第5話 1節 奈良の空飛ぶ少年(3)
「明日はじいちゃんの命日よ。ちょうど日曜日だから、大神(おおみわ)神社にお参りに行こうね。じいちゃんに会えるかも知れないよ」
そう言って、ばあちゃんは神棚の横に掛けられたじいちゃんの写真を見つめた。
「ごちそうさま。今日も美味しかった。大神神社にサスケも連れて行こうね」
ヒロは、サスケにも「ごちそうさま」を言うように教えて、食器を片付けた。
「サスケ、外を走って来よう」
サスケを連れて外に出ると、遠くで幼なじみのマリがヒショウに話しかけていた。
マリは、柔和な黒い瞳と白いきれいな歯が印象的な少女だ。ヒショウは、マリが飼っている若い雉子だが、まるで人間のようにマリの言葉に頷いている。
ヒロとサスケが駆け寄って声を掛けた。
「おーい、ヒショウ・・・ マリと何を話してるんだい?」
「おはよう、ヒロ。ヒショウじゃなくて、わたしに訊いてよー」
マリは朝陽のような笑顔でヒロに答えて、サスケを抱き上げた。
すると、ヒショウが焼きもちを焼いたように、マリの周りをぐるぐる飛んで小さな声で鳴いた。
「ごめん、ごめん、ヒショウも肩に乗っていいよ」
慌ててマリが片手を伸ばして、ヒショウを自分の肩に乗せた。
ヒロはサスケをマリから受取って、地面に降ろした。
「明日はじいちゃんの命日だから、ばあちゃんと大神神社にお参りに行くんだ。マリも一緒に行こうよ」
「わあ、うれしい!明日の朝、ヒロのおばあちゃんと一緒にお弁当つくろう・・・ そうだ、ヒショウも連れて行っていいの?」
マリは7歳の頃から何度か一緒に行っているが、ヒショウは1歳になったばかりだから、まだ行ったことがない。
「まだ小さいけどサスケも行くから、ヒショウも連れて行こう。」
サスケと一緒に駆け出しながら、ヒロは言った。
「明日のこと、お母さんに話しとかなくちゃ。じゃあ、明日の朝、よろしくね」
マリはヒショウを空に放して、ヒロに微笑んだ。
翌日は、朝から晴れていた。ヒロが新聞配達を終えて、家に戻った時には、ばあちゃんとマリが歌いながら弁当を作っていた。
「マリは、ほんとうに歌がじょうずだねえ。そのうえ可愛いから、将来は歌手になれるね」
ばあちゃんは、マリが生まれる前から、マリの家族と仲良くしている。
マリの父親は、神社の近くにある古い農家の長男で、広い田畑に米や野菜を植えている。
母親は、子供達から慕われている小学校の教師で、シラカワ先生とよばれている。
「ありがとう。でも、わたしは、お母さんのような先生になりたいなあ・・・」
誉められたのが嬉しくて、マリは弾んだ声で答えた。
「先生になりたいなら、もっと学校で勉強しなきゃあ・・・」
サスケと戯れながら、ヒロが話に割って入った。マリが、勉強より友達と遊んでいるのが好きなことを、ヒロは知っている。
「うーん・・・ そうだ!もっと勉強が好きになるように、大神神社にお願いしようっと」
マリは、大事なことに気づいた自分に満足して、また明るい声で歌い始めた。
弁当の支度も終わり、皆でにぎやかに朝ご飯を食べて、家から歩いてバス停に行った。
バスに乗って七つ目の停留所が奈良駅だ。他の乗客に見えないように、ヒロがサスケを風呂敷で包んで、抱いてバスに乗った。ヒショウはバスの上を飛んでついて来た。
奈良駅から電車で南に向かって八つ目の駅が三輪駅だ。
今度は遠いので、ヒショウは電車の屋根上に乗って行くことにした。
「ヒショウが心配だから、見てくるよ」
ヒロはサスケをマリに預けて、ホームに降りてヒショウを探した。
すると、ドアが閉まって電車が動き出した。ばあちゃんとマリが心配してホームを見ると、つむじ風がクルクルッと電車の屋根上に舞い上がって行った。
ホームにいた駅員達が目を擦り、何か話をしていたが、電車はどんどん駅から離れて行った。
「電線に触って、ちょっと服が焦げてしまったけど、ヒショウは上手に屋根に乗っているよ」
次の駅に着いてドアが開いたら、ヒロが左の袖を黒く焦がしたまま戻って来た。
「ヒロ、他の人達が驚かないように気をつけなさいよ」
小さな声で、ばあちゃんが周りを見ながら注意した。
電車は、田畑や街の中をのどかに走った。左側には小高い山が見えている。
時々、遠くに古い寺や神社が見えた。
「大神神社は、日本で一番古い神社なの。だから大神神社は、八百万の神の故郷なのよ」
三輪駅に着く頃、ばあちゃんが話してくれた。
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