第5話 結の二
山深く隠れた龍雲館。
しかし、その卒業生は、世界各国の政府や企業から諜報部員として引く手あまた。
そういう人材を育成する。
世界各国の諜報部員とはつまり、スパイのことである。
アメリカ合衆国ワシントンD.Cにある国際スパイ博物館の展示説明に、世界最古のスパイとして百地三太夫が紹介されている。
百地三太夫、そう慎太郎の先祖春麗の父親で伊賀服部一族の開祖である。
この一事を見ても、いかに日本の忍者が優秀で世界の信頼を集め、世界中に広まっているかがわかるだろう。
であるにもかかわらず、甲州忍者の棟梁である戸澤白雲斎が慎太郎の祖父とはいかなることなのかは、機会があれば。
何はともあれ、戸澤白雲斎が慎太郎と雅に龍雲館道場への入門を伝えに来た。
そのことは、慎太郎と雅が日本忍者の頂天を目指す宿命を帯びたことに他ならない
ただ、二人は、年端も行かない少年少女というより、子供と言った方が良い年齢。
みずから選べるほどの知識も気概もない。
慎太郎はまだ良い。
白雲斎が、祖父なのだから、押し付けられても問題とは言えない。
しかし雅は、甲賀忍者の姫君である。ただ単に慎太郎の許嫁というだけで、しかも親同士が勝手に決めたことである。
何もみずから蕀の道を選ぶこともない。
本人の意志が強くなければ、耐えられない。
龍雲館での修行とはそれほどまでに苛酷を極めるのである。
しかし雅、伊達に甲賀の姫君の教育を受けていない。
『慎太郎が行くなら、私はついて行きます。』覚悟は見事に出来ている。
『ほほ~、そなたは、まるで慎太郎のことが好きみたいじゃの~』
白雲斎にからかわれても、まったく動じない雅に、周りに居た従者達は舌を巻いた。
慎太郎には、伊賀忍者の棟梁としての宿命が生まれながらにしてあるのだが。
その上、雅を娶ることで甲賀忍者の棟梁としての宿命まで背負わねばならなくなる。
もちろん慎太郎はそのつもりで、すでにかなりの修行を積んでいる。
しかし雅は、女性であり嫁に行く家によってはその宿命から逃れることも出来る。
何も好き好んで、慎太郎に従う必要性はないと言えなくもない。
一方の慎太郎、10歳にして火遁水遁はもとより、空中浮遊までマスターしてしまっている。
このことは、白雲斎ですら知らない秘密事項。
まさか、平成の世に、火遁や水遁の術が役に立つこともないが。
火遁水遁は、500年ほど昔の戦国時代に、戦の中で威力を発揮した技。
しかし、忍術の基本中の基本。
慎太郎の父親、伊賀忍者の三十五代棟梁、服部半蔵である。
自身、霧隠を襲名できるほどの術者になれなかったことをかなり気にやんでいる。
慎太郎には、天賦の才がある。
半蔵の常々の口癖になっていた。
第35代服部半蔵、心血を注ぐように我が子慎太郎に修行をさせてきた。
それに応えるわけではないが、慎太郎は乾いたスポンジが水を吸い込むように、様々な術をマスターしていく。
唐突ではあるが、白雲斉が八坂神社へお詣りに向かうと言い出し、寺町京極商店街のアーケードの下を走り出した。
日本有数の忍者である。
人目に触れるようなことはないのだが。
数名といえど、従者が付き従っているので、スピードが遅い。
慎太郎が自分達を追いかけていると、白雲斉はもとより従者の一人も気付きもしない。
慎太郎は、アーケードの上を音も無く走っていた。
10歳にしかなっていない少年忍者にしてやられてしまっている。
とはいえ、京都の街をご存知の方々はすでにお気付きのことと思いますが、寺町京極から祇園八坂神社に向かうには、四条河原町の交差点と加茂川の流れを飛び越えなければならない。
四条河原町の交差点はまだ数十メートルにすぎないが、加茂川は川端通りを含めると、百メートルをはるかに越える。
四条大橋と呼ばれる橋の西詰めにさしかかった白雲斉が、急に加茂川の河川敷に飛び降りた。
何者かが、白雲斉に襲いかかったのだ。
白雲斉の従者達が、白雲斉を取り囲むように飛び降りた。
一方、襲いかかった曲者は、空中戦の後、加茂川へ叩き込まれた。
空中戦の相手は、もちろん慎太郎であった。
『童(わっぱ)、何故俺の邪魔をする。』
『貴様こそ、なぜに俺の爺ちゃんを狙う。』
『若君様、お気をつけ下さい。
其奴は、出羽の羽黒一族の者
と思われます。』
『なんだと、この小僧は伊賀の
若君か。』
『おうよ。
35代服部半蔵が一子、戸澤
白雲斉の直孫、霧隠慎太郎
とは俺のことでぃ。』
そんなやり取りの間、突然降ってきた白雲斉と従者達に河川敷にいた観光客やカップルが騒然となったが、それでも慎太郎は姿を現さなかった。
この段階になって、ようやく白雲斉と従者達が、目を疑い始めた。
慎太郎、直立姿で空中高く浮いていた。
武空術と呼ばれる、高等忍術である。
『白雲斉様、
若君のあの術
ただ事ではございませんぞ。
単なる飛翔の術でも、相当な
術者でもない限りできるもの
ではございませんが。
しかるに、若のあの術は武空術
に相違ございません。
若君はまだ10歳の若さで
あれほどの術を会得する
ほどの修行を。』
従者一同、涙ぐみながら喜んでいる。
自分達の若き主が、天才的な才能と言われているにも関わらずさらなる努力も怠らない。
ところで、出羽の刺客。
驚くというようななま易しいことではなく、恐怖を覚えてしまった。
自身が、鴉天狗の再来と呼ばれるほどの飛翔系忍術の使い手である。
その、はるかに上をいく忍術を10歳かそこらの小僧が会得してしまっている。
出羽に逃げ帰ろうとして高速飛翔しても、慎太郎は、雲に乗って易々とついてくる。
ちなみに、この時のスピードは、時速で言うと約1600km、マッハ2を越えていた。
もちろん、鴉天狗以外の忍者についていける速度ではないはずだった。
出羽忍者の棟梁、月山宗幸は少し違う見方をしている。
『霧隠慎太郎、いずれ日本忍者をまとめて立つ器と見た。』
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