61-7 明けまして……おめでとう
「お兄ちゃん……なんで泣くの? どうして?」
栞を見つめているはずなのに、栞の顔が歪む、顔に手をやると水が……ああそうか、俺は泣いているのか。
小説を読んでたまに泣く事はあった。でも普段の生活で泣くような事は……あ、まあ時々あるけど、ボッチ飯とか……いや、そう言う意味ではなく、実際に涙するような悲しい事は物心ついてから殆ど無かった。なのに、なんで俺はこの数ヶ月の間で2度も……しかも栞を見て泣くんだ?
「お兄ちゃん! ごめんなさい、また私が、私が何かしたの? 言って、直すから、何でも言って、お兄ちゃん!」
栞が俺の手を握りそう言って来る。いや、そんな物はない……でも……声が出ない。手を握られて……今度は声が出なくなっている。
「お兄ちゃん!」
「し、栞は……何も……悪くないから……」
俺は振り絞ってなんとかそう声を出した。今はこれが精一杯、自分の感情が抑えられない。身体が制御出来ない。
「でも……だったら……なんで……」
「ごめん……違うんだ……栞は……本当に……全然悪くない……んだ」
「お兄ちゃん……」
ああ、くそぉ、動け俺の身体、出ろよ俺の声……泣き止めよ俺! 今お前の大事な妹があんな顔してるだろ! お前は嫌いなんだろ! あんな顔をする人は! 助けろよ! 大事な妹を!! 救えよ! 大事な人を! お前は今まで他人ばかり助けて、肝心の一番大切な人を助けないのか!!
『俺の大事な人……栞を救えるのはお前だけだ』
俺は気力を振り絞って椅子から立ち上がり、俺の前に正座している栞に近寄る。
栞は俺を悲しそうな顔で見つめている。悲しそうな顔……あの時と同じ顔……俺に別れて下さいと言ったあの時と同じ顔……もう二度と見たくない顔を、もう二度とさせたくない表情を、そんな思いを、また……栞にさせてしまった。
「お! お兄ちゃん!!」
そう思った瞬間に…………あれ? 今度は勝手に身体が動き始めた……そして俺の視界から栞が消え、物凄く良い匂いと物凄く良い感触が俺の脳を襲った。
なんだ? 今度は何が起きてるんだ?
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
俺の耳元で栞の声が……さらに視界が変化する。さっきまで見えていた扉が見えなくなり、今は床が見える。物凄く近い距離で床が……そして俺の前方から襲う柔らかい感触がさらに強まる。
今度は俺の背中から何か押し付けられ、全身を包まれる様な感触が襲う。さらに俺もその柔らかい物を包んでいる感触が………………何がなんだかわからない……これって一体………………あああああああああああああ!
これって…………いわゆる、押し倒して抱きついているって事? ええええええええええええええ?
これ以上動けない状態になると俺の頭が少しずつ冷静になってくる。視界は床、俺の耳から吐息が、俺は何か柔らかい物に抱きついている。そして抱きつかれている。
さっきまでいた栞が今は見えない、これは要するに俺が栞を床に押し倒しているって事以外に考えられない。
「お兄ちゃん…………」
「うわうわあううぇおないうけおあけぃあ」
耳元から聞こえる栞の甘い声に俺は慌てた。いや、だって今は春のBAN祭り開催中だろ! ヤバイってマジでヤバイって、これはヤバイ、まずい、離れないと!
俺は栞から離れようとしたが離れられない……なんだ? また身体が動かないのか? いや、違う……俺の背中に回っているのは栞の腕だ。なんだこの怪力は、動けない、苦しい……
「し、栞、腕を、腕をほどいて……」
「や!」
「あの、や、じゃなくて」
「いや!!」
「いやいやいやいや、本当まずいから、ダメだからこういうのは」
「お兄ちゃんからしてきた癖に!」
「いや、本当そうなんだけど、それは謝るから、お願いします」
「もうちょっと!!」
「いや、もうちょっとって…………ど、どれくらい?」
「せめて美月ちゃんが帰って来るまで!」
「いやそれはもっとまずいだろ! 小学生の前で、こんな状態を見られるって、その……」
「だって! お兄ちゃん今日ずっと美月ちゃんとイチャイチャしてたのに!! たまには良いでしょ!!」
「いや、えっと……」
なんだこの展開は、シリアスな状況じゃ無かったのか?
「怖かったんだから、お兄ちゃんに嫌われたって思ったんだから、少しくらい良いでしょ! こうしていると落ち着くから……お兄ちゃんの重さが心地良いから……だからお兄ちゃん……もう少しこのままで、お願い……もう少しだけ」
「いや、あのって……いやいやいやいや、足を絡めるな! これ以上密着しないでお願い、マジでヤバイ……」
ヤバイってこれはヤバイ、旗から見たら凄い格好だ、だいしゅきなんとかって奴だろこれ……
挿し絵が無くて本当に良かった………………
そのままの格好で数分が経過……あの栞さん……そろそろ美月が……
「お兄ちゃん……落ち着いた?」
「落ち着いたから……そろそろ、美月が……」
俺がそう言うと栞は俺の腰に絡めていた足を外し、腕の力を緩めた。
俺が腕立て伏せの要領で栞からゆっくりと身体を離す。丁度床ドン状態になった時、栞の顔を見た。今度は、はっきりと見えた。栞の顔をはっきりと見る事が出来た。
栞は俺を見て、凄く幸せそうな顔で微笑んでいた。凄く綺麗で、凄く可愛いく
て、凄く愛しくて、そんな感情が俺の中で沸き上がった。
ああ、そうなんだ……俺はその顔を見て、栞の幸せそうな顔を見て確信した。
美月の言っていた事は正しいって事を……
そう……俺は間違いなく栞に……惚れている。
俺は初めて人を好きになったって事を……これが、もうどうしようもなくなってしまう、この気持ちが……恋なんだって事を……俺は……確信した。
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