は出来ないだろうと思ってのことだった。だが、そんなことはリスクにとっては関係がない。

「マラーナ。アリサ。女だと思って大目に見れば、俺を裏切りやがって。今度は、お前たち女も容赦はしない。確実にこの世から消滅させてやる。お前たちを生かしたばっかりに、俺はこんな目に遭ってしまった。息子を殺した後、みんな殺してやる」

「・・・・・・・母さん・・・・俺・・・」

剣を握りしめ、リードは震える足を押さえ、ゆっくりと立ち上がろうともがいていた。

「!?おまえ!何を」

リスクは、武器を持たずに、ただ立ち上がろうとする息子に恐怖していた。

「・・・・武器も持たずに・・・何をしたいのか・・・」

「・・・馬鹿親父・・・武器なら・・・とっくにあるだろうが・・・」

「なんだと?」

「俺たちは・・・勇気と絆という武器がな・・・・お前は独裁者で魔王だから・・孤独という武器しかない・・・だから・・・今日・・・俺たちに倒されるんだ!!」

リードは、刃先が完全になくなった剣の柄を握りしめて、立った。たちあがった。

「・・・そんな抽象的で、馬鹿げた気持ちだけで、俺が殺されるものかよ!」

「お前には、何もない!家族も、友人も、愛する人も、信頼できる仲間も!すべて!!」

リスクは、まっすぐの瞳で、リスクを睨みつけた。

「黙れ!俺にはそんなものなくていい!俺には勇者の力がある!それだけで、この世界はどうにでもなるんだ!お前に勝てるんだ!」

リスクは、錯乱し、金色の目は真っ黒な目に変わり、そして天高く振り上げた剣を、おもいっきり、リードめがけて振り下ろした。

「馬鹿息子!死んでしまえぇぇぇぇ!」

「勇者の力よ!俺にこいつを倒す力を、授けろ!」

リードの目は、金色から白金の色へ変わった。体中からオーラがあふれ出すと、それがすべてリードの右手に集まり始めた。

「死ねぇぇぇぇ!」

「うおおおおお!」

二人の勇者たちは、歩んできた道をついに混じり合わせることは、なかった。光と闇に別れた二人は、交わることなく、消滅の道を選ぶしかなかった。

「これが、俺たちの答えだ!」

リードの右腕に乗り移ったオーラは、急速に変化し炎に変わり、なくなったリードの刃先のかわりになり、リスクの斬撃をその炎の刃で受け止めていた。

「そんな・・・炎の剣だと!?」

物理的にあり得ない光景が、何度もリスクの脳味噌を混乱させた。まさしく炎が刃となって炎の剣となり、リードの右腕から誕生した。そしてリスクの攻撃を物理的に受け止めているのだ。

「ありえない。ありえないんだ!」

リスクの目は、もっと黒くなった。そしてすべての光を飲み込む、ブラックホールのようになっていった。

「母さん!今だ!」

「!?」

リスクは、攻撃は、息子がするものだとばかり思っていて、背後に人の気配が近づいてくるのを、無意識に無視していた。

「ここから消滅せよ!汝の前にいる、悪しき魂を!!」

「!?」

リスクは、そのマラーナの言葉をどこかで聞いたような気がした。そのデジャブは、リスクが死ぬまで、リスクの頭に残り続けた。そしてリスクは閃いた。

「・・・・・この魔法は・・・・消滅魔法・・・か・・・お前の得意技の・・」

「・・・・リスク・・・・・さようなら・・・・」

いつのまにか、目の前にいた本当の息子の姿はどこかに消えて、リスクは、正面から、消滅魔法を繰り出すマラーナを、見ていた。

「・・・・・・マラーナ・・・・」

ああ。そうだ。思い出した。俺は、あの日。マラーナと一緒に、俺を暗殺しに来た暗殺者を倒したとき、この魔法を・・・つかって・・・・

「・・・・・・・・・ごめんな・・・・」

「・・・・・もう・・・遅いよ・・・・」

白い炎の光の中で、身体が消滅しながらリスクは、最後に、マラーナに謝罪の言葉を口にして、この世から、消えていった。

「・・・・・リスク・・・・・・」

マラーナは、消滅魔法をリスクに繰り出した後、全身の疲労が襲ってきて、その場に倒れ込んだ。その身体に一番先に駆け寄ったのは、息子のリードだった。

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