第9話 勇者リード捕まる!
「・・・えっ・・・?本当か・・・?」
自分の息子で勇者であるリードに襲われた日から、憎しみが消なかった魔王リスクのもとに、ある報告がもたらされた。
「あのサイロンがあの馬鹿息子・・いや勇者を捕虜にして城に帰還してくるだと・・・?」
リスクを逃がすために、捨て石になって勇者リードと戦ったサイロンの無事と、そして勇者リード捕獲の報告に、リスクはさすがに慌てた。まさかこんなにも早く、自分の人生の障害が取り除かれるとは、夢にも思わなかったので、心の中で安堵しつつも、実の息子である対リード用に立てていた戦術が、すべて無になったことに、唇をかみしめて悔しがった。
「さっそくサイロンの昇進を決めたぞ。やつは将軍にしてやる」
大佐という階級からの異例の大出世で、国王に次ぐ国内の二番目にあたる権限をもち軍事司令官の長として、城内部にある王族以外が入れなかった場所への出入りの許可はもちろん、秘書を個人的につけることや、軍事予算に一定の発言権を持ち、また国王に直接異議申し立てができる権利が、将軍にはあった。だが今まで、その申し立てはカタチの上ではあっても、リスク国王時代に発動されることは、一度もなかった。
「よろしいのですか?」
怪訝な顔をして、リスク王の直属の親衛隊・隊長に出世したライズが、口を挟む。今まで一度も聞いたこともない出世の前例は、時に他人の反発を生む。自分自身もそんな境遇ではあるが、そんな人事をこの短期間に乱発することが、のちにリスク王政を崩壊させる呼び水になりはしまいかと、ライズは、丁寧に説明した。だが
「俺が決めたことに、間違いがあるというのか?」
「・・・・・・・・・」
蛇に、睨まれた蛙は、何もいうことは出来ない。国王の気分が変われば、この場で無実の罪という服を着せられるライズは、首をはねられ殺されても、文句を言うことも出来ないまま、死んでいくしかないのだ。
「おうせいの、ままに」
ライズは、それ以上何もいわず、リスク王を信じた。今までそうだったように、リスク王に間違いはない。それはこれからも。彼はリスク王に従う道しかなかった。彼が死の淵いる、その最期の日まで、ずっと。
「リスク王・・・話は変わりますが・・・捕虜の件で・・相談があります・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ライズは、リスクよりも、頭脳面で頭が切れた。
「・・・・・・・・・・・」
リードは、屈辱の色を顔全部に出したまま、再び、リスクの前に現れた。今回は、捕虜として、である。城の中にある不死鳥の間にサイロンによって連れてこられた。前回と決定的に違うのは、リードの隣には、元恋人で、リードの実の母「マラーナ」がいることであった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
リードもマラーナも両腕を後ろで拘束されて、眼を伏せ、リスクと眼を合わせず、黙っていた。リスクも、まだ気持ちの整理が出来ていないのか、マラーナに話しかける言葉は、どうやらみつからなかった。
「どんな魔法をつかったのかしらんが、よくやったぞ!サイロン」
そのかわり、リスクは話題を逸らした。サイロンが、五体満足のままでお土産まで持ってきてくれたことに、リスクは、喜んだ。任務の失敗の帳消しは、どうやら済みそうであった。これで騎士団長から将軍として出世したサイロンは、いろいろと「自由」が出来た。
「ありがとうございます。身に余る光栄でございます」
型通りの挨拶をしたサイロン。だが、リスクはそんなサイロンに満足していた。
「捕虜の移送もふくめて、私が責任をもって、やらせていただきますゆえ・・・今日はこれで・・・」
サイロンは、短く、リスクにそう言った。
「そうだな・・・・・」
リスクも、小さくうなずく。
「ハッ・・・ありがとうございます」
リスクの前から捕虜を連れて立ち去ろうとするサイロンの背中に、言葉が乗っかった。
「・・・と・・・その前に」
「ハッ?」
不死鳥の間からでようとするサイロンに、リスクが待ったをかける。
「ライズからの進言でな・・・捕虜には・・・特に息子のリードにはこの錠を二重にかけようと思ってな・・・」
「・・・・・・・えっ・・・?」
サイロンは、ライズが持ってきた手錠に、見覚えがなかった。
「・・・それは・・・?」
「ああ・・・ライズに言われたんだが、うちの息子は俺の一番悪いところが似ている気がしてな・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・とくに俺と同じ『勇者の力』をこいつは持っているんだ。だから・・・普通の手錠じゃ役不足だな・・・」
「しかし・・・」
と言って、サイロンは口の窓を閉ざした。
「・・・・・・・・・・」
そんなサイロンを見て、リスクの唇の端が少し上に上がったのを、リードは見逃さなかった。
「・・・・俺は普通の手錠で良いといったんだが・・・ライズがどうしてもって・・・」
「・・・・・・・・・・」
黙って金色の手錠を見つめるサイロンの眼は、微かな動きもせずに、じっとそれを見つめていた。
「これは特殊な金属と鉱物を使用した手錠だ。万が一『謀反』でも起そうとする力を押さえつけるための・・・な・・・」
謀反という言葉を強く強調したリスク。
「・・・・・いいえ・・・手錠を二つ・・捕虜につけるべきでしょう。私もライズ親衛隊長の意見に賛成です」
「ははっ・・・そうだろうな・・・これはな・・・特殊な力を外部からかけない限り、開かない。たとえば、勇者の力とか・・・な・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・つまりは・・・俺が勇者の力を手錠にかけない限り、この馬鹿息子の自由は『一生ない』ということさ・・・」
異議を申し立てる術を、サイロンはしなかった。それはリード・マラーナも同様である。結局、リードにその金色の手錠は静かにつけられた。リードは特に抵抗もせず、じっとかつて、父親だったものの顔を、見続けた。
「なんだ・・?息子よ・・・」
「・・・・・・・・」
憎しみとも殺意とも言えぬ、愛憎が入り交じった「あの眼」で、リードは父親を黙って見続けた。
「遠慮なく・・くつろいで良いぞ。ここはお前の家なんだ。ただし、おまえたち二人は離れて、別々の牢屋に入ってもらうがな・・・」
金色の錠をつけられなかったマラーナは、リスクにとって驚異ではなかった。回復魔法や蘇生、白魔法が使えても、リスクには全く意味がない。リスクの勇者の力の前に抵抗できるのは、同じ力を持った「リード」だけなのだから・・・・
「くそっ!!」
リードは、誰もいなくなった牢屋の中で、ひとり静かに呻いた。あいつは、こっちの手の内をすべて読んでいた。いや、正確に言えば、リスクではなく、あの親衛隊隊長と呼ばれたライズとかいう男が、こっちの作戦を読んでいたと考えるべきだ。わざとこっちが捕まったフリをしていることを読んで、念のために俺の勇者の力を完全に封じれば、たとえ味方全員がリスクから裏切っても、リスク側が有利であると予知したんだ
『あの馬鹿親父が、そんな知恵、あるはずがない・・』
リードは、必要以上に、リスクを過小評価していた。血のつながった肉親同士は、身内を過小評価か過大評価しない。どうやら客観的に親や兄弟姉妹を見ることは、人間には、できそうになかった。
「・・・・・・・・・・・・」
リードは、自分の腕にはめられた金色の手錠を、苦渋な眼で見つめた。勇者の力が使えない俺自身には、一兵士以上の価値はない。むしろ、足手まといになりつつある自分自身を、リードは、苦々しく思った。
『母さんは、何を考えているのか?』
こっそりサイロンさんといろいろ話しているようだが、ものすごく焦っているように見えた。顔にもそれがすぐ現れている。俺自身には、何も相談がない。この作戦が破綻したことを、俺に伝えないつもりか。
『俺はいつも仲間外れ・・・か・・・クソが・・・』
リードの焦りの時間が刻々と流れていく。自分の勇者の力さえあれば、あの悪魔で魔王の親父を倒し、この世界をすぐに変えられる!そう思っていたから、またこの場所に母さんとともに戻ってきたのに・・・現実は、勇者リードにとって無情だった。
「・・・・・・・・・・・」
リードは、無駄だとわかりながらも、牢屋の中で精神統一を始めた。そして、しばらくして自分の網膜に金色の光を宿すと、身体の数センチ上にわき上がってきたオーラを、すべて自由が奪われている両手に、血液を送るイメージで、流し込んだ。
「クゥ・・・」
同じくリードの自由を奪っている金色の手錠は、内側からリードが発する勇者の力に反応し赤く光り輝き、磁石のように反発する力をリードの腕めがけて流し込む。そしてリードの勇者の力を一定数、押さえ込むように発動した。どうやら金色に塗られているのも、単なる偶然やジンクスなどではなく、特殊な作用があるのだろう。リードの勇者の力は完全に押さえ込まれ、そして牢屋の中で光り輝いていた希望の光は、絶望に変わると、リードは勇者の力を発動するのを、止めた。
「どうした?」
「!?」
右側から、突然声をかけられ、リードの身体は止まったまま、耳と意識だけが、右を向いていた。
「・・・・・・・・・・」
「何かしてたのか?ああ?」
忘れたくても、忘れられない、あの忌まわしい声。ねばりつく悪意と自分への敵愾心、そして憎しみの元凶が、自分の牢屋の前に、静かに立っていた。
「・・・・・・・・・・・」
「馬鹿息子、おとなしくしていたか・・・?」
リスクは、こっちに顔を向けた牢屋の中にいる息子に、悪意と薄ら笑いという名の意識をぶつけた。
「・・・・・・・いまさら・・・・」
「良い報告をしに来たぜ・・・?」
「・・・ああ・・・・?」
親の躾(しつけ)が行き届いていない、そんな生意気な声を、リードはあげる
「マラーナは罪を許してやるよ。お前の母ちゃんは、解放する」
「・・・・・・・・・・・・」
実の親父に対してのもの凄い怒りが、少し弱まるのを、リードは感じてしまった。こいつは殺したいほど憎んでいたのに、人間らしい心がまだあったのかもしれないと思う子供心は、正直だった。
「・・・・・・・・・・・・・」
何も言えなくて、顔を下げるリードは、肉体的には父親を凌駕していたが、精神的には未熟な子供、そのものであった。
「・・・あ・・・り・・・・」
「ああ・・言い忘れてた・・息子よ・・・」
「なんだよ・・・」
感謝の言葉を口にしようとしたリードの言葉を、返り討ちしたリスクの言葉が、急に親と息子の間に、割って入ってきた。
「・・・お前の死刑執行の日が決まった・・・そう遅くなるのも悪いからな・・・明日だ・・・」
「・・・・・・・・・えっ・・・・?」
「マラーナは許してやる・・・だが・・・お前は絶対に許さない・・・」
理屈ではない人間の感情は、いつも気まぐれだ。ひとつ言えることは、リスクは、男には厳しく、女には甘いということ、だけであった。
「・・・・・・・クソ野郎!!」
一ミリでも、同情と愛を実父リスクに感じてしまったリードは、そんな自分の未熟さに、涙した。
「申し訳ありません」
その日の夜、サイロンが、リードの元に謝りに来た。だがリードは、そんなサイロンを無視した。
「アリサ様がどこにいるか・・・まだ捜査中です・・ですが・・・」
アリサが幽閉されている場所を探し出すには、あまりにも時間がなさ過ぎた。それにこの手錠を何とかしなければ、アリサを救出したところで、どうにもならない。リードには死が待っているだけだ。
「してやられました。こんなにも早くリード様の死刑が決まるなんて・・」
「様はつけなくて良いよ」
無視し続けるのを辞めて、リードはサイロンの瞳をまっすぐ見つめた。
「俺は死ぬのかな・・?」
回答不能な疑問を、リードは、サイロンにぶつけた。
「・・・・アリサ王女を見つけだし、なんとかこの手錠の解除の仕方を教えてもらいます。」
「・・・・・・・・・・」
アリサ王女が本当にこの手錠の解除の方法を知っているか、望みはかなりの薄さだった。だが、ほかに今、自分の生き残る道は、なさそうだった。
「・・・母さんは・・・どうしてるの・・・・?」
リードは、隣の牢屋に母の息吹を感じないから、そう、サイロンに訪ねた。
「・・・別室で休んでいます。もうそろそろ回復する頃かと・・・魔法も使用可能です・・・」
「・・・そうか・・・」
確か母は蘇生魔法も使えたが、たとえ俺自身が死んで生き返っても、まだ手錠をされているなら、結局殺されるだけかとリードは思い直した。それにあのクソ親父が、俺の遺体をそのまま放置するはずがない。どっかわからない場所に隠すか、すぐに火葬にし、魔法が効かない状態にするはずだ。
「・・・・頼む・・・なんとか手錠をはずす方法を探してくれ・・・」
「わかりました・・・では・・・」
俺には時間がない。リードは去っていくサイロンの焦りの背中を見つめながら、自分の力でどうにかこの状況を打開できないかと考えたが、結局、何も解決策がないまま、一睡も出来ず、自分の死刑執行の朝を迎えた。
「・・・・・・・・・・・・」
母も、サイロンも、朝になったのに自分の前に姿を一向に見せない。それどころか、食事係も警備兵も自分の牢屋にはいない。
「どうなっているんだ・・・?」
死刑執行の朝にしては、あまりにも静かだ。いや、以外と、自分が死ぬ日なんてそうゆうものかもしれないとリードは思った。
「だれか、誰かいないのか?」
大きな声でリードは、牢屋の中から叫んだ。すると、牢屋の外の通路の奥、太陽の光の射さない場所で、何か、人の影らしきものが動いたような気がした。
「・・・・・!?・・・」
「・・・・・・・・・・」
それは、じっとリードの姿を見続けているようであった。なぜかそれは、何もせず、姿を現さず、じっと影の世界から、リードを見続けているようであった。リードもまた、それを見続けた。だが、それは太陽の光が上るに連れて、だんだん薄くなっていった。そしていつのまにか、リードの網膜から消えていった。
「・・・・幻・・・か?」
「リード!」
目の前の幻とは別の世界から、リードを呼ぶ声がする。それは死を呼ぶ声であった。
「・・・時間だ・・・お前が・・・死ぬための・・・」
リスクが、リードの目の前に、いつの間にか立っていた。気味の悪い、薄ら笑いを顔の全てに出して。
「・・・・・・・・・・・・・・」
リスクの笑顔の向こうにある死への恐怖が、リードを震えさせた。実感のない恐怖が、今、目の前に現れて、リードの口の中にあったわずかな水分を、一瞬ですべて蒸発させていった。さっき見た闇の幻の正体は、こいつだったのか。そうに違いない。リードは、言いしれぬ不安と、人知を超えた力を持ちながら、死んでいく自分自身の運命を、初めて、ここで呪い始めた。
つづく
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