終焉のオルゴール

終焉のオルゴール(日常編)


「し、死にたい……」


 自ずと声が漏れた……まぁ、いつものことである。常日頃から自死を望んでんのもどうかとは思うけど。

 前席の隣人こと月叢つきむら すさみは振り向きながら言った。


「どうしたの注汲つぐみ君。滅多な事を言うものではないわ。あなたを殺してしまうことはやぶさかではないけれど……」


 すさみはその大役を引き受けたくてうずうずしているようだ。


「簡単に殺すなよ」


「つまり痛めつけてから殺せと言うの? あなたがそういった性癖だったなんて知らなかった。素直に引く」


「殺さないでくれって意味だよ!」


 引くな引くな。てか、やぶさかじゃないって何なんだ。落ち込んでる人を見たら少しは優しくしろ。そんなことはきっと小学生でも知ってる。多分物理の授業で習う。

 あと性癖とか言うな。


「で、どうして生爪を剥がされたいだなんて呟いていたのかしら?」


「事実の歪曲が甚だし過ぎんだろ。どんな因果律の歪みがあるんだ、俺とお前の間には」


 死にたいとは言ったけれど痛めつけてくれとは言ってないぞ。

 なんなら殺されたくもない。


「そうだったかしら? あたしとしたことが勘違いしてしまったわ。私刑」


「それを言うなら失敬だろ」


 言い間違いだろう……確信犯では無いと信じたい。俺に対する殺意は冗談なのだと信じたい。信じさせてくれ。

 死刑じゃないだけ優しいのだろうか……。


「ちょっと己の不甲斐なさに絶望して自己嫌悪に陥ってただけだよ」


「い、今更……」


「なんか言ったか?」


 聞き捨てならない言葉を拾う。ポイ捨ては良くないからね。環境に優しい男、注汲つぐみくんである。


「でも、『不甲斐無い』とは即ち『甲斐が有る』と言うことよ」


 そうなの? 俺、国語は苦手なんだよね。

 慰めてくれるのは嬉しいんだけど、もっとわかりやすい言い回しを使って欲しいもんだ。いちいち回りくどいと言うか理屈っぽいところがあるんだよな、すさみって。


「……まぁ、だからなんだと言う話だし、実際にはそんなロジックは成り立たないだろうし、自分で言っていても意味はよくわからないのよね」


 なら言うな。

 ぬか喜びしちゃったよ。


「だから安心しちゃダメよ、あなたはすぐに調子に乗るんだから。常日頃から注意力散漫なのは今に始まった事ではないけれど、そのぼーっとした顔はみっともないからやめなさい。死んだ魚どころかパンダみたいみたいな目をしてるわよ」


 ぬかに釘を刺すな、それもけっこうでかい釘。

 そしてすさみの中では魚よりもパンダの方がランキングが低いらしい。衝撃の事実である。


「あぁ……そうだな。俺なんてパンダ以下の存在だよ」


「パンダを馬鹿にしないでくれる?」


 ほんとなんなん? この人。


「何をそんなに自己否定しているの? 自信を持つのはとても大事なことだと思うけれど。あまり自分を卑下していては、本来の魅力を損なうことになるわ」


 なんだかんだ言っておきながらこうやってフォローしてくれるあたりすさみは良いやつなのだ。口は悪いが優しい人なのである。


「まぁ、そうかもしれないな。ありがとうよ、雨晴」


注汲つぐみ君ってそういうところが本当にダメよね。そばで見ていて溜息が出るわ。周囲を、あたしを不快にして何が楽しいというのかしら?

 この教室に鈍器はないの? 探してくるから後頭部を晒したまま少し待ってもらっても良いかしら?」


「……他己否定は良いの?」


 良いやつだと思ったそばからこれだった。

 途中から具体的な殺人計画になってるし。そんな殺されやすい体勢で待機してなるものか。


「で、何をそんなに思いつめているのかを聞いても良い?」


 言葉の軽さは彼女なりの思惑があってなのだろうか。そうであるならば、それは彼女の優しさなんだろうけど、いかんせん素直に受け取ることができない関係性である。


「……色々だよ。勉強もできなけりゃ特に得意なこともない。そんな事を考えてたらなんかブルーになってきちゃってさ」


「そうねぇ……スポーツも並み、顔も良くなければ交友関係が広いわけでも人付き合いが上手なわけでもない。極め付けに運も要領も悪いものね。

 それに動物に好かれることもなく寄ってくるのは幽霊やらの得体の知れないものばかり、恋人のひとりもおらず……」


「やめろ! 殺す気か!」


「だって、ひと思いに殺してくれって……」


 言ってない。

 言ってないし、なんならそれ嬲り殺しだろ。


 やっぱりどうしても俺はこいつが苦手である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る