第8話 勇者リード立つ!
「おれは・・・・お前をこの世から倒すために生まれてものだ!!」
新たな勇者が、魔王リスクの前に、ついに現れたのだった。
「・・・・」・
メインディッシュを最後に食べるのが、敵の青年の食事の趣味だとしても、なにも知らずに、リスクは死ぬわけにはいかなかった。
「どうしてだ・・?どうして余を殺す・・・?」
リスクの手が殺意をもって、腰の剣に手を回そうものなら、一瞬で自分の首をはねる準備は、青年にはすぐに出来そうであった。
「そんなことを聞いてどうする」
「・・・・・・・」
まだ、死の前に、相手と交渉の余地はありそうだという予感が、リスクの頭を急速に駆けめぐると、攻撃よりも先にじっくりとした対話を止めるわけには、いかなかった。私には、まだ『アレ』が残っているのだから。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・お前は、この世にいては・・いけないんだ・・・だから殺すんだ」
青年の回答は抽象的で、一見、理由のようで理由になっていなかった。
「・・・そうか・・・わかった・・・余は・・・死ねばいいのだな・・・」
「・・・?・・・」
リスクはそう言うと、青年の前で目をつぶり、足を折り曲げて、首を差し出した。
「!?」
突然のいさぎのよい倒すべき敵の行動に、虚を突かれた青年は、剣を握りしめたまま、数秒の間、動かなかった。そこに、リスクの付け入るスキが生じた。
「馬鹿め!」
相手が戦闘素人だと気がついたリスクは、目を開け、金色に光り輝いた目を放ち、隠し持っていた小剣を右手に握りしめて、光速のスピードの世界に、ひとり突入した。
「いける!!」
この世界(ゾーン)に入れる人間は、現実世界の中で、ただひとり、自分以外にいない。たとえ相手がどんなに若かろうと、剣の腕がすごかろうと、自分には、神から与えられたこの勇者の力、これさえあれば、部下が何人死のうが、ピンチになろうが、関係ない。すべて自分の力で覆せる。光速の世界から、私を邪魔できる人間は、誰も存在しないのだから。
「惜しかったなぁ!」
リスクは、ゆっくりと流れる時間という空間を切り裂きながら、持っていた剣先を、目の前の青年の右胸の位置に照準を合わせて、まっすぐ、突き立てた。正面の敵は、案の定、動く気配がない。だが、予想を裏切り、手ごたえは、リスクの腕に宿ることはなかった。
「・・・・えっ・・・・・?」
金色の目の発動が終わり、光速の世界から現実世界に切り替わった瞬間、リスクの剣は、文字通り、空を切った。目の前には青年の姿はなく、無の空間が、どこまでも広がっていった。
「言ったろう。お前はタダでは殺さないと・・・」
「!?」
背後で聞いたことのある声が響いたとほぼ同時、背中が焼けるような暑さと痛みが、リスクの身体中を駆けめぐる。
「あががががっ!」
聞いたこともない悲鳴を上げて、転げ回るリスクは、王の威厳もプライドもそこにはなかった。今まで一度も感じたことのない熱さと痛みが、リスクの背中の神経を襲い、そして背後を振り向くと、さっきの青年が、悠然と立っていた。
「・・・・・!・・・お前・・・・なんで・・・?」
リスクは、青年が、さっきと雰囲気が違うことをすぐに悟った。当たり前だ。青年の両目が金色に光り輝いている。いや、少し青の色がはいっているか、ブルー・サファイヤのような美しい目で、リスクを凝視していた。そして、青年の剣の先が、赤く燃えていた。そんなことは物理的にありえない。剣の先が燃えることなど、この世界にあってはならないのに・・・
「お前は誰だ?何なんだ!?」
リスクは痛みと苦しみで涙目になりながら叫んでいた。
「・・・・お前は・・・俺の正体がそんなに知りたいのか・・・・・・・ならば教えてやる・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・俺は・・・お前の・・・実の息子・・・・リードだ!」
「!?」
稲妻で身体が引き裂かれるように衝撃が、リスクの身体を通り抜けていった。独裁体制を完璧にし、自分に敵対する可能性がある人間すべて排除したはずの隙間に、わずかに生まれた潜在的な恐怖、漠然とした不安が、今、目の前に、息子という形で、現れた。それも、自分と同じ力を持つ、いや、さらに発展させたカタチで。
「嘘だ!」
リスクは、目の前の現実を否定した。否定したかった。リスクとアリサとの間に生まれるはずだった希望の子は、リスクに一度も顔を見せることもなく、この世を去った。だから、この世界には、リスクの血や遺伝子を受け継いだ人間は、一人もいない。はずであった。
「本当に思い出さないのか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あっ!!」
ルシファーをあの日、殺したあと、リスクには何か、頭の隅で引っかかるものがあった。それは元恋人のマラーナの存在だった。だが、ルシファーを亡き者にした今、マラーナの手がかりは、完全に失ってしまった。自分が早急にルシファーを殺したことが、結果的に自分の首を絞める結果になってしまったことを、リスクは激しく後悔した。だが、もともとお金も渡さず、自分が望まれない子を身ごもったマラーナを、独り、闇の中に放り出した負い目もあって、リスクは、マラーナの消息を、無理に探すことをしなかった。自分を脅かす驚異となるはずがないと楽観視し、今日まで放置していた。それが、こんなカタチで、リスクの前に現れた。なんという皮肉な運命であろうか・・・神は、私に試練を与えたのか。
「そうだ。お前が何十年前に捨てた母親の息子だ。そしてお前の遺伝子を、正統に受け継ぐ、この世でたった一人の人間。そして、お前に対抗できる、お前を倒すために生まれて来た、この世界で、ただひとりの、勇者だ!」
「!?」
かつて、ここまでリスクの精神を言葉だけで押しつぶした人間がいただろうか?いや、初めてリスクは、魔王と対峙したとき以上の恐怖と言葉では表せない鈍い痛みを感じていた。リスクは勇者だったし、今も勇者であると自分に言い聞かせて生きてきた。だが、もう、自分は勇者ではなかったのだ。勇者は新しく取って代わられた。自分の力を分け与えた、息子の「リード」によって。
「フフッ」
ため息のような笑いが、リスクの唇からこぼれ落ちた。そして
「お前が勇者か・・・」
「そうだ!」
濁りのない、まっすぐな清純の水のような眼で、醜いリスクを見つめるリード。かつて、魔王と対峙した自分自身も、こうであっただろうと、リスクは思い、そして笑った。
「ならば、俺は魔王だ!かつてはお前の父であったかもしれない。だが、そんな運命は、もうない」
「!!」
父のように、息子を見ないうちに大きくなったなと優しい言葉をかけてほしかったわけではないが、敵として居直るのもなんか違うなと思いつつ、リードは剣を持ち直す。
「・・・ねぎらいの言葉も、感動の再会も、俺とおまえの間にはもうない。それは、その絆は、お前がさっき破壊したばかりではないか」
「・・・・・・・・・・」
「殺すか殺されるか。俺とおまえの間にあるのはそれだけだ。神は俺とお前のどっちを選ぶか。その戦いだ」
「・・・・・・・・・ああ・・・・」
「だが、今日はもういい」
「なに?」
リードは、自分の耳に聞こえてきたリスクの言葉が、一瞬、理解できなかった。それほど、この極限状態にふさわしくない言葉を、目の前の敵が、話し始めた。
「俺は、疲れた。今日は考えることが多すぎて頭が痛くなった。帰る」
「・・・は・・・?」
ますますリスクが何を言っているのか、リードは、理解できなかった。
「お前・・何なんだ?・・俺が・・お前を逃がすわけがないだろう」
リードは半ば呆れながら、リスクとの間を詰め始めた。
「・・・馬鹿息子・・・お前は、今度、父親の俺が直接、遊んでやる。それまで、死ぬなよ・・・サイロン!」
「!?」
リスクが立ち去ろうと、リードに背中を見せた瞬間、天からまっすぐ剣を振り下ろす、一人の男の影が、リードめがけて降りてきた。
「リスク王!助けに参りました!」
「クッ!」
唇をかみしめて、苦渋の声をあげるリードは、リスクが自分の味方が来るまで、自分と話して時間を稼いでいたことに、今、気がついていた。
「俺の部下に殺されるなよ。馬鹿息子。お前には、俺が直接、躾をしなくてはいけないからな」
「にげるのか!クソ親父!」
「リスク王!逃げてください!」
「サイロン!生きて帰ったら、お前の今日の失態は、帳消しにしてやる。俺の息子の首を持ってこい」
息子に期待の言葉をかけながら、部下に鼓舞をするリスク。どっちが本物の自分かわからなかった。どっちに転んでも、リスクは、この状況を楽しんでいるようだった。
「クソが!」
「承知いたしました。リスク王!」
侮蔑と期待入り交じった声は、すでに集結した戦場に、いつまでもこだましていた。そしてリスクは、サイロンがつれてきた味方と合流し、一度、城へ戻っていった。
「あそこでサイロン騎士団の八割が、消滅しただと・・?」
一部の味方を、敵の領土に残し、城へ帰還したリスクは、味方からの驚愕の報告に、持っていたお酒のカップを落としそうになった。隣の敵国の補給基地をすべて破壊し、補給を完全に絶った状態で総攻撃を開始し、敵に降伏を迫るというリスクの戦略は、多少の軌道修正が必要になった。
「・・・それだけじゃない・・・」
リスクは怒りよりも、何度も今日、自分を襲った事実に、さすがに身体がこたえて、部下を処刑する気分にもならなかった。こんなカタチで実の息子に出会えた。それも最悪の再会だった。マラーナに対しての贖罪の気持ちはなかったわけではないが、その謝罪のタイミングを失った今、やるべきことは、決まっていた。
「リードという青年とその保護者と思われる女を捕まえてこい!それができたら、どんな財宝でも名誉も与えてやる。死体でもかまわない。余が確かめてやる」
リスクは、隣の国を攻めるよりも、息子と母親の生死に異常に執着し始めていた。サイロンは、その日の夜になっても、リスクの元に、結局、帰ってこなかった。
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