終焉のオルゴール(解決編)


「あぁ、人間なんて滅んでしまえば良いのに……なんて思ったことはないか?」


 雪鳴ゆきなりさんはとんでもなことを言い出した。いたって朗らかな表情であるが、言葉は持ち込み禁止になり得る危険なものだ。

 って言うか、言ってる奴がいたらあんまり近付きたくない台詞だな。


「死にたいなぁと思うことはあっても、人類を道連れにしようとまでは思ったことないっすね」


 温厚が服を着て歩いている事で有名な注汲つぐみ少年とは俺の事だよ? そんな過激な思想は持ち合わせて無いし、人類皆友達を座右の銘に掲げかけたこともある。

 友達なら一緒に死んでくれなんてヤンデレじみた事も言わないしね。


「そんなあなたにこの一品や! じゃじゃーん!」


 これ、キャッチボールできてる?

 野球ボールを投げ返したつもりが、帰ってきたのは夏ミカンだった……みたいな状態だ。うん、意味わからん。


 そんな俺の気持ちもつゆ知らず彼女は得意げ。

 俺の心中はげげげ……上手い。


「なにに使う物やと思う? はい、注汲つぐみ!」


 挙手する前に指差さないで欲しい。手をあげるつもりもないけど。


「話の流れとその名前からして、世界を終わらせることが出来る道具ですかね?」


 回答を終えたところですさみは鋭い目つきをこちらに向ける。


「……ちょっと注汲つぐみ君、ここは嘘でもわからないフリをするところよ」


「そうよなぁ。注汲つぐみあんたモテんやろ」


 いやいやいや、モテるよ。女の子と付き合った事も告白された事もないけど確実にモテる。

 雪鳴ゆきなりさんから言われるとへこむんだよなぁ、すさみから言われても涙が流れるだけなのに。なんか不思議だね。


「今あんたが言った通り、このオルゴールを回せば世界が終わってまうんやと。

 昨日店長の部屋から勝手に持ってきたんだけど、ちょっと怖くない?」


「いやいや……ちょっとどころじゃないでしょ。かなり怖いっす」


 店長とはこの古書店の主人のことであるが、俺はまだその姿を見たことはない。いつも店頭で迎えてくれるのはこの麗しき女子大生だからだ。


 ところでなにが怖いって、そんな物騒なもんを勝手に持ってきちゃう雪鳴ゆきなりさんが恐ろしい。

 案外この人もまともではないのかもしれない。綺麗なバラには棘があるって言うし、寧ろ魅力的だけど。


「あいにく注汲つぐみ個人を葬ることができるわけやないけど、まぁ月叢つきむらちゃんにしてみれば似たようなもんなんやないかな?」


 全然違うと思うけど。


「なるほど、確かにそうとも言えますね」


 やっぱり全然違うと思う。


 俺一人死んだくらいでこの世は何にも変わらないけど、逆はそうじゃないことくらい知っている。俺が特別な存在でないことなんて、わりかし昔から知っていた。

 どちらかと言えば、すさみの存在が消えてしまう方がこの世界に波紋を生み出しそうなものである。


「これ、鳴らしてみたいなぁ」


 うっとりとした目付きですさみは言った。


「えぇ……そんなこの世に絶望してんの? 悩み事あるなら聞くけど」


 お気楽能天気を突き進んでいるようで、こいつにも思い悩む事があるんだな……。

 そういや昨日もおやつ勝手に食べられて怒ってたっけ……そんな理由で世界滅ぼされてたまるか。

 まぁ、食べたの俺なんだけどさ。

 もしすさみがこのオルゴールを鳴らして世界を終わらせてしまったなら、それは俺のせいです。ごめん、人類。


「別に不満があるわけじゃないわよ。単純にどんなメロディなんだろうって興味があるだけ。

 注汲つぐみくんは気にならない? だって、世界が滅びる最後に流れる音なのよ?」


 気持ちはわからないでもないけど……それでもやっぱりこの世界を天秤にかけるには心許ないかな。

 好奇心は猫どころか世界を滅ぼすようである。


「試しに鳴らしてみてもいいですか?」


『試しに』で人類を滅ぼすなよ。


「そうしてやりたいのは山々なんやけど、でもこれ、肝心のオルゴールを鳴らす為のレバーが無いんよね。だから鳴らせんのよ」


 一安心だよ。

 この人達なら面白半分で作動させかねないし。


「まぁ、そのうち出てくるやろ。このオルゴール、らしいから、使うタイミングは重要になってくると思うんよね。

 きっと、来たるべき時にパーツが揃うんやないかな。だからその時まで気長に待つとしようや」


 カラカラと景気の良い笑顔を見せる彼女には、やっぱり陰気臭い溜息を返すことにする。


「二度と見つからない事を願います」


「まーたそんな意地悪言う!」


 すさみは大袈裟に怒ってみせた。俺はと言うと、心の底から胸を撫で下ろす気分である。

 まさかでも、人類を危険に晒すようなことはしたくない。


「って言うか、ひとつ気になったんですけど」


「なになに? おねぇさんに聞いてみや?」


 お、おねぇさんと呼んでもいいとですか!?

 ……いやいや、そんなことじゃないよ言いたい事は。


「さっき、このオルゴールはって言いましたよね?」


「言ったよ。そんで?」


「……それって、これまでにも鳴らされた事があるみたいな言い方ですよね」


 日本語のおかしなところであり素晴らしいところでもある。含みを持たされた言葉に引っかからずにはいられなかった。

 しかしきっと、雪鳴ゆきなりさんはそれを分かった上で口にした気もして妙な胸騒ぎを飲み込むわけにもいかなかったのだ。


「添えてあった紙には、四回鳴らされた事があるって書いてあったっけな。鳴らせるのは五回までらしいから、だからあと一回やな」


「さすがの注汲つぐみ君でもそれくらいの算数はできるでしょう?」


 できるわ!


「……と言うことは……いや、やっぱいいです。やめときます」


「なに? 途中でやめるなんて気持ちが良いものではないわよ?」


「せやで。勿体ぶらんとおねぇさん達に話してごらん」


 考えただけで頭が痛くなる。

 ならば考える事はよそう。今まで何度人類が滅びたかなんて、考えただけで気持ち悪い。


 しばらく二人のねぇねぇとしつこい追求を躱し続けたあと、やっとこさ諦めたすさみ達はつまらなそうに唇を尖らせた。


「オルゴールとおんなじで、注汲つぐみくんも黙ったまんまだったわね」


 君達がおしゃべりすぎるだけでは?

 ……そう出かかった言葉をやっぱり呑み込むことにした。

 これ以上駄々をこねられても困るし、もうすぐ店じまいの時間だったから。


「でも……もしもこのオルゴールが鳴る事があったなら……」


 四角い箱を指先でなぞりながらすさみは少しだけ寂しそうに言う。

 まるで終わり逝く世界を懐かしむように、惜しむように、思い出すように瞼には愁いを捧げていた。


注汲つぐみ君……その時はオルゴールの音、あたしと一緒に聴いてくれる?」


 俺はそのメロディが流れない事を真剣に願った。



おわり

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