問題、ロボットは人間になれるでしょうか?

草枝マミ

その答えはこちら

「なんでまだここにいるんだよ、お前キモいんだよ!」


「早く誰もいない家に帰っちまえよ」


 心にも無い声が僕の耳から聞こえてくる。

 その声を発している二人のリーダー的男の子に続いて、僕を囲む周りの取り巻きもそうだそうだ、と相槌を打って周囲の空気に同調していく。


 僕はそんな彼らに何も言えないまま、ずっと俯きながら、みんなに反論らしい反論なんて言えなかった。

 

 僕が小学校から帰ろうとすると、決まって毎日同じ時間、同じ場所で僕はこんな状況になる。

 どんなにこの出来事を回避しようと行動をしてみても、周りの取り巻きにバレてしまって、やっぱりここへ連れて来られる。


 その場所は小学校が管理するグラウンドで、中央はアスファルトで舗装された地面が広がり、その周りを多くの大木が囲み、自然に囲まれた豊かな広場を演出している。


 一見すると、そこは緑溢れる場所で子供達が楽しく遊んでいる空間だが、どんなに物にも影があるように、このグラウンドにも光の当たらない場所がある。


 木々に囲まれた場所、そこだけは陽の光も当たりにくく、木を壁にして隠れたりする事も出来る。


 子供が考えそうな使い方としては、鬼ごっこの時の隠れ場所なんかがありきたりだが、どうやら僕の周りの子達は、そこで嫌いな奴に憂さ晴らしをする事だったらしい。


 毎日毎日、僕はここへ連れてこられて同じような罵声を聞かせられて、彼らがその行為に飽きてその場を去ってから、僕はやっと帰ることが出来る。


 その時間は大体十分から五分ほどで、日によって時間は多少変動するがその行為が無くなる事はない。


 僕はよくそんなに人の悪口がポンポンと思いつくなと考え、自分も彼らの悪口を言おうと考えてみるが、彼らが別に嫌いでは無い僕は、そんなみんなの悪口が言えそうになかった。


「……おい、もう行こうぜ。こいつ毎回おんなじ反応で人形みたいで気味が悪い」


「だったらよ、今からサッカーしようぜ」


 僕に対するサンドバッグはある程度やってスッキリしたと同時に飽きできたらしく、僕をそのまま放置した状態で、取り巻きと二人の男子は中央のグラウンドへ集まり、取り巻きが持っていたボールを使ってサッカーを始める。


 サッカーをしている時の彼らはとても生き生きとした様子で、とても数秒前に僕を囲んでいた時と同一人物と思えないほどに笑顔で遊んでいた。


 まるで演技をしているような感覚で、彼らは二つの顔を使い分けて行動しているように僕には見えていて、そんな人間の様な彼らに僕は酷く憧れていた。


(……帰ろう)


 僕はしばらくそんな彼らを見つめ続け、なんとなく虚しい気持ちになって、僕はその場を去ろうと決意する。


 その感情はきっと寂しいのだと思う。

 誰かと共に遊ぶ事が出来なくて、常に一人で遊んでいた僕にはよく分からないけれど、ゲームでこの感情は悲しいと言っていた。


 だから、自分は悲しいんだろう。


 その感情に納得が出来た自分は、そのまま座り込んでいた足を立ち上げて、青い半ズボンの尻についた土を両手で払い、ある程度綺麗になった所で手を叩いて、手に付着した土を落とす。


 僕は後ろで楽しむ声を背に受けながら、陽の当たらない土の地面を歩き出して、木々の間を抜けて大通りの道に出る。


 大通りには車や人通りが多く、乗用車やトラックにバスといった様々な車が行き交っており、エンジンの音がうるさく、排気ガスを少し吸ってしまい咳を込んでしまう事もあった。


 僕の家はグラウンドから抜けた大通りの道をまっすぐ歩いた所にあり、二階建ての一軒家に住んでいる。


 辺りはまだ昼間で通行人はおじちゃんやおばちゃんぐらいしかおらず、身丈に合わないぶかふがなブレザーと半ズボンを履いていて、背中には青いリュックサックとかなり目立つ自分の姿は、その通行人の中では異端に見えてしまったのか、かなり多くの人達に注目されてしまい、少し恥ずかしい気持ちになった。


 そんな感情を押し殺しながら歩き続け、大体十五分後には自分の家が見えてくる。


 家の前に置かれているブロック塀を横目にしながら行くと、そこには小規模ながらも鉄製の門があり、その扉は閉ざされたままだった。


 扉の手前についてある取っ手を回し、その奥に入っていくと中には家に入るための扉が正面に見え、左右には植木鉢が置かれていてちょっとした植物園みたいになっている。


「……ただいま」


 ポケットに入っている鍵で家の扉を開けて、暗闇に包まれた自宅の中へただいまと言ってみても、やっぱりその声に返してくれる人はいない。


 誰もいないのに声だけが返ってきたらそれはそれでホラー現象ではあるが、それでも挨拶をして返ってこない風景は、いつものこととは言えやっぱり悲しくなる。


 真っ暗な誰もいない一本道の廊下にはいくつかの部屋に通じており、このまま直進すればリビングに入り、右側にある一番手前のところで曲がれば洗面台が、そこから少し歩いた所にはキッチンがある。


 家の鍵を閉めて、歩き続ける度にミシミシと響く通路を進んでいけば、左手に見える階段を登り二階へ上がる。


 上には自分の部屋とこれから生まれるらしい妹の部屋、そして両親が眠る寝室があり、階段を一段一段登っていき、そのまま奥にある自分の部屋へ直進する。


 家には電気がついていなかったが、まだまだ子供だけど何となくどこに何があるのかは見当がついていて、二階の奥の部屋へ入るとやっぱり自分の部屋だった。

 

 自分の部屋には机と本棚とベットにリビングに比べれば小さめのテレビが台の上にあり、ガラス張りの台の中には数台のゲーム機が設置されていた。


 今まで背負っていたリュックサックをベットに放り投げて、小学校に行く前に机の上に用意しておいた部屋着のズボンと長袖のシャツを着て、自分が着ていた制服を綺麗に畳む。


 制服には汚れは一切付いておらず、新品とは言い難いが誰が見ても綺麗な状態と言えるもので、放課後に同学年の子といざこざがあるなんて思われないと、自分でも思ってしまった。


 彼らが暴力等で自分に手を出さないのは、巨大すぎる僕の親への恐怖もあるのだろう。

 

 自分の親はそれなりに有名な物理学者らしく、偶にテレビで映っているのを僕も見たことがあるぐらいな人だ。


 数年前に作ったロボットの試作品が一定の成功を納めた父は、今はロボットの完成体を作る発明をしているらしく、お父さんは家を空けて開発室に篭りっきりの生活をしていた。


 お母さんは妹を妊娠していて今は病院での入院をしていて、お母さんがいない事は寂しいという感情があるけれど、入院する日にあなたは優秀だから安心して任せられると、お母さんが泣いて言っていたのを覚えている。


 お母さんが自分を信頼して家を預けてくれた以上、自分がいじめられている事の不満なんて口にしてはいけないし、何より生まれてくる妹の為にもお兄ちゃんらしい行動をしなければ妹に笑われてしまう。


 周りには頼れる親戚の人なんていないし、おじいちゃんやおばあちゃんは死んでしまったので、これからは自分で何でも出来るようにならないとダメなのだ。


(でも、少しぐらいゲームをしても許されるよね?)


 両親が家におらず、親戚の頼れる大人もいないからこそ、自分一人である程度の自由は効く。


 これで両親がいたらゲームなんて娯楽は許されないと思うが、今はそれを叱る大人もいないしセーフだろう。


 僕は机にあるテレビのリモコンから電源を入れて画面切り替えをした後、台の上に置かれていた四角い形をした白いゲームのコントローラーを手に取り、ベットの上にどっしりと腰を下ろして、目の前のテレビを見つめながらゲームの起動まで待機する。


 数秒後に始まったゲームはRPGで、画面に映っているものはゲームの最終局面で、昨日はラスボスの直前でセーブして眠ってしまったことを思い出す。


 ゲームを始めから僅か数分後、そのゲームからはエンディングが流れ始めていて、開発に関わった人達の名前が一人ずつ画面に刻まれていた。


 ゲームの世界での終わりを迎えて、僕は自分の心が何だかやるせない気持ちになって、その時の心のモヤモヤを自分はどこにぶつけていいのかがよく分からなかった。


 グラウンドで僕を囲んでいた彼らも、そんなモヤモヤを自分にぶつけていたのだろうか? だとするならば、僕に対してあれだけの言葉をぶつけられる事もわかるし、そんな気持ちを抱いてしまう弱さも理解出来る。


 人というのは弱いものだ。


 だからこそ自分の理解できない現象を理解しようとせず、理解できない多数で仲間を作り、理解できる少数を貶す。


 そうする事で理解できない自分は悪くないし、むしろ理解できるあいつらが異常だと自己暗示を掛ける。


 きっと、グラウンドで僕を囲んでいたあいつらは怖かったのだろう。


 同い年なのに親が家におらず、ずっと一人ぼっちなのに平気な顔をしている僕に恐怖を抱いたのだ。


(そうか、他人が理解出来れば良いんだ)


 僕に対して溢れるばかりの妬みや恐怖をぶつける同学年の子について考察していると、テレビの画面に変化が起こったことに気がつき、その言葉から一つの答えを得る。


 クレジット画面はいつの間にか終わっていて、ゲームの主人公は画面の中で最後にこう言っていた。


「人は何にだってなれるし、他人に理解されれば理解者が生まれて、人は何処へでも行ける」


 僕は今まで一人だったのは他人が理解できないからだ。


 他人が理解できるように自分を押さえ込んで演技をすれば、きっと知らない人だって僕の事に気がついて、目を止まらせてくれるはずである。


 だったら、今日ここから俺──町村剛の人生を始めよう。


 誰にでも理解され、周りには信頼出来る他人がいて、今みたいに一人でいることがない世界を。


 これから、僕は俺を作り上げよう。







「なあなあ、今からゲーセンに行かね?」


 ここはグラウンドのある大通り。

 近くには幼稚園もあり、木々で囲まれたそこは町の人たちの憩いの場所となっている。


 アスファルトで舗装された道路には車が忙しなく移動をしており、多くの歩行者はそんな大通りの端を歩いていた。


 端の道には人が五人並んでも通れる道幅があり、車が行き交う道路を横目に三人の若者がそこを我が道のように歩いていた。


「うーん、オラはパス」


「俺もだな、これからテスト週間だし」


 三人はスクールパックを肩に掛け、体格より少し大きめのブレザーと丈ぴったり鼠色のズボンを履いていて、その図体と服装から高校生と一目でわかった。


「そうか、じゃあ残念! 俺一人で行ってくるわ」


 剛は一人ずっと彼らに会話を投げかけるようにしているものの、当の二人はそんな正明の事なんか知らない様子のまま、スマートフォンを片手に携帯ゲームをしている。


 しまいには、携帯をしていない時も顔を合わせての会話がなく、正明が話しかけても彼らは他の人と会話を始める始末。


 そして今も、彼の言葉に返事をする者は誰もいなかった。


「じゃあ、俺行ってくるわ!」


 町村剛は確かに変わった。


 趣味であるゲームを活かして、ゲームが上手い事をアピールして、人から注目を集める事には成功した。


 しかし、結果として彼は根本的なところがそのままだった。


 それも仕方ない。

 だって、彼は何をしてもなのだから。

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