第2話 承

 いかに晴明、強力な妖術を身に付け、絶大な人気に湧こうと霊仙三蔵の法力によって造り出された仮の姿。

 生涯独身を通すしかない。

 天獣であるので、独身が『どう影響するのかは、わからないが、晴明の場合、天獣ですらない。

 しかし、そこは霊仙のこと、さすがに先を読んでいた。

 天蓬元帥の耳の毛より美少女を造り出し、修行させていた。

 晴明は斉天大聖の息子の髪の毛、天蓬元帥の耳の毛では、釣り合いという点だけをみれば美少女の方が高い位にいる。

 霊仙三蔵が、三匹の天獣と美、少女を伴い京の都に出て来た。

 『晴明よ、この娘は美麗。そなたの妻として慈しむが良い。』

 晴明は大層驚いて。

 『お師匠様、私に妻等とまだまだ早うございます。

 それに、その娘は美し過ぎます。』

 晴明、自身もかなりの美男子であることに気づいていない。

 当然、霊仙が許すはずもない。

 『馬鹿者、そなたにはまだまだやらねばならぬことがある。

 この娘は、妻であるが、そなたの良き手伝いになる。

 もらっておけ。』

 数日後、平城帝の許しを得て、晴明と美麗は婚儀を執り行った。

 それからの晴明夫妻、霊力がかなり上がったのか、怨霊共に休む暇も与えない強さで破竹の勢いで退治していた。

 美麗の霊力や技は、近江の国醒ヶ井の里の松尾寺で霊仙より授けられた法力なので、強力無比なのは当たり前であるが。

 問題は、晴明の力。

 手がつけられないほどに強力になっていた。

 都の魑魅魍魎や怨霊共では、もはや清明の敵ではない。

 魑魅魍魎等は、美麗の敵ですらなくなっている。

 しばらくして、武士という者共が力を付け初め、京の都は戦で昼夜がなくなってきた。

 それに伴って、怨霊や魑魅魍魎も京の都を離れ始めた。

 この頃の凶悪怨霊は、平将門の怨霊。

 恨みの対象は源氏、ということで

東海以北の関東地方で大暴れしていた。

 この頃、清明と美麗の間に息子が誕生した。

 晴純と名乗ることになった清明の息子、18歳になって時の帝の前に進み出た。

 『陛下、さらに修行を重ねるために、鞍馬の御山に籠りとうございます。』

 『さらに研鑽を重ねられるのか。』

 晴純、すでに数多の魑魅魍魎を蹴散らし、父清明に近い活躍中。

 叱るに、まだ修行を重ねると。

 時の帝も許すしかない。

 晴純が鞍馬山に籠って数年、河内源氏の源義朝が平治の乱に敗れ、義朝の九男に当たる若君が鞍馬寺に幽閉された。

 幼名牛若丸。後の源義経である。

 この頃の晴純、目にも留まらない速さで木立の中を飛び回り、目にも留まらない速さで山中を駆け回って修行していた。

 当然、牛若丸も気になって仕方ない。

 『和尚様、あれはいったい何者ですか?』

 和尚のいたずら心が、芽生えた。

 『若様、あれはこの鞍馬山に籠って修行されている天狗様ですよ。』

 晴純、天狗以上の身のこなしをしているのだが、牛若丸まだ子供ゆえに、信じてしまった。

 『和尚様、牛若は天狗様の弟子になりとうございます。』

 和尚、おおいに困ったが。

 晴純に頼んでみた。

 『晴純殿、この稚児は源氏の若君なんじゃが、そなたの弟子として鍛えて下さらんか。』

 『源氏の若君を私が、よろしいのですか。引き受けるのは、造作もございませんが。』

 『ただし晴純殿、貴方のことは、鞍馬の御山で修行する天狗様だと伝えており申す。』

 『なるほど、天狗ですか?

  わかりました。

  心しておきます。』

 しかし、1年半ほどして、晴純は牛若を伴って京の一条にある安倍清明宅へ赴いた。

 『そなたが、源氏の若君牛若丸

  殿か

  鞍馬山の天狗様の弟子だそうな、

  しからば、鉄輪の井戸に出る鬼女

  の退治を力試しがてらやってみて

  はいかがかな。』

 牛若は、飛び上がるほど驚いた。

  『清明様、いかになんでも私の術

   の程度では』

  『はてさて、晴純よ。

   若君には、陰陽術や妖術は教え

   ておらぬのか。』

  『父上様、若君御自ら闘われるよ

   うでは、』

  『最後は、ご自身の御身を護る術

   として覚えて頂く方が良いので

   はないのか。

   父君、義朝様も最後は数多の

   敵を成敗されたと聞いて

   おる。』

  『なるほど、では若君、御山に帰

   り修行を重ねましょうぞ。』

  鞍馬山に帰った晴純と牛若丸、

  修行がどんどん厳しくなってい

  く。

  『なんということだ。

   源氏の若君が、妖術や陰陽術

   を。』

  和尚がさすがに晴純に苦言を呈

  するほどの厳しさだった。

  その厳しさが。意外な効を奏す

  る。

  修行の成果を試すべく、いよいよ

  鉄輪の井戸に現れるという鬼女退

  治。

  この頃になると、牛若丸の力も鬼

  女を凌駕している。

  鬼女を退治するのに、さほどの時

  間を要することはない。

  牛若丸、意気揚々と鞍馬山への

 帰路についた。

 五条大橋の北側歩道を東詰めにさしかかった時、大男が前に立ちはだかった。

この大男が世に有名な、武蔵坊弁慶である。

『そこな小僧、小僧のくせにえらく良い刀を差しておるなぁ。

この弁慶の千本目の刀にふさわしい。

置いて行け。』

『ほほ~う。

 都を騒がす刀泥棒、弁慶とは貴様のことか。

 はい、さようかと、素直に置いてゆくわけなかろう。』

『ならば小僧とて容赦せぬ。

 力ずくでも奪い去るのみ。』

 『出来るかな。

 鉄輪の井戸の鬼女同様、退治てくれようぞ。』

 五条大橋の欄干を、ひらりひらりと飛び回り、挙げ句の果てに、弁慶が振り上げた薙刀の上にまで乗ってみせる牛若丸。

 さすがの大男、武蔵坊弁慶もたまったものではない。

 『こりゃたまらん。貴様小僧、いっ

  い何者じゃ。

  陰陽師か鞍馬の天狗か。』

 『鷲は、源義朝が9男、牛若丸

  じゃ。

  鞍馬山の天狗様ならば、鷲のお

  師匠様、安倍晴純様のことじゃ

  が。』

  『安倍清明様の御嫡子、安倍晴純

   様の弟子か、なるほどそれで

   あれほどの。

   しかも源氏の若君と言われ

   るか。

   ましてや義朝公の若君となれば

   我が主筋ではございませんか

   若君、私を家来の端にお加え

   下さい。』

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