第16話 決着

アイヘス王国内に建設されている建物内では奴隷売買が行われており、その中には5人のエルフが首に両手に両脚に鎖で繋がれた状態で誰かに買われ、又は売られるまでの間、地下の檻の中で生活していた。檻の中で生活をしているエルフ達は、虚ろな目をして何故自分は生きているのかがわからなくなり、自由になりたいという意思を無くしていた。真っ暗で光も届かない場所で自由とは程遠い暮らしをしている中で、地上へとつながる階段がある場所から風がエルフ達の元へ届く。暖かく優しく包み込むような風が吹き、エルフの故郷である森を思い出させるような風が奴隷のエルフへと当たる。



「………王?」



この世に絶望をした表情をしていたエルフが地上へとつながる階段から微かな光へと視線を向けると、自然と食事を摂る以外に使われる事の無かった口から言葉が出てきた。生まれた時から感じていた風を肌に触れた瞬間に、エルフは涙が止まらず涙袋に収まらず溢れ流れ落ちる。奴隷へとなった日から希望を捨て、自分を買った者の所有の人形となるしかなかったエルフの奴隷へエルフの希望となる者が救いに来た事実に声を押し殺し泣いた。高貴な存在でありエルフの民達はその姿を見た事はない。様々な噂がある中でエルフの英雄と称えられ、民を纏め、民を愛し、たった1人のエルフの命を見捨てる事は絶対にしない。

その存在だけでエルフの平和の象徴と謳われた[エルフの王]シウラがアイヘス王国へ滞在している事を地下にいるエルフは感じ取り、歓喜の涙を流しながら頭を地面に近くまで下げた状態のまま動かなかった。


場面が変わり学園では膨大な風と雷の衝突により地響きが起こり地面に亀裂が入る。王女の背面には雷によって半分の雷太鼓が具現化され、少量の電気を発生させ魔力を溜めていた。その光景は学園内にいる生徒や校門の前で待機している冒険者や兵士に王女の姿は衝撃的であったが、それ以上にシウラの姿はエルを除く人々や対峙している王女が言葉を失う程の衝撃を受けていた。



「……綺麗」



王女のその言葉は素直な感想だった。

風がシウラを囲むように吹き、シウラの体全体に緑の光が灯り、緑に光る7本の剣がシウラの後ろに浮かぶ。王女の未完成の魔法と比べると、シウラの魔法は完成されたと言え、王女は伝説の賢者に匹敵するのではないかと思ってしまうほどであった。神々しく美しい光景に見る人々はシウラに目を奪われる。



「……宜しいでしょうか?」

「えっ…あっ!」



王女はシウラの姿に見惚れ戦う事を忘れていた。それ程までに美しかった。

殺気、威圧で相手の戦意を喪失させるものとは違い、美しさに思わず見惚れ戦闘意思を無くしていた。シウラの子の魔法は相手の集中を削ぎ選択肢を与える。その選択は勝負の勝ち負けでは無く、生と死を選ぶ権利

例えどんなに悪者であろうと救いの道を作る事がシウラの戦闘での心得の一つである。しかし恐怖から相手との実力差を感じ取るのではなく、美しさに魅了されている故に王女はシウラとの魔力の差、実力をわからずにいた。シウラの実力を目極める事が出来ない者達は、魅了に惑わされ冷静でなければ相手の実力を見誤ってしまう事が多く、王女も同じように今のシウラを〈鑑定〉する事はない。しかし王女は〈鑑定〉スキルを使わずとも、シウラとの実力差を肌で感じ取っていた。



「フーーッ………」

「………」



王女は大きく息を吐き、精神を安定させる。剣を脇に構え、重心を低く右足を後ろへ下げ、右足へ体重をかけると電流を身体中の隅々まで流れるように行き渡るのを体感で感じ目を閉じる。



(…勝負は一瞬……チャンスは一度)



自ら視界を遮断し視覚聴覚に頼らず、相手の気配だけを感じ取る。短く細い一本の糸を探るように勝機の糸を手繰り寄せ勝利する事を諦めてはいなかった。王女は集中の奥深くへと潜り聴覚も遮断したその時、脳内に糸が現れ掴み取った瞬間に目を開き動く。王女はシウラの方向へ後ろにかけていた重心を前へと踏み込み、剣は脇構えからシウラへと斬り込む。

この時、未完成の魔法以外に王女は魔法を使ってはいない。身体全体へ流した電気、身体を覆う魔力で見物している者達の目の先から消える程の速度をもう1段階上の速度で王女は動き、シウラの体へ王女の剣先が触れようとしていた。



(取った!)



この時王女は勝利を確信した。人々の視線を置き去りにするほどの速度での自身の攻撃は勝利を確信するには十分すぎるほどだった。現にシウラは王女の動きを目で追えていないと王女は勘違いをしていた。



「…………甘いな」



王女の剣先がシウラに触れる直前、シウラの姿が王女の視界から消える。周りの者達は王女の高速の動きを目で追う事はできていない、しかし王女は身体が高速で動いており、今王女の視界に映り体感しているのはスローモーションである。高速で動いているはずなのに辺りがゆっくりと動いていた。頭の中で体感している時間が矛盾している事に気付いた時には既に手遅れであった。視界から消えたシウラが王女の横を通り過ぎ、王女の背後から3歩歩いたところで立ち止まった。



「お見事です 一瞬でもわたくしを本気にさせたことは称賛に値します

ですがその一瞬はわたくし達にとって大したことではありませんでした

今回の貴方様の敗因は相手が悪かったということで」

「………え?」

「残念ですが、これにて終了とさせていただきます

〈陣風七剣烈斬〉」

「!……………グフッ!!」



シウラに当たるはずだった剣先が折れ、7本の斬撃が王女の体へと斬り付け、吐血をしながら正面へ倒れる。普通の人から見た光景は王女とシウラの立ち位置が変わり背を向き合い王女が血を吐き倒れたというものだった。国内1の速度と言っても過言ではない王女の雷魔法の攻撃であったが、風魔法のシウラがその速度を上回った。そして王女が倒れると直ぐに神屋センが駆け寄る。



「ミカル!!」

「うっ………」

「飲め回復薬だ」

「うぅ…」



神屋センは王女が吐血し倒れた瞬間王女の元へに駆け寄り体を起こして回復薬を飲ませる。神屋センの表情に動揺はなく、王女が回復しきるまでその場を動かなかった。王女の無事をシウラは横目で確認しエルの元へと戻るが、シウラはエルの正面で立ち止まる。



「どうした?」

「………すみませんエル様

民を迎えに行っても宜しいでしょうか」

「………いたのか」

「…………はい

微かですが、感知しました」

「……行って来い

あとは俺がやっておく」

「有難うございます」



シウラは魔法を解かず、風で空を飛び何処かへと向かって行く。理由を聞かずともシウラの表情を見ればわかる。どんな危険な事も辛い思いをした事にも、そして戦闘を終えた後にはエルの元へと走りエルに笑顔を見せていた。しかし今回はシウラの表情に笑顔はなく、殺意の目をしていた。魔法を発動し緑の光が発光している状態では、シウラ体周りに吹く風に色が付いている。そして発動している魔法の別の効果で、国を覆うように広がるそよ風が索敵と同じ役割を持ちエルフの奴隷の居場所を特定していた。エルフの民を救出するために飛び立って行くのであった。

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