第6話 1節 奈良の空飛ぶ少年(4)

電車がゆっくりと三輪駅に止まると、ホームにヒショウが降りて待っていた。

駅を出ると、すぐに立派な大神神社が見えてくる。神社の境内には、参拝客や観光客が大勢いた。


皆で本殿のすぐ前まで行って、お参りした。ばあちゃんは、ずうーっと目を瞑って熱心に祈っていた。

突然、ヒショウが神社の裏山に向かって飛んで行った。

ヒロとサスケが追いかけて行き、ヒショウが留まった岩の下に洞があるのを見つけた。


すぐにサスケが中に入り、みんなが続いて中に入った。最後に、ばあちゃんが洞の中に入って、あっと声を上げた。

「ここは、私が初めてじいちゃんを見た場所だよ。子供の頃、故郷の清正公(せいしょこ)神社の裏の洞を覗いたら、向こうに神主の修行をしている少年が見えたのよ。手招きするから、進んで行ったら、ここから大神神社が見えたの。その時の少年がじいちゃんだった。」


ヒロが洞の中を見渡しながら、ばあちゃんに訊いた。

「どうして、この場所だったって分かるの?」

「その少年が洞に入って来て、わたしの名前を訊いたのよ。ユリコって答えたら、じいちゃんが壁に名前を刻んだの。ほら、ここに残っているでしょう」

ばあちゃんは、少女の頃に戻ったような瞳で、その消えかけた文字を見つめていた。


「じゃあ、この洞の奥に行けば、じいちゃんに会えるかも知れないね」

ヒロが言うより先に、サスケが奥に向かって駆け出した。

サスケに続いて、皆が進むと、空気がスッと入れ替わり、目の前に洞の出口が見えた。


洞を出ると、そこは、ばあちゃんが少女の頃に来た清正公神社の裏ではなく、きれいな小川の流れる山あいの集落だった。

「不思議だねえ。ここは、六十年前の塩迫みたいだよ」

ばあちゃんは、懐かしそうに周りを見渡した。


「あの後、じいちゃんは時々、大神神社の洞を抜けて、わたしに会いに来てくれたけど、塩迫しおざこに出てしまうことがあるって言ってたのよ。じいちゃんは、神様の抜け道って呼んでいたけど、出口が時々変化するみたいだね」


「山も小川もきれいねえ。おなかが空いたから、ここでお弁当を食べましょうよ」

マリが草原の中の小さな岩に座って、弁当を広げた。

みんなも座って、弁当を食べ始めた。遠くで海がキラキラ光っているのが見えた。


「昔のことだけど、この塩迫の山から金がとれたそうよ」

ばあちゃんが子供の頃に聞いた話を始めた。

そこへ、山の上からカラスの群れが近づいて来た。驚いたヒショウが、さっき出て来た洞に飛んで戻った。


「ヒショウ、逃げなくても大丈夫だよ・・・」

マリが後を追って洞の中に入った。サスケはカラスに向かって吠えた。

ヒロが振り返ると、辺りの空気がゆらゆらっと揺れて洞の入り口が見えなくなった。

「ばあちゃん、マリとヒショウが消えちゃったよお・・・。どこに行っちゃったのかなあ?」


「うーん・・・ 神様の抜け道から、西ノにしのさこに出たこともあったって、じいちゃんが言っていたから、そっちに行ってみよう」

ばあちゃんが、坂道を急いで下りて行った。


ヒロとサスケも後に続きながら、ばあちゃんに訊いた。

「西ノ迫って、どこなの? その前に、ここは日本のどこなの?」


「ここは、わたしの故郷、九州の津奈木村よ。坂道を下りて平地に出ると、川があるのよ。その先の国道を北に歩いて行くと、右側の山裾に鉄道の駅が見えるよ。その北側の丘が西ノ迫よ。大昔、天から男の神様が西ノ迫に降り立ち、女の神様が塩迫に降り立ったという言い伝えがあるけど、神様の抜け道がつながっていたんだねえ」

ばあちゃんは急いで歩いたので、息が切れてハアハア言った。


「ぼくとサスケが先に行ってるから、ばあちゃんは急がないで、ゆっくり歩いてきてよ」

サスケを抱きかかえると、ヒロは全速力で駆け出した。

クルクルッとつむじ風が舞い上がり、あっという間に北に向かって飛んで行った。


つむじ風が西ノ迫に着くと、丘の上でマリが心細そうに北の空を見上げていた。

「あー、よかった。マリ、大丈夫だった?」

つむじ風の中からヒロが現れ、マリの手を握って喜んだ。


「何がなんだか分からないうちに、知らない場所に出てしまったの。ヒロ達を探してきてってヒショウに言ったら、あっちの方に飛んで行っちゃった」

泣き出しそうな顔をしてマリが言うと、ヒロはサスケを抱き上げてマリに渡した。

サスケがマリの顔を舐めて甘えると、マリの気持ちも落ち着いてきた。


暫く周りの景色を眺めてから、皆でゆっくりと坂を下りて行くと、遠くからばあちゃんが歩いてきた。

「すぐ会えて、よかったね、マリ。怖くなかったかい?」


「おばあちゃん、神様の抜け道って不思議ねえ。あっという間に、知らない場所に出るんだもの。怖くはなかったけど、ヒショウがあっちの方に飛んで行っちゃった」

マリの指差す方角を見て、ばあちゃんが頷いた。


「あっちには、重盤岩(ちょうはんがん)という、この村一番の岩山があるよ。多分ヒショウは、その頂上から村全体を見渡していると思うよ。でも、大分歩いたから疲れちゃったねえ」

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