第24話 Surprise attack

「上じゃ派手にやってるようだな」


 床を切り裂いて地下階へと降りたトッドは、少しばかり楽しげに頬を歪めた。

 断続的に伝わってくる振動や破壊音は、ステフに連絡した辺りからひときわ激しくなっている。

 寧は制服のスカートについた埃を払いつつも、左手は間断なく端末を操作し、周囲の索敵と欺瞞を続けている。


「朗報です。地上への増援として、研究所内の動力装甲服パワードスーツが九人ほど向かいました。これで最短ルートを通った場合の遭遇人数は六人にまで減りました」

「監視に引っかからない伏兵の可能性は?」


 寧の能力を疑ってはいないが、今は研究所の基幹システムを使った監視への干渉に過ぎない。短時間でなら誤魔化す術は幾つもある。敵が陽動だと気がついていれば――十中八九気がついているだろうが――逆手に取ってくる可能性も高い。


「ありえます。油断はしないでください」


 あっさりと肯定する寧は、整った顔に渋面を作っている。

 普段の自分ならあり得ない状況に、ただの人間の出来る事しか出来ない自分に歯がゆさを感じているのは一目で知れた。

 泣いて震えていた時に比べれば立ち直ってはいるものの、拠り所としていた超能力が殆ど使えない事に慣れるのはまだ時間がかかるだろう。


 だが視線に気づいた寧は表情を消してトッドを見上げた。


「私ばかり見ていないで、周りを見ていてください。今の私には死角が存在するのです」

「済まんね。見とれてたと言ったら信じるかい?」

「私の誘いを断ったばかりで冗談はやめてください。ステファニーに言いますよ」


 軽い冗談へのカウンターは、ステフをただの一言で手酷くむくれさせるスイッチだった。降参とばかりに両手を挙げると、溜飲を下げたのか寧は悪戯っぽく笑った。


「戦力差を見誤らず、すぐに降伏するのは良い心がけです。その心がけに免じて、今の一言は私の心の中だけに、大事にとどめておきましょう」

「是非そうしてくれ。うちの娘は多感な年頃なんだ」


 言い回しに引っかかるものを感じながらも、更なる失言を避けるべく、トッドは表情を引き締めるとガウスライフルを構え直して歩を進める。


「……それは私もなのですけどね」


 トッドの背中を見つめる寧は、口の中だけで呟いた。




 研究所の通路を足音を潜ませながら進んでいくと、寧は足を止めて起動させたままの投影式モニタを指し示した。

 そこに表示されているのは『角を曲がった先、動力装甲服パワードスーツが三体。距離十メートル』との短い文章と共に、監視カメラからの映像を映し出している。

 全高二百二十二センチ、総重量三百六十キロにもなるマクファーソンカンパニー製の動力装甲服パワードスーツ、モデル2139HX。室内への突入を考慮して体格そのものは小さめだが、その出力と防御力は重サイボーグなど歯牙にもかけないレベルにある。持っている武器は貫通を考慮してかガウスSMGサブマシンガン――恐らく弾頭は炸裂弾――だが、二人にとっては十分な脅威だ。

 対センサー機器は全力で作動させているが、近距離では動力装甲服パワードスーツのセンサーを誤魔化しきれるかは、少々分の悪い賭けになる。なにより光学的な欺瞞はされていないので、相手がこちらを向いているだけで発見されてしまう。


 寧は投影したモニタの文字を変更し『どうしますか?』と尋ねる。

 手持ちのガウスライフルの弾種は徹甲弾。この距離で撃てば正面装甲以外ならスペック上では貫通出来る。ただし動力装甲服パワードスーツの中身が重サイボーグである事はほぼ確定だ。終端装置T・デバイスの者が生身や軽度のサイボーグと予想するのは楽観的に過ぎる。

 トッドは自分自身が同じ状況に置かれたとして、どこまで反撃が出来るかを推測し、ガウスライフルによる強襲は次善の策プランBとした。自分と同等かそれ以上の機械化が行われていれば、全滅までに一人くらいは相打ちに出来るとの目算だ。


 軽口でも叩きたいところだが、時間も無ければ音を立てる訳にもいかない。

 トッドは答える代わりに太ももにくくりつけたホルスターから、大型の拳銃を引き抜いてみせる。

 それは拳銃というにはあまりに重く、大きい。ガウスライフルの機関部と同等のサイズだが口径はその四倍近い。

 アメリカのいかれたガンマニアが個人で製作販売している、口径16mmの対装甲ガウスガンだ。拳銃サイズでの破壊力のみ・・を追求したこのガウスガンは、その重量と反動から重サイボーグでも使用をためらい、トッドの影響で大火力兵器には理解のあるステフですら「馬鹿みたい」と評したほどだ。


 自慢げに見せつけるトッドに呆れたような視線を送りながら、『そんな物を使うとは本気ですか?』とモニタに表示する。

 トッドは対装甲ガウスガン――メーカーのつけた特効薬パナシーアとのネーミングも気に入っていた――を構えると、細く絞った唇の隙間からゆっくりと息を吐き、そして止める。

 そして一際大きな振動が建物を揺らした瞬間、曲がり角から上半身だけを出して三連射。16mm徹甲榴弾は動力装甲服パワードスーツの頭部装甲を貫き、小さな破裂音と共に三体の動力装甲服パワードスーツはくずおれた。


 抑えきれない反動に手首が痺れるが、それを差し引いても特効薬パナシーアの威力は目的を十二分に果たしてくれた。体内、それも頭部に食い込んだ弾丸が炸裂しては、いくら耐久性を高めた重サイボーグでもただでは済まない。


「いやぁ、買って良かったわ、これ」


 得意げ特効薬パナシーアをホルスターに収めたトッドに対し、寧はあからさまなため息をつく。


「意外と……いえ、予想以上に子供っぽいのですね」

「男ってのは幾つになっても童心が残ってるもんだ。障害は排除したんだからいいじゃ――」


 当座の敵を排除し、足を進めようとした時にそれは起こった。

 後ろを歩く寧へと肩越しに振り返っていなければ、気づく事もなかっただろう。

 壁から僅かに突き出た何かが、そのまま壁面を走り消える。それが瞬きほどの時間で三度。

 三角形に切り取られた壁を打ち破り、廊下を踏みしめるが早いか二人へと突撃してくる男――アルフだ。


 破壊音も無く、一切の音をさせずに壁を突き破って現れたアルフは、その右手に持った手斧を横薙ぎに振るった。

 狙いは寧。その細い首に向けて刃が迫る。

 超能力の殆どを失っている寧は、不意打ちに気づいていない。その視線は投影式モニタに注がれている。


 トッドの決断は迅速だった。

 肩を抱くように寧を引き寄せると、ガウスライフルを向ける。だがアルフは刃の軌道上から寧が外れたと見るや、振り切る勢いのままに斧を投擲する。

 旋回しながら迫る手斧から少女を庇うようにしながら、ガウスライフルの三点バーストで迎撃。砕け散った破片が戦闘用ベストを貫いてトッドの体に潜り込み、刃の一部は皮下プレートをも切り裂くが痛覚を遮断ブロックして無視する。

 手斧を砕いた弾丸は軌道を変えながらもアルフの胸や足に着弾するが、大きな火花が散っただけで意に介さず突進し続ける。


 ガウスライフルの弾丸が空気を切り裂く音も、高硬度合金の手斧が砕ける音も一切の音が消えた中で、アルフは大きく開いていた口を歪めて笑う。

 腰だめに構えたガウスSMGサブマシンガンの銃口が二人に向けられるのを見て、トッドは恐らく産まれて初めて完全に不意を打たれた・・・・・・・寧を、自分の後ろへと放り投げながらガウスライフルの銃爪ひきがねを引いた。

 僅かに遅れてアルフのガウスSMGサブマシンガンも火を噴き、至近距離で二人の男はそれぞれ数十発の弾丸をその身に受けた。


 弾頭としては軽く威力の低い炸裂弾は、戦闘用ベストに仕込んだプレートや自前の抗弾性強化皮膚、そして積層カーバイトの皮下装甲に阻まれた。だがまだ普段ほどの厚みのない耐衝撃脂肪層は、連続して起爆する炸裂弾の衝撃を止めきれない。

 衝撃にこみ上げる血を吐きながら、お互いに弾倉が空になるまで撃ちきると、トッドはふらつく足に力を込めた。

 仕込んだプレートは歪み砕け、ベストはぼろ布になっていたが、体内に潜り込んだ弾丸は一発もない。骨や内臓へのダメージは、溜まっていたアドレナリンを全て開放する事で無視する。


「おいおい、挨拶も無しかよ。礼儀がなってねぇな」

「これは失礼。あまりに良いタイミングだったので、つい、ね」


 アルフは着弾の衝撃を殺すように撃ちながらも飛び退いていたが、一見しての傷はトッド以上だ。

 スーツが引き裂かれ、金属製内骨格を覆った生体組織も大きく削げ落ちている。だが至近距離でガウスライフルを撃たれたにしては、露出した内骨格の傷は浅かった。

 内骨格の表面には幾つもの放電が発生していたが、それもすぐに収まる。それが機械的な損傷でない事は、平然としているアルフを見れば分かった。


「アルフ・リッケンバーグ……!」


 少女の口から出るには似つかわしくない、低く唸るような声にも当のアルフは張り付いた笑顔を崩さない。それどころか大仰に手を一つ叩いて、トッドの影にいる寧に視線を向けた。


「トミツ技研の魔女も息災で何より。ステファニー・エイジャンスが生きていた時点で、貴方が死んでるとは思っていませんでしたがね」


 弾切れになった銃を無造作に投げ捨てながら、口角を上げて白い歯を見せると、一つ立てた指で露わになった金属の胸板を軽く叩いた。


「僕たちの役目は君たちの足止め。僕が動いた時点で、君たちの捜し物は移動を開始した。勿論の事だが、僕たちが君たちを殺せばそれでもいい。僕に君たちの武器が効かないのは今見た通りだ」


 二人の隙を作るために、アルフはあえて情報を漏らした。

 口にした事が全てではないが、嘘は混ぜていない。

 超常的な勘の良さを持つ寧に対しての揺さぶりとしては、予想に近しい反応が返ってきた。


「トッド。アルフの言う事に間違いはないでしょう。ここで時間をかけていては……」

「寧。これを持ってけ。捜し物が見つかったら連絡頼むわ」


 トッドは腰の後ろのポーチから、掌ほどの積層カーバイトの容器を出して背後にいた寧に放り投げた。合金製の外殻と衝撃吸収材で守られている中身は、マクファーソンカンパニーが狙うデータチップだ。

 容器を受け取った寧は僅かに息を飲み、腰のポーチに仕舞う。


 突入に際し、三人はデータチップの保管場所に頭を悩ませた。

 動かせる人員に勝るマクファーソンカンパニーを相手にして、下手な場所に隠せば守る事も出来ずに奪われてしまう。

 陽動役のステフが持っていたのでは、幾ら頑丈な容器に保管していても壊れる可能性がある。寧が持ち歩く案はステフの強硬な反対にあい、消去法でトッドが持ち歩く事になっていた。


 ステフが知れば考えが甘いと怒るだろうが、今の寧は信頼に足る相手と思っている。将来的な危険はあるとしても、少なくてもこの事件が解決するまでは背中を預けられると感じた。

 その直感を信じ、最大のアドバンテージであるデータチップを託した。

 アルフに見つかった以上、基幹システムへの干渉も何も無い。超能力は使えなくても、人造人間である事に変わりは無い。

 重サイボーグに過ぎないトッドより、生き残る可能性もデータチップを守れる可能性も高いだろう。


「いいのですか?」

「構わん、いけ」


 背後からの声に視線を逸らさずに答える。

 彼我の距離は四メートルもない。いつあの砲弾じみた拳が飛んできてもおかしくない距離だ。

 しかしアルフは二人に対し、武器を抜くこともなく両拳を胸の高さに上げて、張り付いた笑みを深くしただけだ。


「さあどうぞ。また後で会いましょう」


 トッドを殺してから追いつけば良い。

 アルフには自信に溢れた言葉を裏付けるだけの機能がある。

 寧は一瞬だけ逡巡した後、トッドに背を向けて走り出した。


「また会いましょう、トッド」


 寧の気配が離れていくのを感じながら、まだ栄養が戻りきらず引き締まったままの顔に小さく笑みを浮かべた。


「名指しで言われちゃあ、期待に応えなきゃいけないよなあ」


 そしてトッドはその笑みを深く、獰猛なものに変えていった。

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