終焉のオルゴール(遭遇編)


「そんなこんなで、注汲つぐみ君を殺すための道具はありませんか?」


「まずそんな話の流れは無かったし、物騒な注文をつけてんじゃねぇよ」


 かなえ書店のレジカウンターで頬杖を突く雪鳴ゆきなりさんに嬉々として尋ねるすさみをそうたしなめる。意味がないことも知ってるけどね。


 ところでみなさん、お気付きだろうか? 俺が一度にふたつのツッコミを入れていることに。日々成長する生き物、それは俺。


「え、何? 月叢つきむらちゃんって注汲つぐみのこと嫌いなん?」


「いえ、別に。でも、愛おしいものほど壊したくなる気持ちってわかりませんか?」


 わかりません。


「あたし、好きなものは最後に食べる主義なので」


 話繋がってんのか、それ?


「なるほど、そういうのツンデレって言うんやろ?  うち知っとるよ」


 その認識が正しいのかどうかは置いておいて、徒らに笑う雪鳴ゆきなりさんは今日も今日とて美人であり、胸が大きい。


 すさみ曰く放課後デートであるこの寄り道も危うく日課になりつつある今日この頃。それは何としても阻止したいのだが、未だ断れた試しがなく、この麗しき店員さんもその要因のひとつに違いない。


「そんなこと有り得ませんよ、雪鳴ゆきなりさん」


 つまるところ、彼女の邪推に関しては否定しておかなければならないという事だ。

 

 俺も雪鳴ゆきなりさんとは少しだけ親密になっている。思い込みなのかも知れんけど。とりあえず呼び捨てにしてもらえる程度に顔馴染みとなった今日この頃。

 しかしまぁ、雪鳴ゆきなりさんの屈託の無い笑顔はきっと誰しもに向けられるのだろう、その親しみやすさは一種の才能だった。

 嬉しいような寂しいような複雑な気持ちである。


「そうですよ、あたしはツンなんて見せたことありません。常にデレている状態なので」


 その言葉が本当ならツンのすさみはどれだけ恐ろしいのか。想像しただけで鳥肌が立つし身の毛もよだつ。多分、このふたつの慣用句はどちらかひとつで良いんだろうなぁ……国語が苦手な注汲つぐみくんです、御機嫌よう。


「なんやなぁ、女の子ってみんなそうなん? うちにはようわからんわ」


 注汲つぐみランキング女性の魅力編で上位に位置する雪鳴ゆきなりさんはそう溜息を吐いた。どうやら彼女の周りには変わった人間が多いらしい。

 せめて俺くらいはまともであろう。


「しかしまぁ、注汲つぐみを殺す為の道具ってわけやないけども、それらしいもんならあるよ」


 あるんかい。

 あるにしても紹介するんかい。ちょっとだけショック。


 雪鳴ゆきなりさんは重たそうな木の箱を机の上にドンと置き、両手をはたきながらひとつ息をついた。


「……なんすか、これ?」


「なんやと思う?」


 当ててみて、と差し出された木でできた箱。その黒さは着色されたものではなく、重ねてきた年月を意味したものだろう。その色合いは箱自体の重さを量増ししているかのように重厚だ。特別何か飾り細工が施されているわけでもなく、側面に小さな穴がひとつ空いているだけだった。

 触れると滑らかな触感が指先を伝う。

 上部が蓋になっているのがわかった。


「開けてもいいですか?」


「ええよ」


 上面を開くと、中には何やら小難しく金属が噛み合わせられている。

 複雑な装置であるとわかってながら、その細工には見覚えがあった。


「これ、オルゴールですか?」


 すさみの解答に雪鳴ゆきなりさんは口元を歪めて頷いた。


「ただのオルゴールやないよ、『終焉のオルゴール』やから」


 如何にも物騒な名前のそれは薄黒く佇み、彩の無い姿は不気味さを助長している。


 ……本当に殺されたりしないよね?

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