霧隠 慎太郎 隠れ里

近衛源二郎

第1話 起

 西暦807年秋、越前の国と近江の国の国境の新道の越えと呼ばれる峠を一人の僧侶が三人の弟子と共に、近江の国醒ヶ井の里に向かっていた。

 新道の越え、大正8年より国道8号線となり北陸から関西近畿への交通の要衝となったが、平安京の御代のこと、しかも京の都では御霊様こと、崇徳帝の怨霊が猛威をふるっていた頃のことである。

当然のことながら、峠でもあまたの魑魅魍魎が、僧侶に襲いかかろうとするが、近付くことすらできない。

当たり前である。

 この僧侶、名を霊仙という。

 弘法大師空海や伝教大師最澄と共に遣唐使として中国の唐の国に渡り、あの西遊記で有名な玄奘三蔵が天竺より持ち帰ったとされる大般若経を中国語に翻訳した功績により、当時の皇帝玄宗により玄奘の跡を継ぎ僧侶の最高位である三蔵法師に任命された当時世界最高位の高僧となった、歴史上ただ一人の日本人僧侶である。

 その法力たるや神仏のごとく凄まじい。

 おまけに三人の弟子達、一番弟子が斉天大聖の息子、二番弟子は天蓬元帥の子息、最後は繭廉大将の息子であった。。

 空海や最澄より高位の僧侶と天獣の上位三匹である。

 斉天大聖、孫悟空の息子。もちろん猿である。

 天蓬元帥、猪八戒の息子。もちろん豚である。

 繭廉大将、沙悟浄の息子。もちろんカッパ。

 カッパが獣というのは、判断が別れると思われるが。

 孫悟空、猪八戒、沙悟浄の三匹の天獣は、自分達が玄奘にお供して修行したように、子供達の修行を願い、霊仙に頼み込んだのである。

 霊仙とは、それほどの高僧。

 とにもかくにも、高々魑魅魍魎や妖怪の類いでは近付くことなどできるはずもない。

 近江の国醒ヶ井の里、山里の小さな荒寺松尾寺。霊仙三蔵の生まれ寺である。

 しばらくの後。実際には数時間の後。松尾寺にて休息を取った霊仙一向。

 そのまま、京の都へと向かった。

 先に帰国した空海や最澄に会うことも一つの目的だが、何よりも時の帝平城天皇に帰国の挨拶をしなければならない。

 霊仙の謁見を受けた平城帝、たいそう驚き、たいそう喜んだ。

 桓武帝の跡を継ぎ京都御所に入った平城帝ゆえに、やはり崇徳帝の怨霊にはほとほと手をやいていた。

 平城帝により最澄及び空海までが呼び出されていた。

 まずは空海が、御所より南側の平安京の住民を引き連れて御所の外苑に入った。

 少し遅れて最澄が、御所より北側の住民を引き連れて現れ、奇しくも御所の外苑に平安京の住民の主だった者共が集まる形となった。

 もちろん、この住民達、空海や最澄より、三蔵法師の帰国を知らされてはいない。 

 が、当時この二人は、日本全土の住民より絶大な支持を受ける人気僧侶であった。

 民衆は、空海と最澄により怨霊を退治してくれるものと思っている。

 『空海兄様、最澄兄様、ご無沙汰いたしました。霊仙、只今戻りました。』

 霊仙の挨拶を受け、空海と最澄、飛び上がるほど驚き喜んだ。

 平城帝が、外苑に出て来ることなどほとんどないが、この時はよほど嬉しかったのか民衆の前に現れた。

 『最澄、空海、よくぞ参られた。

この霊仙と共に、京のあまた魑魅魍魎怨霊共に、鉄槌を下してくれまいか。』

 霊仙は、もとよりそのつもりであったが、二人の大師があまり乗り気でなさそう。

 『我々の法力では、霊仙殿の手伝いにもなりません。

三蔵法師の御位の方の法力とは、それほどに霊験あらたかなのです。』

 霊仙のあまりにも強過ぎる法力を前にして、自分達の力では邪魔にしかならないと思われる。

 それを聞いて霊仙、一番弟子の孫悟空の息子、孫悟海の髪の毛を一本もらい受けて、息を吹きかけると、神官姿の若者になった。

 『その方、一条戻橋の近くに庵を構え、京の街を怨霊魑魅魍魎の類いから護るように励め。』

 『ハッ 仰せのごとく、励みまする。

 して私めは、いかに名乗ればよろしゅうございますか。』

 『陰陽師 安倍晴明と名乗るように。よく天子様にお仕えしてくれるように頼みますぞ』

 平城帝と民衆は、あっけにとられている。

 この程度の妖術は、霊仙や最澄、空海には当たり前の出来事なのだが、天皇や民衆にとっては、驚異でしかない。

 とにもかくにも、この安倍晴明、怨霊や魑魅魍魎には滅法強かった。

 晴明自身、いかに天獣斉天大聖とはいえ、猿の息子の髪の毛から生まれたのだから、妖怪と変わりはない。

 しかし民衆とは、いい気なもので、晴明の人気は京の街で、絶大なものとなっていった

 

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