第9話 大きな落胆

学園内へ入り早速4人の貴族に絡まれた。

それもそうだろう制服で統一された生徒達の中に黒いローブを着た者とその横に顔を隠した者がいれば誰でも不審がる。況してや腰に二刀の剣を身に付けていては尚更である。

エルは自身の格好に貴族が不審がり罵倒することはおかしくは無いと自分でも納得していたが、下民呼ばわりをされた事には少し引っかかる。それはエルがこの国の下民でも平民でも貴族でも無いからであり、この国の貴族が上から目線で何でもかんでも言えるわけでは無い。自分が一番だというプライドは貴族特有であるが、この態度には多少の苛立ちを覚えた。というよりもエル以上に貴族の態度に苛立っているのがシウラであった。エルが「GO」と言えば直ぐにでも4人の貴族を殺すであろうと確信してしまう。それは避けなければならなかった。エルはシウラを肘で軽くつつき宥めたが、シウラを宥めても貴族達の対応は変わるわけがなく再度、罵倒を続ける。



「お前だ!お前に言ってるんだ!」

「下民ごときが俺たちを無視してんじゃねぇよ!」

「さっさと此処から出て行け!目障りだ!」



エルは貴族が一番という考えがどこから来るのか、そしてそのプライドはどの様にして出来上がるのか、人間の真意を考える。同じ人間でも立場が違えば対応も違う、貴族という2文字だけでこんなにも感情に身を任せる者達が何故偉いのかを少し考えた。そして考えるのを止め貴族達を対応するのも面倒なので返事はせずに通り過ぎようとしたのだが、それが癇に障ったのか貴族達は激昂していた。気づいたらエル達の周りには生徒達の大多数が囲んでいた。



(あらら…対応間違えたか?)

『本当に何なんだろうね?

貴族って皆あんな感じなの?』

(大体そうじゃないか?)

「おい!何黙ってんだ!!」

「さっさと出て行けと言っている!!」

「うるせぇな…」

『あっ…』

「…っ!下民ごときがぁぁぁ!!」

(あれ?詠唱を始めちゃったよ あの人)

『今のは…エルが悪いね』

(マジで?)

(エル様、戦闘許可を)

(はぁ…お前は待機)



止まらない貴族の罵倒に嫌気がさし、それに対してエルは明らかに間違った返事をしてしまったが、エルには自覚がない。何故怒るのだろう、何故詠唱を始めているのだろうと自分が原因を作った事に気付いていなかった。それよりも問題なのはシウラである。殺気を表には出してはいないが貴族に対して敵意を剥き出しにし、それが表情に出ていた。幸い顔を隠しているので貴族にシウラの表情は確認できていない、エルだけが気付いていた。エルは詠唱を唱えている4人の貴族への攻撃許可をシウラが待っているがそのまま待機する様に言い後ろへ下がらせた。そして話し合いは無理だと判断したエルは右手で剣を抜く、その姿を見た貴族達は固まった。それはエルの右手に持つ剣が余りにも不自然であったからである。



「……何だ あれ?」

「……刀身が無い…」



貴族達が呆然とした理由は、エルの持つ剣…

刃も無ければ形が無い、刀身自体が無い鍔と柄しかない剣とは言えない物であった。



(さてさて、あの4人の魔法……炎、水、風、雷といったところか

詠唱の長さからして威力も速さも無さそうだが…まぁ考えてもしょうがないか)



エルは一目見ただけで、貴族達の繰り出す魔法の属性を言い当てる。この時エルは〈鑑定〉スキルを使ったわけではなく、普通に相手を見てどんな魔法を繰り出すのかを貴族が放つ前に見破っただけのことである。そんな事はつゆ知らず貴族達はエルの刀身の無い剣を見て冷静な判断が出来ず、怒りに任せ最大出力の魔法でエルに放とうとしていた。



「ナメやがって!!!」

「下民が!!ぶっ殺してやる!!!」



見物人が慌てふためき、教師陣が外へ出て来る。4人の貴族が最大出力で魔法を発動している姿を見て騒がない方がおかしい…

魔法が一斉に放たれれば大惨事になる事が分かっているからである。



(うーん警戒するほどかぁ?

まぁ流石に魔欲込め過ぎてアレが暴発するのはマズイよなぁ…仕方がない)

「シウラ」

「はい?」

「一応後ろに〈防御結界〉を張っといてくれるか?」

「………それは構いませんが、アレをどうなされるおつもりで?」

「相殺よりも消滅の方が安全だろう?」

「成る程…わかりました」

「じゃあ頼むよ 〈錬成〉」



先を読み後のことを考え、視野を狭めず冷静に状況を確認しシウラへと指示をした。

被害を広がるような事はせずに、周りの生徒達にも気を回しエルは動きシウラへ指示を出すとエルは剣に魔法をかけた。練成魔法で刀身の無い剣が地面から浮かび上がる砂、砂利、石、砂鉄が剣へと集まり両刃の剣へと変化する。素材が素材だけに普通ならば鉄には劣る鈍の剣となるが、エルの作る刀身の強度はミスリルにも匹敵する。素材の凝縮を重ねそこら辺の武器屋で売っている物とは比べ物にならないくらいの物であり魔剣の一歩手前の武器をエルは自由に作ることが出来た。



「ふむ、この素材にしては上出来か」

「消し飛べ!火球ファイアーボール!!」

雷撃ライトニング!!」

風刃ウィンドカッター!!」

水撃ウォーターシュート!!」



魔法が同時に一斉に放たれるがエルに動揺は微塵もなく、あるのは落胆、期待外れであった。

エルは4人の貴族の魔法を見た時、並みの魔導師よりも上なのではないかと思っていたが彼らの実力は魔導師の底辺、態度だけがデカいやつというのがわかった。



「遅い」



貴族の放った魔法がエルの剣の間合いに入った瞬間に弾け全ての魔法が完全に消え去った。

魔法を放った貴族は勿論、周りで見物している者達の目には魔法がエルの目の前で消えたという事しかわからなかった。わかるわけがなかった。エルは放たれた魔法を自分の間合いに入った瞬間に、どんなに微かな炎も、どんなに小さな稲妻も、どんなに極少数の風も、どんなに小さな水滴も残さずに魔法によって発生した分子を斬り落としたのだ。貴族の放った魔法は普通ならば避けきれない速度であったが、エルには魔法が当たるまでの時間がスローモーションのように感じていた。これでエルはこの国のレベルの低さを悟った。そしてエルが落胆している中、貴族達は自分の魔法が打ち消されただ呆然とその場に立ち尽くすだけであった。



『(彼らの魔法が遅く感じたのでしょ? 実力差を考えれば何もおかしな事はないけど

でもね、彼らの放った魔法は普通の人から見れば決して遅くは無いよ…

エル…「君が速すぎるんだ」

もう君は人間では相手にならない人を超えている規格外なんだよ

これは、君達が[和名持ちネームド]であるが故の避けられない運命…

女神わたしたちは君達がまだ人として生きていけるよう一部の記憶を切り取り保管する…君達がまだ人であり続けるように

だけどエル…君は例外だった だから私は君が壊れないように見守り続けるよ)』

「ん?」

『お疲れ』



エルはアリスの視線に気付き振り返ると、アリスはエルに向かって微笑んだ。

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