幕間2
そして俺は夢を見る 罪
###caution!caution!caution!caution!caution!###
このお話に非常におっ……もいものとなっています。
ギャグ・コメディとうたっておきながら、そこに投下されるわ、両手に持ってグルグル回った結果巨大化した爆弾でございます。
中身は琴音ちゃんの謎を一つ明らかにするものの為、読まなくてもいいよ!とは言えないのが辛いところです。
なので、
覚 悟 し て 読 ん で く だ さ い 。
※始めに言っておきますが、この物語はハッピーエンドで終わります。
絶対にバッドエンド、トゥルーエンドにはなりません。
琴音ちゃんは幸せになります。
###caution!caution!caution!caution!caution!###
俺には妹がいた。
三つ下の妹。
兎に角元気で煩くて、いつでも俺に付いてきていた。それでいて口うるさかった。
今となっては、おお来い来いなんて言えるが当時の俺はまだまだガキで、いつでもどこでもちょろちょろと動く琴音のことが正直うざかった。
なんで付いてくるんだよ。なんでお前はどうでもいい事で突っかかってきたりするんだよ。
当時の俺は琴音に対する不満ばかりが募っていた。
「だからこそあの時私を助けなかった。本当は居なくなって欲しかったから」
「違う!」
「じゃあ何故あんたは涙すら流せなかったの?大切に思っていたのならさ……居なくなって欲しいと思っていたからこそあんたはあの時何もできずにいた。そうでしょ?」
琴音の姿をした罪の意識は俺を責める。
あの時――。
あれは小学6年生の頃。
今のように2度目の人生って訳でもないので、これからどうなるかなんてのはわからなくて、それでいて何をしていけばいいのかもなんてわからなくて。それが所謂普通なのだけれど。
兎に角目の前のことしか見えなくて、と言うより目の前のことさえ見えていなかったのかもしれない。1つ言えるのは今という時間をなあなあにただ生きていた。
難しいことは全部親に任せきりで何か困れば助けてくれる存在というのが当たり前に存在すると思っていたのだ。
その日もいつもの様に友達と遊ぼうと、学校から足早に家に帰る。
「けーいち。歩くの早い」
「お前がもっと早く歩けばいいじゃん」
学校の校門で俺を見つけた琴音はそのまま俺の後ろを付いてきた。
友達と帰ればいいのに、どうしてわざわざ俺のとこに来るのか。だいたい、妹と一緒に帰ってるところなんて見られたら他の奴らになんて言われるか。
「今日どっかいくの?」
「別にどこでもいいだろ」
「おれも行く」
はぁ、来たよ。
一緒に帰るのでもあれだって言うのに、あまつさえ遊びに行くのにも付いてくるとなれば、とやかく騒がれるに違いない。俺は弄られるのは好きじゃないんだ。
因みにこの頃の琴音は自身のことをおれと呼んでいた。理由はまぁ男兄弟の真ん中だったからだろう。
「くんな」
「なんでさ!」
「うざい」
「いやだ!おれもいく!」
イライラする。
どうしてこいつはこっちの気持ちも考えずに付いてこようとするんだ。お前にはお前の友達がいるだろう。だからこっちに来る必要なんか全く無いはずだ。
既にまともに相手をするのもめんどーでぶっきらぼうに否定する。しかし、それでも琴音はおれもいく!おれもいく!と、言葉を覚えたセキセイインコの如く繰り返す。
流石に返すのもだるくなってきたので、俺はうるさ過ぎるBGMを背に足早に帰宅した。
「ただいま」
「あらお帰り」
家に着くとお母さんが廊下からヒョコッと顔だけ出し応答した。
後から琴音もただいまーと言うと俺の後を付き子供部屋に行く。
うちは結構狭い家なので、個人の部屋というのは存在しない。子供たちはみな共同部屋で過ごすのだ。故にプライバシーなど何もあったもんではない。
俺はランドセルをボンと机の上に置き、身軽なまま部屋から出る。すると琴音も同様にするではないか。
こいつは……。
「けー、あんたどこさ行くの?」
「遊びに」
「だからその遊びに行くのにどこさ行くのさって」
別にどこだっていいだろ。このやり取りがもうだるい。いつも同じとこに行ってんだしわかるだろ。
「いつものとこ」
「はぁ……長白公園ね?それぐらい面倒くさがらずに言いへんが……6時前には帰ってきなさい」
「ん」
お母さんは疲れたようにそう言うとベランダに向かって行った。どうやら洗濯物を取り込んでいるらしい。
俺は後ろを気にするようにササッと玄関を出て自転車に跨る。琴音は俺と同様にお母さんに捕まり質問を受けているようだ。
どうせすぐ出てくるだろうが、全力で自転車をこぐ。家をちょっと進んだ先にT字路があるのでそこを越えてしまえばやつも何処に行ったかなどわかるまい――。
「けーいち!早い!」
「……」
はえぇよ。
無駄にはえぇーよ。普段はそこまで機敏じゃない癖になんでこーゆー時は神速なんだよ。
俺は目論見が外れ盛大にため息をつく。
俺は交差点でちょうど赤信号になってしまったのでそこで立ち止まり振り返る。
「あのさぁ、付いてくんなって言わなかった?」
「しらない。おれもこっちにようあるだけだし」
「別の道で行けよ」
「なんでさ!」
我ながらに凄まじい横暴だと思う。だが、当時の俺は確かにイラついていた。自分を縛ると言うか、そういったものが凄まじく嫌だったのだ。
それは琴音だけじゃない。お母さんもおばあちゃんもそうだ。あれやこれやと、ズカズカものを言って来ては邪魔をされる。自分の楽しみだけが正義でそれを邪魔するのはすべからく敵だったのだ。
だからこそ、琴音という存在は俺の中で1番の敵だった。
俺は琴音の言い分に腹が立ち、遂に爆発する。
「あぁ!もう!ウザイんだよ!いっつもいっつも邪魔して!どっか行けよ!ついてくんな!お前なんて――」
消えちまえ!!
そう言おうとした瞬間だった。
俺は琴音に突き飛ばされた。
何の身構えもしてなかったことと、思いの外強い力に簡単に横へと吹き飛ばされてしまった。
この野郎!こいつ手を出してきた。そっちがその気ならこっちだってと思った時、けたたましい爆音が耳をつんざく。
全てがスローモーな世界。
音も置き去りにして、0.1倍速ぐらいで進む時間。
その世界で俺は呆然としながら目の前の光景を見る。
黒の軽自動車が琴音に向かって行く。琴音は俺に両手を突き出した状態でこっちを見ている。
その顔には真っ暗な影がさしているようで表情はわからない。
泣きそうなのか、怒っているのか、それとも笑っているのか。
ただ、口元だけははっきりと見ることができた。
琴音はナニカを呟くかのように口を動かす。
音のない世界では彼女が何を言ったのかなど理解できない。読心術を習った訳でもない俺にはその口の動きからどんな言葉を放ったのかなど理解できなかった。
車と琴音の距離はわずか数十センチ。
今から声をかけようが、はたまた突き飛ばし返そうとしようが絶対に間に合わない残酷な距離。
俺はそのどちらもする予備動作すら行うことなく瞬きを1回。次に目を開いたその瞬間、世界は元の時間の流れへと遷移する。
鈍い音と悲鳴の様なブレーキ音が辺りを支配する。
交差点を流れる車は、皆止まり、何事かと降りてくる。
交差点の向こう側では白の普通車が歩道に乗り上げ横転している。よく見てみれば脇っぱらが凹んでいるので、黒の軽自動車がそこに突っ込み衝突したのだろう。
俺は恐ろしい程に冷静にそんな事を考えながら目の前を見る。
黒の軽自動車は電柱に激突しフロントガラスが割れている。サイレンのような警告音と煙が空へと登っていく。
そして少し左に視線をずらせば地面には点々と紅の花が咲いている。
それを辿るように視線を動かして行けば否応が無くも視界に入るのは――。
「……ぇ?」
自分でも驚く程掠れた声が出る。
だってそんなこと思うだろうか?
いくら消えちまえ、なんて思ったところでそれが現実になるなんて誰が想像する。そんな非現実的な事象などマンガやアニメみたいなフィクションだけで十分だ。
じゃあ目の前に広がる光景はなんだ?
俺は今何を見ているんだ?
コレは、なんだ?
俺は頭の中で核爆発でも起きてしまったかのように、様々な感情が、考えが吹き飛んでしまった。
無を抱えて見事に咲いた大輪の花の中心に近付いていく。それはさながら花の蜜に近寄る虫の如くフラフラと。
近付けば近付くほど紅の花を踏みつけ、ぱしゃりぱしゃりとそれには見舞わない程軽い音を立てる。
大した距離などないのだからすぐに辿り着く。しかしその距離は今まで体験したどの距離よりも長く重く感じた。
そしてぱしゃりと一際大きな音を立て花の中心で膝をつく。生温かな花弁で膝もズボンも濡らす。
「……なにやってんの?」
俺は花の中心にいる人物に声をかける。
周りは様々な悲鳴やどよめきで騒々しい。だが、今この場所は確かに静寂で、俺と花の中心で横たわる琴音だけの世界があった。
琴音は虚ろな瞳を俺に向けると、震える唇を動かした。
「……っ……ぁ……ね……?」
蚊の鳴くような声とはこういう事を言うのだろうか。ことねの声は少しでも風が吹けばかき消えてしまいそうなものだった。
きっと俺以外の人間には全く聞こえなかっただろう。
この喧騒の中だ。誰一人として聞こえていない。だが静寂の中にいる俺だけは確かに聞いたのだ。そしてだからこそ俺はーー。
「……お前、何言ってんの?」
――兄弟は仲良くしないとね?
今の今に言うことだろうか。
頭の悪い俺でも分かっていた。これは間違いなく今言う言葉ではないと。今言うべきは助けて!とかお前のせいだ!とかであって決してそんな事を言うべき時ではないのだ。
いつものお前らしくもなんてない。
どうしたよ?
いつものようにワガママを言えよ。
いつものように憎まれ口をきけよ。
いつものように。
いつものように。
いつもの、ように。
「……も……っ……ぃ……ょ…………せ……っ……く…………の…………せか……ぃ……た……っ……た……ひと…………の……な……んだ……ら」
――もったいないよ。折角の世界でただ一つだけの家族なんだから。
やめろ。
「み……ん…………ょ……ぅし…………ね……ぉ……にぃ……ち……ゃ……?」
――みんなをよろしくね、おにいちゃん?
「やめろぉぉぉぉぉおおおおお!」
俺は琴音を抱く。
体中に紅がつこうと構わず、必死に手繰り寄せ抱きしめた。
瞳にはもう光の欠片しか残っていない。それが琴音の魂の残り火なのだと訴えている。
だが俺は信じられなかった。いや、信じたくなどなかった。無駄にこういう時だけ敏い自分を激しく呪った。
琴音は俺に抱きしめられると、腕を震わせながら伸ばし、そして、俺の頬に手を当てた。
やめろ。
まるで最後にその感触を確かめようとするかのように触れるな。
琴音は紫に変色させた唇を動かす。
「…………ーー」
「君!早くどいて!その子を担架に!出血が酷い!」
その言葉を聞くその瞬間、琴音は俺の腕から離れ担架に乗せられた。
そこから先は覚えていない。
しっかりとその光景は見続けていたのに覚えていないのだ。まるで電車の窓を流れる景色のように、ただの背景と化しあるのは無だけだ。
そして気付けば病院ではなく火葬場で、気付けばお墓の前で、気付けば……家族は1人減っていた。増えたのは遺影だけだった。
この時だろう。
俺がコワレテしまったのは。
俺が犯した罪は、妹である琴音によって呪いとして背負うことになったのだ。
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