第6話 姿無き者

「お姉様方?」

「「…………」」

「お前、姉がいるのか?」

「……あぁ…まぁな…」

「?…何だ、その煮え切らない返事は…まさか復讐とかそんな感じか?」

「ハハッ…まさか…」

「…そのようなことは万が一にもありません。」

「??」

「アイツらが負ける姿なんて想像できねぇし…そもそも普通じゃねぇしな。」

『………ん?…シウラちゃん…精霊が何か言いたげだよ。』

(え?……精霊が?…どうかしましたか?……上?……!!!!!!?)

『?……げ!!』

「それに…」

「……エル様」

「あ?どうした?」



エルには姉がおり、それが冒険者になる理由にもなっている。ここで騎士長が勘違いしたように勘違いをしてはいけないのが、一般的な物語の中の姉の立場とはかけ離れている…


殺された・攫われた・売られた・行方不明になった


という言葉はこれから先、エルの口からは全くと言っていいほどにその言葉を使うことはない…それはシウラも同じ考えである。そんな中アリスがシウラの体の周りを飛行し騒いでいるところを目撃しシウラに教えると精霊は上空を指差し何かを教えていた。その指差す上空へとシウラは視線を送る。そこには顔を隠していても分かるほどに、顔は青ざめ汗はこれでもかというほどに流れ体は震えていた。その姿を不審に思いアリスも上空へと視線へ送ると、シウラの反応を頷けるものがあった。シウラはそれを全く気づいていないエルに教える。早く気づかなければ大変な目に合うことを予測していたからである。



『エル…上』

「あ〜?上?………」



その後の反応はシウラと全く一緒であり、空を見上げギョッとした。その反応を見て騎士長も上空へと視線をやるが、その目には雲ひとつない快晴の空が写っているだけである。しかしエルやシウラの反応はまるで空に何かがいるような反応をしていた。



「……おいおい殺気流しすぎだろ …それに何時からいたんだ?」

「…エル様がお気づきになられていないのであれば、わたくしにわかるはずがありません」

「お前俺より先に気づいただろ」

「それはアリス様が精霊の異変を感じ、わたくしにお教えくださったからです。」

「精霊が?」

『そりゃそうでしょ…こんな怯えきった精霊を見れば誰だっておかしいと思うでしょ。』

「確かにな…」



アリスの言うことに間違いはない…精霊が怯える事など無いからである。

相手が魔物であろうとドラゴンであろうと魔人であろうと怯える事はない…

精霊は、地・水・風・火の四大元素の中に住まう目に見えない自然の生き物…そして山、川、草木などに宿る魂であり、四大元素のそれぞれを司る四種の霊…死者の霊魂である。その精霊たちが空を見上げ怯えながらシウラに訴えかける光景をアリスは目にしていた。



「なぁ…お前らさっきから何を言っているんだ?精霊だの何だのと…空に何かいるのか?」

「気にするな」

「は?」

「何でもないですよ?」

「??」



「知らぬが仏」、今のエルとシウラは、この言葉を誰よりも欲しがっている。もし、騎士長がアレの正体を知ればドラゴンが上空を通過するのと同じ行動に出るだろう……

それは、武装した兵士や魔導師が集まり一斉に攻撃する事だった。その最悪の事態を避けるべく2人は知らぬふりをした。世の中知らない方がいいこともあるのだ。



「ところで、ギルドの場所はどこ?」

「……あぁ…ここに来る途中に魔導学校を見ただろう?その裏だ」

「随分辺鄙なところにあるな」

「仕方ねぇよ、この国では騎士団は讃えられ、冒険者は税金泥棒と言われているからな…冒険者はこの国では肩身が狭い

あの学校だって殆ど兵士育成学校だ」

「貴族の坊ちゃんが偉そうにしてそうだ」

「よく分かったな、その通りだ」



貴族第一主義、エルはあの会議でこの国の内情を見た。あの会議では、エルの情報を元に対策を考えてはいたが…それは全て貴族の安全を第一とした案ばかりであり国に使える者…騎士長は立場があり出席をしているが、この状況に嫌気がさしているのだろう…会議にギルドマスターやこの国の王の姿はなかった。国王にあってもらうと言っておきながら国王の姿が無く会議が始まる前に騎士長に目で訴えると、国王に会うというのは嘘だというのが分かった。平民を見下した態度をとる貴族たちの会議に出席してもメリットが無いのだ。



「戦場を知らないガキどもが威張り散らしている光景が目に浮かぶ」

「……大半の貴族の御子息はそうだが…1人だけ戦場を知っている奴はいるんだ」

「ほぉ…」

「王城に行く途中に学園の前で会ったやつを覚えているか?」

「ん?…あぁ、彼奴か…確かセンとか言う奴だったな」

「そうだ…あの学園に通っている生徒の中で唯一戦場を経験している奴だ

何なら会ってみるといい学園長には話をつけてやる」

「気が向いたらな」



どの国の貴族の子供は平民を下に見て自分が上であると勘違いをしているものだ。でもその立場は人間でしか通用しない事を貴族たちは分かっていない。人が相手ならば金で解決できる事でも、もし相手が人外であれば他の人間と同じように平伏し命を乞うしか無い、その事を貴族達はわからない。無意味なプライドを掲げ愚かな選択しかしない。エルの言う人が狂っているというのはこういう事である。その狂っている人間の子供が通うところに行く気にはならないが、エルはあのセンという男に少しばかり興味を示していた。見た瞬間に感じた強者の気配を思い出しただけで口角が上がってしまう。そしてエルは王城を後にすると、ギルドに冒険者登録するために向かうことにするのであった。



「行かれるのですか?」

「学園にか?少し興味がある

つまらないとは思うがちょっと付き合え」

「わかりました

では、あの方への……その…」

「普通にしてろ あの人は余程変なことをしなければ何もしないさ

俺たちを逃がしてくれたのがその証拠だ 変なことをするのはもう一人の方だ」

「…………そうですね」

『私が話を聞いてこようか?』

「止めろ…変に動くと最低1ヶ月は動けなくなる」

『前から思っていたけど相変わらずっていうかさ……愛が重いって言うか

過保護すぎると思うんだよね』

「それを本人たちの前で言って治ったらこんなに苦労してないよ」

「そうですね」



エル達は上空にいるものへの警戒を解く事はなく動き出す。下手に動けば自分達の身が危うい事を承知しているからであった。そして、騎士長は学園長へエル達のことを伝えるために魔法で手紙を飛ばしギルドへ向かったエル達を見送った。



「エル・スカーレインか……あのスカーレイン家にあの者がいたとはな…」



エルの後ろ姿を見て一言呟き騎士長は王城へ戻る。

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