異世界転生したかっただけの人生

しょうたfgo

異世界に転生するまで

 目を開けると真っ白な空間。顔も手も足も自分の意思に逆らって動くことはない。だが、不思議と違和感は感じられない。

 どれくらいの時間が経っただろうか。無限に感じる時間を過ごしていると、不意に意識を乗っ取るように思考が加速する。


(すまない、こんな空間に呼び出してしまって)


 自分の思考だというのに突然謝り始める。考えがまとまるよりも早く自分の中の"何者か"がまた語り始める。


(混乱しているのも無理はないだろう。私は概念のようなものだ。君の知識を借りるのであれば、神とでも考えてもらって良いだろう)


 思考が上書きされる違和感に慣れ始め、ようやく考えがまとまり始める。

 神……か。よく、死んだと思ったら手違いで、強くするので異世界を楽しんでください。という小説を読んでいたが、自分が神と遭遇するとは。しかし、この空間に来るまでの記憶がない。ありがちな物語だと俺は死んだことになるのだが。


(君の思考は正しい。そこまで理解が早いと助かるよ。早速だが、異世界転生と好きな願い1つ叶えてあげよう)


 俺の思考を待ってから話し始める"神"。好きな願いという抽象的なものは珍しいが、俺としてはありがたい。ずっと望んで止まないものを願う。それは、そう——。


 意識が覚醒すると、見慣れた天井が見える。望んだ願いも、異世界転生も当然していない。カーテンの隙間から差し込む憎たらしいほど強い日差しに嫌気をさしながら、布団から起き上がる。

 流れるようにパソコンの電源を入れ、自室にコーラとポテトチップスを持ち込み、つい先日17回目の誕生日を迎えたときにもらったお気に入りのヘッドホンをつけ音楽を流す。今の自分がこんな生活をしているなんて1年前には想像もつかなかっただろう。


 いつものようにだらだらとネット小説を漁っていると、ランキングの上位の作品が目に止まる。科学者が実験中に失敗し、異世界に転移する話だ。どうやら、科学者が異世界で現代知識を活用し、科学の力で成り上がり、ハーレムを築き最後に魔王と戦うといった内容のようだ。


「科学……か」


 正直、数学やら科学やら理科系のことはあまり得意ではない。知識も義務教育レベルで止まっていて、化学式が分かってもどのように化学反応を起こせば良いかなんてわかるものもほとんどない。しかし、"もし異世界に行ったら"を考えるとどうしても気になってしまう。

 慣れた手つきでキーワードを検索し、上位に出たサイトをお気に入りに追加する。最上位に出てくる辞書のようなサイトでは理解できないが、導入から書かれているサイトは自分でも理解できる言葉で書かれている。30分ほど集中して文字を読んでいたが、まったく頭に入っていないことに気がつき、気分転換にと実験の動画を見始めるが、動画投稿サイトの関連動画からついつい横道にそれてしまい時間が浪費されていく。


 外から聞こえる小学生の元気な声で現実に戻されると、見ていた動画を閉じ、外出するためコートを羽織る。

 いつもの交差点へ行き、見守り活動に参加している顔馴染みのおっちゃんと挨拶を交わし他愛無い会話をしながら小学生の安全を見守る。「お前さん、今日は学校じゃないのかい?」などと会話したのはいつだったか。俺が渋そうな顔をしていると何かを悟ったのかそれ以降話題にあがることはなかったが。


「今日も、平和……でしたね」

「ああ。子どもの元気な姿を見るのはやっぱりいいねえ。こっちも元気を分けてもらえるよ」


 適当に相槌を打ちながら別れの挨拶を告げ、少しずつ伸びていく影を見ながら図書館へ向かう。学校には行かなくなり生活もだらしなくなったが、親から特別文句を言われないのは図書館で勉強をしているからだったりもする。今日の目的は科学関係の本や関連する推理小説を借りるためだ。

 図書館は小学生を見守っていた交差点からそれほど離れていないが、あえて路地を通る遠回りの道を選ぶ。この時間になると、街灯がない路地は薄暗くなり不穏な雰囲気が漂っている。そんな道を、立ち止まったり時には壁に手を触れたり少し後戻りをしたりなど傍から見たら通報されてもおかしくない動きをしながら歩んでいく。直接向かえば5分でたどり着くような道を20分掛けて到着すると、目当ての本を探し始める。

 1時間ほど小説を読み、キリがいいところで家路につく。帰りは路地を通らずに、俺と同じくらいの学生が通学路として利用している道を選ぶ。学校に行かなくなると同級生に会いづらいとか、外出を控えることが増えることが一般的かもしれないが、そんなことではいつまで経ってもチャンスが来ないので、心を殺して歩き始める。

 

 家に着くと母が帰宅していて、いつもどおり笑顔で迎えてくれた。


「今回は何に興味をもったの?」

「科学」

「あら、今回は難しいことに挑戦するのね!欲しいものがあったら早めに言うのよ?」

 科学の実験装置とか一体いくらすると思ってるんだ。いや、それよりもどうやって用意するつもりなんだ。小学生の実験キットでも使うのか?善意から来る言葉であることは確かなので適当に返事をして部屋へ戻る。


 スペースを確保するため、床に乱雑に置かれた本を移動させるとタイトルが目についた。筋トレ方法や空手などの武道、はたまた楽譜や音楽に関する雑誌。農業や畜産に関する本まで実にバリエーション豊かである。母におねだりをして買ってもらった本だが、長く続いたものは何一つなかった。家庭菜園にも挑戦したのだが、芽がでることはなかった。その点借りてきた本は返さなければならないし、お金がかかるわけでもなく、残るわけでもない。安心して様々なジャンルに手を出すことができる。


 難しい専門用語が書いてある本をどかしながら小説を読み進めていると、腹から気の抜けた音がなった。時間を見ると日付をまたいでいて両親ともに寝静まっていた。リビングに行き一人分残されているご飯を温め直し食べる。以前は夕食ができたら声を掛けてもらっていたのだが、あまりにも俺が集中しているため諦められてしまい、今では声掛けもされなくなってしまった。いや、されているのかもしれないが俺が気づいていないのかもしれない。たまには家族揃って食べるのもいいかと考えながら食事を終え、食器を洗う。

 その後も本を読み進め、ポストに新聞が投函される音が眠りの合図となり、1日の生活が終わる。


 4日掛け借りてきた小説を読み切り、ネットで新しいジャンルの開拓をする。科学はだめだ。やっぱり俺には向いていない。これが結論だった。

 更新されたランキングの上位を見ていると、動物園という文字が見えてきた。


「テイマー、テイム。犬は好きだし、頼んでみるか」


 集中して作品を読んでいると、読み終わる頃には小学生の下校時間が終わっていた。読み終えた本の返却に行こうと準備をすると、母から買い出しを頼まれた。図書館とスーパーでは位置が逆になるのだが、外出ついでと快諾する。普段あまり持ち歩かない財布とメモ、借りた本を持ちいつもの路地を通り図書館へと向かうと、普段とは違う光景を目にした。人通りがほとんど無い薄暗い路地で人が居たことなんて見たことないのだが、今日に限って怪しい占い師がいる。普段の奇行とも取れる行動を見られるのは抵抗があったため、普段とは違い早足で駆け抜けると一瞬こちらと目があったような気がした。

 違和感を感じながら図書館に着くと、普段とは違い扉が閉ざされており、張り紙があった。本日休館日。そういえば、昨日祝日だったか。土日も祝日も影響がない生活をしているためか感覚が狂っていたようだ。重い荷物が減らないままスーパーへと方向を変え歩いていると、突然大声が聞こえた。


「危ない!」


 声に気が付き振り返るとトラックが止まる気配もなく交差点へ直進している。ついに、ついに来た。横断歩道に人……居ない。しかし、やるしかない。荷物を投げ捨て意を決してトラックの前に立つと思考が加速する。今まで思い出すことのなかった幼少期のことや高校受験の思い出。楽しかったことや辛かったことが一瞬のうちに脳内に溢れかえってくる。俺は間違えたのか?本当にこれで正しいのか?何もかもがわからずに、しかし体だけは反応しトラックの進路から避けようとする。だが、直撃を避けただけで左半身とヘッドライトが接触し大きな衝撃とともに意識を刈り取ろうとしてくる。


「きゃあああああああ!」

「誰か!救急車を!」


 朦朧とする意識の中、大きな衝撃音が聞こえる。誰かの悲鳴が聞こえる。息もまともにできない。血が流れているのだろうか、視界が赤みを帯びている。痛みはない。やっぱり、やっぱり間違っていたよ。ごめん。ずっと信じていたことが間違っていたことに気が付き、誰というわけでもなく謝罪をした。



――本日のトップニュースです。市街地でトラックが暴走しました。

――今日夕方5時頃、暴走したトラックが交差点で人をはねその後交差点で信号待ちをしていた乗用車に乗り上げた後転倒しました。はねられた男性と信号待ちで止まっていて転倒したトラックの下敷きになった乗用車の男性とそのトラックの運転手は死亡しました。これから原因の調査を行う模様です。

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