第4話 1節 奈良の空飛ぶ少年(2)
日が昇って明るくなった頃、ヒロは新聞を全て配り終わった。
家に戻ると、柴犬のサスケがしっぽをブンブン振って駆け寄って来た。
ヒロは、まだ小さいサスケを抱いて、家に入った。
「ばあちゃん、ただいまあ。起こしてくれたから、間に合ったよ」
「今日もご苦労さん。朝ご飯出来てるよ」
ばあちゃんは、神棚にお参りしてから、ちゃぶ台に朝ご飯を並べた。ばあちゃんは、白髪頭で少し太っている。
ヒロも神棚に向かって、小声で何か言って頭を下げた。サスケも神棚に向かって小さく吠えた。
「二人とも、何てお参りしたんだい?」
ばあちゃんが微笑みながら尋ねると、サスケが先にワンと答えた。
「じいちゃんに、いつものお願いをしたんだよ」
ヒロは、朝ご飯の前に座って答えた。
じいちゃんは六年前、ヒロが六歳の頃に亡くなった。
志能備(しのび)神社という古い神社の神主だったじいちゃんは、突然の事故で死んだのだ。
「日本には、八百万(やおよろず)の神様がいるから、亡くなったじいちゃんも、きっと神様になってるよ・・・」
まだ幼かったヒロに、ばあちゃんはそう言った。
信頼する夫を突然亡くしたばあちゃんが、そう信じたかったのだろう。
日本では昔から、山、川、海、動物、植物といった自然物や、雷、火、雨、風といった自然現象をそれぞれの「神様」の現れと考えていた。「八百万」とは数が多いことの例えだが、それほど多くの様々な神様がいるという意味だ。
—— 八百万も神様がいたら、その中のじいちゃんを見つけられるかなあ・・・
その時、そう思ったヒロは、今でも八百万の神様の世界に行って、じいちゃんに会いたいと考えている。
「いつものお願いって、母さんのことかい?」
ばあちゃんは、サスケの頭を撫でながら、優しくヒロに訊いた。
「『母さん、父さん、サーヤのいる所へ連れていって』ってお願いしたんだよ」
朝ご飯を頬張ってから、ヒロが答えると、サスケもワンと吠えてしっぽを振った。サーヤは、ヒロの双子の妹だ。
ヒロは、幼い頃の記憶が、どこまで事実で、どこから想像なのか区別がつかない。
それは5歳の頃、事件に巻き込まれて両親とサーヤが行方不明になったからだ。それまで、家族は一緒に京都の吉田神社の近くに住んでいた。ヒロの父、シュウジは京都の大学で宇宙の研究をしていた。
—— ヒロの父さんは、大学で宇宙の始まりと古代の謎を研究していたのよ。母さんは、同じ大学で医学と宗教を研究していたのよ。二人とも、すごく優秀な研究者だっていう評判だったよ・・・
ばあちゃんは、幼かったヒロが両親のことを聞くたびに話して聞かせた。
ヒロは、父さん、母さん、サーヤと一緒に吉田山に登ったことを覚えている。
山といっても吉田神社の傍にある小高い丘なのだが、幼いヒロとサーヤは途中で疲れてしまった。
その場で休憩していると、ヒロとサーヤは眠ってしまった。
夢の中で竜が現れ、皆が竜に乗って空高く舞い上がった。
気がつくと、皆一緒に丘の上の見晴らしの良い所に立っていた。
「竜に乗ると、ちょっと怖いけど、楽しいね」
嬉しそうにヒロとサーヤが言うと、父さんも母さんも子供達と一緒に夢を見たかのように微笑んだ。
京都にいた頃の思い出は、楽しいことばかりだ。
両親とサーヤが巻き込まれた事件の内容をヒロは知らない。
事件の後、ヒロは奈良の祖父母に引き取られた。奈良の祖父母は父さんの両親だ。
両親とサーヤの行方は、ヒロだけでなく、ばあちゃんも知らない。
—— 父さんと母さんは、ぼくを置いて、どこに行っちゃったの?どうしてサーヤだけ連れて行ったの?
奈良の祖父母に引き取られた頃、ヒロは何度も訊いて、ばあちゃんを困らせたものだ。
—— じいちゃんは、どうして死んじゃったの?父さんも、母さんも、サーヤも、どうしてみんないなくなったの?もっと、いい子になるから、早くみんなを返して・・・
突然の事故で、じいちゃんが亡くなった時、ヒロは布団に潜り込んで泣いた。
ばあちゃんは、どうしていいか分からず、ただ、布団の上からヒロを優しくさすっていた。
—— ヒロは、いつもいい子だよ。だから、みんな帰ってくるよ・・・きっと・・・
父さんが行方不明になり、神主だったじいちゃんが死んだので、ばあちゃんは志能備(しのび)神社を知合いの神主に譲り、ヒロを連れて近くの古い小さな家に引っ越した。
神社を譲って得た僅かなお金と、ばあちゃんの年金で二人は生活している。
中学生になったヒロは、新聞配達をしてばあちゃんの苦しい家計を助けている。
だからヒロは、毎朝じいちゃんにお願いしていることがある。
—— いつまでもばあちゃんが元気でいられますように・・・そして、ぼくが早く大人になって、ばあちゃんの生活を楽にしてあげられますように・・・
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