生首キャッチ(遭遇編)

 バスケットボールが床を叩く音とバレー部の掛け声が満ちた体育館はどこかかしましい。男子たちは揃って外に走りに行ってるらしかった。


「おお、注汲つぐみよく来てくれた」


 吊森つりもりは俺に気付き駆けてくる。すらりと伸びた手足は、何故か屋内競技なのに日焼けした肌でより一層細く見える。


「幽霊出た?」


「出てたら練習してない」


 ごもっともである。

 周囲を見渡してもありふれた放課後の風景だ。まぁ、いつもの様子なんて知らないんだけども。


「幽霊がいないんじゃ俺に出来ることはないな」


「そうだなぁ、何しに来たんだって話だもんな」


 失礼な奴だな。


 そう言えば、俺が自ら好んで幽霊に会いにくることなんて初めてではなかろうか。いつも偶然出くわしたり、向こうから寄って来たりで遭遇しては逃げたり戦ったりしているけど、会いたい時こそ会えないのが幽霊なのかもしれない。会いたくない時に限ってやって来るのが彼等なのだろう。


「しばらく部活動見学でもしてたらどう? なんなら練習に混じってくれても構わないけど」


 帰ってもいいかと聞こうとしたところでそんな提案をされてしまった。

 誰が好き好んで女子バスケットに混じらなけりゃならんのだ。たとえ帰宅部vs.バスケ部とは言え、女の子達より下手くそな姿は晒したくないから首をゆっくりと横に振った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 柔軟やらパス練習が終わり、試合形式の練習が始まるとなかなかに退屈しなかった。見ているうちに上手な奴とそうじゃない奴の見分けがつくようになって来る。吊森つりもりは飛び抜けてと言うわけではなかったけれど、なかなかに上手い方らしい。華麗なレイアップシュートが何度も網を揺らす。

 そして何より、普段教室で見られない彼女の姿は新鮮で、ただぼーっと見ているだけでも飽きはしない。


「こうして見ていると、汗を流す少女達を眺めているあなたは変質者そのものよね」


 月叢つきむら すさみはボソリとそう言った。

 確かにそうかもしれない。


「いやまぁ……でもさ、今回はちゃんと理由があってここにいるんだから良いじゃんか」


「それは側から見ている人にはわからないでしょう? ほら、あの女子なんてずっとあなたを怪訝な目で見ているわよ」


 冗談じゃない。こちとら頼まれてお前達のためにやってるんだぞと多少の憤りを感じるべきところなのだろうか。


「人が何を考えて、何の理由や目的があってそこにいるのかなんてわからないものよね。

 それを口に出すべきなのかどうかも、きっと後になって悔いるべきことなのだとしても、あなたなら誤解されたって迷うことなのでしょうね」


 難しい言い方だ。正直、俺にはよく理解できん。


「あたしと同じね」


注汲つぐみ!」


 ハッと我に帰る。響いたのは吊森つりもりの声だった。

 隣にすさみの姿はない。


「あれ!」


 吊森つりもりの指差す方向、ひとりの生徒がこちらに背を向けて立っていた。手にはボールを持ち、たまに床に叩きつけてはまた両手でキャッチしている。


 件の幽霊が現れたのだった。

 ゆっくりとその背中に近寄る。息を飲んでその様子を見守る部活動生達の視線を浴びながら、どことなく緊張を孕ませていた。

 今し方まで見ていたすさみの夢。俺はあいつがいなくてもこの幽霊を倒すことができるのだろうか。そんな大切なことに今気が付いた。


 立ち止まる。

 ボールを持ったまま幽霊は俺を向いた。長い前髪が邪魔をして顔は見えなかった。男なのか女なのかもわからない。

 突然、その手から放物線を描くボール状の物。噂では生首らしい。だからこいつの顔が今は見えないのかなんて考えていた。

 俺はボールを受け止め、それでも幽霊を見つめ続けた。

 簡単な解決方法だ。生首に驚いてボールを落としてしまうのなら、そのボールを見なければ良いのだ。

 しかし俺に与えられた使命はこの幽霊を祓うこと。だから、これで終わりではない。

 意を決して手元のボールに視線を落とす。


「……何してんだ、こんなところで」


 それはすさみの顔をしていた。

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