第17話 詰み

エルはエルフを救出するために飛び立ったシウラを見送ると、王女を介抱している神屋センの元まで歩み寄る。



「王女、大丈夫そうだな」

「お陰で回復薬は底を尽きたけどな」

「それは仕方ないだろ」

「ゲフッ……まだ痛い」

「我慢しなさい

あと少しで完治するから」

「ん……」



シウラの魔法は回復薬を使ってもダメージが体に響き、傷は治っても痛みは暫く残る。一応は手加減をしていたが、王女へ与えられたダメージは数時間残ったままとなる。



「ゴホッゴホッ…あのエルフは?」

「ん? シウラなら奴隷館をぶっ壊しに行った」

「なっ!…ゴホッゴホッ!!」

「ほら動くな」

「…この国の奴隷制度はお父様が廃止したから奴隷館は全て取り壊した筈よ!」

『へぇ〜廃止したの』

「それでもあるって事は隠れて営業していたわけだろ?

俺にはどうでもいいけどな」



アイヘス王国では国王の命令により奴隷制度が廃止しており、奴隷市場などの施設は全て取り壊し、奴隷だった者達は解放されていた。奴隷を売る事が出来なくなったアイヘス王国だったが、国王の目の届かぬ場所で営業を続ける奴隷商は少なくなかった。王女はこの対処をしきれていなかった事実に王女は自分が情けなくなった。解決した問題だと思っていたものが知らぬところで動いている事に自己満足していただけなのだと

王女は痛みと戦いながら込み上げてくる怒りを自分の中に押し殺すしかなかった。



「セン…」

「まだ動くな」

「ビーギルに…連絡して!」

「……わかった」

「ゴホッ…直ぐに国にいる奴隷商を1人残らず捕えなさい!」

「その必要はないと思うぞ?」

「「?」」


ドゴォォォォォォン…



三ヶ所から破壊音が鳴り響き、土煙が空高く舞い上がる。学園内にいる者達や兵士、冒険者は音が鳴った方向へと一斉に顔を向けると神屋センは爆発音のした方向から何が起こったのかを悟る。シウラが飛び立って向かった方向を思い出し、エルの言動や破壊音がしたのにも関わらず無反応なエルの姿を見て、シウラの仕業だという事を理解した。



「音の方向から国の端…路地裏辺りからだ

あそこは治安が悪いからなぁ

奴隷商人がいてもおかしくない」

「……あの場所で奴隷の取引が?」

「だろうなぁ あの場所は警備がおろそかになる場所だ

廃止制度が行き届かなかったんだろうな」

「……自分に腹が立つわ」

「動くなと言ってるだろ」



ダメージが残り体を自由に動かせない王女は、唇を噛み悔しさが滲み出る。正義の為に動き全ては国民の為を思って行ってきた事が一つの欠点から自分の愚かさが出てきていたからだ。他人の結論を聞かず自分が正しいと思い込み注意を見落とし、対処しきれていない部分が影で動かれている。間違った事をしていないと思えば思うほどに、自分がどんなに愚かであるのかを理解できていた。王女の悔しさがエルにも伝わってきているが、今の問題はそれでは無い。



『あれ…キレてる?』

(キレてるな)

『ブチっと?』

(いってるな)

『大丈夫?』

(大丈夫じゃないな)

『じゃあまた?』

(うん、それは大丈夫だろ)

『……ハハッ』



止まることのない破壊音からシウラの怒りが伝わる。

エルフとしての怒りが奴隷館へとけられてはいるが、奴隷館を一つ潰したところで怒りが収まるわけがなかった。エルはシウラ怒りをあれこれ言うつもりは無い、言うつもりは無いがこの後の事が問題である。また王城へと連行される、それが問題だった。学園へ足を運び、貴族の魔力を消滅させ、王女を倒し、奴隷館を破壊する。二つの国の戦争で両国の兵士を殲滅した時には第三者がおらず半分の嘘で誤魔化していたが、今回は大勢の者に目撃されている故に嘘が通じない。エルは言い訳を考えるのに必死であった。そして破壊音が止まり煙が空へ上がり続ける。事を終えたシウラが校門の方から奴隷であったエルフを引き連れ、エルの元へと戻ってきた。傷だらけとなったエルフを引き連れて



『帰ってきた』

「お帰り」

「ただいま戻りました

では……エル様お願いできますか?」

「どの場所がいい?」

「大森林でお願いします」

「わかった 〈転移門〉」



シウラの背後で待機している奴隷達は泣き過ぎて目が腫れている者や安心して眠っているエルフをおぶっているエルフたちがいた。。エルは〈転移門〉を発動し、エルフの大森林へと繋げ奴隷であったエルフ達を故郷へ送る。一人一人〈転移門〉を潜り何十年ぶりかも忘れ、帰ることのないと思っていた故郷へ歓喜の余り潜り抜けた先で泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

そして最後のエルフが潜り抜け用としたが、途中で止まりシウラの方へと体を向ける。



「……王は…来られないのですか?」

「はい、申し訳ありませんが兄様に宜しくお伝えください」

「………大森林に戻られるのはいつ頃になりますか?」

「それはわかりません

今は成さなければならない事がありますから」

「そうですか…」

「いつになるかはわかりませんが、必ず貴方達の元へ帰りますよ」



この時、なぜ人間であるエルとエルフの王であるシウラがエルと共にしている理由はエルフにはどうしてもわからなかった。だがシウラにとって成すべき事は、シウラの兄に王の不在を任せる程の事である事は理解していた。それ程までにシウラの決意は固く、誰が説得しようと揺るがない。エルフはシウラを連れて帰る事を諦め、〈転移門〉を潜り故郷へと帰って行く。



「よし!」

『あ!』

「ん?」



シウラが救出したエルフ達を1人残らず送り、エルは〈転移門〉を解除すると一息ついたところでアリスが何かに気づき声を出す。アリスが声を向けた方向へ視線を向けると、そこにはエルを王城まで連行した騎士長がいた。



「…………」

「またお前か」

「違うよ?」

「詳しい事は……な?」

「……ちくしょうめ」



説明をされずともエルの行く先はわかっていた。騎士長の立場から状況を見ると、学園が半壊し、王女が倒れ、エルフが側に支え、あちこちでの破壊音、目の前で発動された謎の魔法と疑われるものは充分にある。言い訳の材料がない。



「ところで王女様……大丈夫ですか?」

「ゴホッ…大丈夫に見える?

はぁ…ゴホッ…その男…連行して!」

「……抵抗するだけ無駄か」

「お父様の前で…全て話してもらうわ!

ゲホッ…ゲホッ…嘘偽りなく全てをね!!」

「マジかよ……」



王女には嘘は1度もついていない筈だが、何故か嘘をついていた事を見抜かれていた。既に〈鑑定〉スキルでエルの本名は見抜かれ[和名持ち《ネームド》]だという事は気づかれている。そして騎士長に名乗ったエル・スカーレインという名が王女によって偽りである事が明かされる。この時点でエルの詰みである。



「王女もあぁ言っているし、詳しく聞かせて貰おうか」

「……はい」



本日2度目の王城への連行が決定した。

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