ミッション14:最終は甘々!?××××せよ♡

 握り合っている手に思わず力が入る由紗。


 愛おしい君藤海李との関係が、より親密になったから喜びを噛み締めたわけではない。むしろ、状況は深刻(最悪)でーーーー。



「怖がるな。大丈夫。俺の後ろに隠れて…」


 この最悪な状況下において、意外にも穏やかな声を合図に、由紗は君藤の後ろに身を隠し、ぴとっと密着する。


「先輩は怖くないんですか?」

「それ愚問。俺を誰だと思ってんの?」


 ギロッと私を見下ろし睨みをきかす瞳は、力強い自信に満ち溢れていた。


(あ…そうでした。無縁そうに見えて、あなたは2年前まで暴走族の総長でしたね。)


 暗闇の中、点在する背の高い照明灯。そのヒカリのみに照らされ、薄気味悪くそこに存在する対象。その表情ははっきりと見えないが、姿勢の悪さや醸し出している雰囲気から、非道な人間だと嫌でもわかる。それらは三人組。行く手を阻むべく横一列に並び、ガンを飛ばしている。


「こんな夜中にイチャついちゃってさぁ〜。ねえねえお兄さ〜ん。かわいい彼女の味見、俺らにもさせてーやぁ」


 嫌悪のあまり眉間にシワを寄せる由紗は、つい君藤の顔色をうかがった。


「はぁ?冗談は顔だけにしろよ。味見なんてなぁ、彼氏の俺すらまだできてねぇんだよ」


(ち、ちょっと君藤先輩ってばぁーっ!!こんな奴らに凄んで何をぶっちゃけてんですかー!?)


 由紗はそんな茶々を、実際声に出して君藤に伝えようとした。けれど、目が据わり、今まで見たことのないヤバいオーラを纏っているものだから、息を呑むと同時に言葉をも呑み込んだ。


 そんな由紗の心情を察した君藤は、緊迫する最中、嬉しいKY行動(空気を読まない行動)に走る。


 それはーーーー


 予期すらできない、唇への”振り向きフレンチキス”だった……ーーーー。



 当然由紗の心臓は余裕なく騒ぎ立てるのに対し、君藤はいたって冷静沈着に振る舞うものだから、由紗は釈然としない。


「もしかして先輩、ギャラリーがいると逆に興奮しちゃうタイプなんですか?」

「……」


 君藤は安定の無表情で長らくフリーズしている…。


 その数秒後、君藤は由紗に背を向け、自分のため息を合図に、据わった三白眼で相手を威嚇。そして。


「性的興奮?そんなのもちろんあるよ。あと、喧嘩上等の世界に引き戻されて、忘れてた感覚が蘇った高揚感もあるかなぁ」


 ブレることなく前を見据えたまま、広角は上に上がっていて余裕なのだった。その描写は、由紗には見えない。


「なあ、お前ら。俺に喧嘩売って大丈夫?」

「大丈夫に決まってんだろーがよ!」


 君藤に対抗するように、三人揃って威嚇を決め込む。


「そう?2年前ぐらいにこんな名前聞いたことない?ーーー君藤海李」


 すると君藤は、両手で髪を掻き上げ、捨て去った過去の風貌をあえて再現して見せた。その風貌を目の当たりにした三人衆は、目の色を変え、息を飲んだ。


「まさかお前っ、あの…伝説のっ……」


 ただのカップルへの冷やかしのつもりが、常軌を逸した危ないオーラを纏うに震え上がる輩たちと、瞳の動きだけでそれらを威圧する


 このあとどんなことが起こるのか、恐怖と緊張感に見舞われた由紗は、君藤のすぐ後ろで息を潜めていた。


 君藤はそんな不安げな由紗の気持ちを察したように振り返り、不安を和らげるには十分すぎる柔和な笑みを見せた。当然由紗は心臓を射抜かれ、いわゆる胸キュン状態。これはきっと由紗を落ち着かせるための、君藤お得意の”謀り”なのだろう。


 再び前(輩)を見据えた君藤は、ますます威嚇オーラ全開。そして一言吐き捨てる。


「わかったんなら、もういいだろ」


 明らかに勢いを失った輩は、それぞれ躊躇しながらも道の端に寄り、道を開けた。


 その横を由紗の手を引き、無表情で颯爽と通り過ぎる君藤。輩のボス的人物と目が合った由紗は、なぜかウィンクをかます。


 その行為はきっと、君藤の尖った言動をどうにか和らげ、事態の穏便な終息を願った由紗の咄嗟の”計らい”なのだろう。


 君藤はそのまま真っ直ぐ前を見据え、由紗と手を繋いだまま夜の雑踏へと紛れ込んだ。


「せ、先輩。…後ろを見る限りもう追いかけて来てないですよ。あの人たち」

「だろうな。俺の過去のに助けられたんじゃねぇ?」


 未だ前を見据えたままの君藤の表情をうかがい知れない由紗だったが、愛由海くんのせい(おかげ)で、声色のみで感情を理解できるほどには鍛えられていた。


じゃなくて、…ですか」


 その言葉に引っかかった君藤はようやく歩みを止め、由紗と向き合った。


「お前、何が言いたいの?」


 自分に対し眉をひそめる君藤に、多少なりとも恐怖を抱いた由紗。


「…過去の自分が嫌いで、そんな自分のことを誰も知らない町に引っ越してまでも過去を消し去りたかったはずなのに、さっきはその嫌なはずの過去の伝説でさえ武器にできたのはなぜですか?」


 感情が読めないほどの無表情で由紗を見つめる君藤。喉仏が上下し、ゆっくりと心地のいい声が由紗の耳をくすぐった。


「そんなの決まってんじゃん。お前を危険な目に遭わせたくなかった。だから嫌でも、過去の自分を武器にしたんだよ」


 その真剣な眼差しに、心が震えた。


「…君藤先輩」

「あの場を最善の手段で乗り切りたかった。ただそれだけだよ」


 由紗から視線を逸らす”策士”君藤は、なんとなくハニかんでいるように見えた。それは、本音を吐露したからこその反応なのだと由紗は理解した。こうなるといつもの由紗が顔を覗かせる。


 腕をこれでもかというほど力強く君藤の腕に絡ませた由紗は、この上ない幸福感に満たされていたーーーー。


「先輩のことは私が絶対に何がなんでも幸せにしますから、十分覚悟しててくださいね!!」

「十分って…俺それほど強めに覚悟してたほうがいいわけ?」


 由紗は口を尖らせ、若干躊躇しつつも言葉の意味を君藤に伝えた。


「だって、肩の力抜いて覚悟しててもらうくらいじゃぁ、私の愛に本気で溺れちゃいますからね。息ができないほどに」

「俺をどんなヤワな男だと思ってんの?お前は知らないだろうけど、俺、結構誰よりも貪欲且つ計画的に事を運ぶ主義なんだけど?_」

「え…!?」


(……ん?それって、いわゆる”策士”ってことじゃないですか!?)



 ※【座談会inラブホ・ジャスミン】にて、君藤が策士なのは由紗の友人(莉茉たち)には証明済みなのだが、肝心の由紗は知らないのであったーーーー。



「俺がお前の強烈な愛に溺れるより先に、お前が俺の強烈な愛に溺れるんだよ」


 二人は雨音響く誰もいない路地に佇み、強まる雨などお構いなしに見つめ合った。


「君藤先輩から溺れるほどの愛をもらえるなんて、私は宇宙一幸せ者です」


 君藤は由紗のその言葉を受け、心の赴くままに、気付けば由紗の体をきつく抱きしめていた……ーーーー。


 目を閉じ、口角を上げている君藤は、ありえないほど仏の形相で、この上ない幸福感を噛み締めていた。もちろんそれは、言わずもがな、由紗も同じく。


 その後、由紗のくしゃみを合図に、足早に家路(君藤家)へと急いだーーーー。



 **


 事態はようやく、この物語の《冒頭の場面》。


 突然の雨に見舞われ、君藤と由紗が家路に着く頃には全身びしょ濡れ状態。


 無事に君藤家に到着した二人。君藤は由紗の手をとり、リビングへと誘う。


 ピッ、ピッと慣れた手つきで何かのスイッチを二つ押した。一つは暖房だとわかったが、もう一つは不明。照明のスイッチではないらしい。


 なぜか君藤は、それからも明かりを点けることをしない。由紗はその理由をすぐに理解できた。


「えっ、先輩…!?キャッ」


 君藤は何も言わずに月の薄明かりを頼りに、由紗の衣服を上下とも剥ぎ取ったのだった。その後、躊躇せず自分の衣服も剝ぎ取った。


 はっきりと見えないお互いの下着姿。


 雨音をBGMに、お互い照れつつも暖をとるように、ぎこちなく抱きしめ合ったーーーー。


「暖かい」

「それでも寒いだろ?」

「じゃあなぜこんな状況に…」

「濡れた服着たままだと風邪引くじゃん…。今風呂沸かしてるから、それまで俺の体で暖とって」


 君藤がリビングに入ってすぐに押したスイッチの正体が判明した。湯沸かし器の電源スイッチ。


「はい。喜んで暖をとらせていただきます。…でも、かなり大胆な行為…ですね」


 そっと由紗の体から離れた君藤。


(え…!?先輩??暖をとっていただけるのでは…?)


 雨音が止み、雲の切れ間からキラキラと輝く月が大きな顔を覗かせている。


 訳がわからない最中、月明かりに照らされた君藤の顔に見惚れている由紗を、なぜか君藤は睨みつけている。だが、同時にお互いのあられもない姿が、部分的に見え隠れしていて落ち着かない。


「お前のせいだ。バーカ…」

「なぜ私のせい?」

「大胆行為を平気でしてしまえたのは、濡れたお前が…反則級にかわいすぎたから」

「・・・・へ?」

「だから、もうこのまま…俺に身を預けてくれない?」


 そんなかわいすぎる君藤のおねだりに、由紗はクラクラするどころか、体中までも異常にポカポカし始める。


「この下着姿を見られるだけでも結構恥ずかしいのに…」


 由紗は頬を愛らしく染めるも、君藤にはその仕草や頬の色を鮮明に認識できてはいない。けれど、声だけでハニカんでることを認識できた。


 そして、なぜなのだろう。幼い頃の母との苦くも喜び溢れる思い出が、走馬灯のように君藤の頭を駆け巡った。


 自分の人生における第一章が、エンディングを迎えたのだと解釈した君藤。


 目の前にいるのは最愛の母ではなく、これから長きにわたり幸福な日々を共にする最愛のパートナーなのだと、強く実感した瞬間だったーーーー。


 これまでにない熱視線を向けてくる君藤に対し、どこかへと隠れたい衝動に駆られた由紗。


「そっ、その目!…私をおかしくさせるから…見ちゃダメです…!!」

「無理」


 即答。真剣に欲しがる人の目は、こんなにも恐ろしく、困り果ててしまうほどに妖艶なのだと知った。


 加えて、悩ましげな吐息。さらに縮まる距離。体温の急上昇ーーーー。


 そんなリアルすぎる君藤を目の当たりにし、由紗はこんなことを思った。


(こんなにも”雄”な君藤先輩を待ってましたーーーーーっ♡)


「それ、小声で言ってるつもり?」

「…ありゃ?」


 心中ダダ漏れどころか、大声で吐露していた模様…。


 おどけてみせる由紗だが、君藤の表情は冷めることなく、終始熱を帯びていた。


「あの…先輩っ…」


 君藤の、いわゆる”突発的発情描写”の折に触れ、由紗は嬉しく期待しつつも、ドギマギしてしまうのだ。


「怖気づいてる」


 由紗の様子から心情を悟った君藤は、そう断言した。


 ーーーまさに図星。由紗の心情は、君藤の意のまま。つまり、自分の心を鷲掴みにする言動を連発する由紗をお返しとばかりに動揺させ、内心ほくそ笑んでいる君藤なのだった。


 普段からアンニュイ感が突出している君藤だけに、今日のパワーアップした妖艶な様は、かなり危険な香りが漂っている。由紗は冷静にそう感じていた。


 できる限り冷静さを装ったにも関わらず、君藤のただならぬ色香を目の当たりにしてしまうと蕩けてしまった由紗。徐々に呼吸を乱し、さらに胸を焦がす。


 当然、媚薬に侵されたようなそのとろんとした艶顔に、君藤は理性を失いかける。


「お前さぁ…もう、どうなってもいいの?」


 ”媚薬”の効果が継続中の由紗は、ハニカみつつも君藤の言葉の意味を理解し、とっくに覚悟を決めていた。


「急に怖気づいてしまったのは事実ですけど、もう大丈夫です。私は、君藤先輩のものです。先輩だけにしか、触れられたくない…」


 少しの間のあと、君藤は由紗の両頬に手をあてがい、率直に心情を吐露した。


「恋愛系のドラマや漫画でよく言うセリフは言いたくないけど、今の俺の気持ちをそのまま伝えるには、そんなありがちな言葉しかしっくりこねぇかも…」


 そんな期待大な言葉を聞いた由紗は、我慢ならず…。


「きっとそれは、王道ってやつですね。…私がこそばゆくなる展開になろうとも、聞きたい言葉だと推測しちゃったんですが、聞いてもいいですか?」


 やや上目遣いな可愛い懇願顔は、再び君藤の理性を奪うには十分すぎた。



「…俺を狂わすのは、きっと生涯でお前だけだと思う」



 君藤は由紗の両頬にあてがう手を首へと下降させ、鎖骨を撫でた。


 そんな行動を受け、由紗はいつもになく高揚し、息を呑んだ。そして。



「死ぬまで、俺のそばにいて」



 王道なセリフ。それはとても究極で、由紗はいとも簡単に夢見心地になった……ーーーー。



「ずっとずーっと、私は君藤先輩のそばにいますよ。来世ごと先輩に愛して欲しいです!」


 紅潮する頬と驚き隠せない目。そんな君藤の変化を近くで感じた由紗は、負けじ劣らず頬を紅潮させた。すると。


「もう無理」


 その断言を聞き、急にネガティブ思考になる不毛な由紗。


「あ…やっぱり重すぎましたよね。調子に乗りました…」

「いや、重くはない。…お前の解釈間違ってるから、一旦落ち着いて」


 なだめられる始末…。


「でもさ、ほんともう無理だから……。もう…抑制できない。覚悟はできてんだよね?」


 ”無理”の本当の意味を理解した由紗は、安堵と緊張でキャパオーバーになり、気を失ってしてしまった。


 この数十分後、0時を迎えたーーー。


 愛由海を知るすべての者の記憶から、愛由海が消えた。


 時間表示されているスマホの液晶画面とにらめっこしている君藤。


「…0時、過ぎたよな。俺に…愛由海と爺さんの記憶が残ってる…」



 愛由海とひい爺が去る直前のことーーー。


 最後にひい爺がこっそり君藤の耳元で言った。


 ~~~


『0時を過ぎても、君だけには愛由海とわしの記憶が残るようにしておくぞ』


『……は?それはなぜですか?』


『君だけには愛由海の”いたいけな頑張り”を、記憶に留めておいてほしいからじゃよ。口外無用じゃ。ええな』


 ~~~


 今度は由紗ではなく、自分に口外無用宣言か…と、ため息をついたあの瞬間を思い出した。


「あのただの幽霊爺さんに、どんな権限があるんだ?」


 自分のベッドで再びスヤスヤ睡眠中の由紗を見つめ、首を傾げた。



 **


「眠ってばっかだな。お前…」


 少々拗ね男な君藤が、目覚めたばかりの由紗に悪気のない嫌味を吐露する。


「わっ!!」


 慌てて起立。


「うるせぇな、相変わらず…。座れ」

「いやっ、なぜこうなってるのか私もさっぱりわからな……」


 急に蘇る記憶に、再び心臓の鼓動が激しくなる。そして、ゆっくりとベッドに正座した。


「お預けくらってばかりで退屈なんですけど?俺…」

「すみません…。では、気を取り直していただいて、早速さっきの会話の続きをしましょう」


 待ちわびていたこの瞬間。ようやく進展しそうな予感が、君藤に緊張感を与えた。


「私、愛する人に捧げたいです。先輩が思ってる以上に私は…もう…進歩を望んでますから」


 心の声ではとどまらず、君藤への溢れる恋心を率直に吐露した。


(お前はもう知らない存在になってる愛由海が指令を下したミッションなわけだし?俺との時間を堪能しないとな。)


 ニヤけそうになる顔を必死に真顔にした君藤は、切なる想いをぶつけた。


「じゃあ、約束は守れよ。死ぬまで俺と、一緒にいてくれるんでしょ…?」


 君藤は言わずと知れた17歳の少年なのだが、由紗にはまだまだ甘えん坊の幼き少年のように思えた。


 幼い頃の君藤は確かに寂しさに苛まれていたかもしれない。その背景には、若かりし母の未熟さゆえの奔放さが関係していた。


 そんな幼少期の経験から、自分の愛を与えたい存在である由紗に、覚悟の有無を確かめた君藤。


 ”今現在自分をどれだけ愛してもらえているのか”


 ”人生を終えるまでともに過ごせるのか”


 この愛に飢えた少年は、この先もずっと、相手からの愛を何度も何度も確かめながら生きていくに違いない。きっとその確認がなければ、不安に押し潰されそうになってしまうだろうからーーーー。


「嘘は言いません。希望と推測の話をします」

「…は?いきなり何?」

「私は近い未来、君藤先輩との愛の結晶を授かるはずです」


 急速に赤く染まりゆく両頬に手を当て、目を見開く君藤は、動揺を隠せない。それと同時に、由紗の記憶から消し去られた”愛の結晶”に思いを馳せた。


「…おう。恥ずいわ、その発言…」

「推測だけど、未来には現実にしたいんです!」

「その熱量すごっ。俺の頑張りも必要なだけに…ぷっ」

「笑わないでください!私はいたって真剣なんですから!」


 由紗の真剣な表情を目の当たりにした君藤は、咄嗟に口をすぼめる。


「…ごめん。続けて」

「だから、推測ですが断言します!それが私と君藤先輩の未来なんです。愛の結晶という存在こそが、君藤先輩と私の”幸福の証”なんだと思います。私は死ぬまで、君藤先輩から離れることは、神に誓ってありません!未来の私は、必ずそのことを証明してくれてますから、信じて私と時を過ごしてください。先輩」


 まっすぐに自分を見つめてくる由紗に降参した君藤は、軽くため息をつき、本音を吐露した。


「愛してるって気持ちは、正直、誰もが一時的なものなんだと思ってる。でも…それを覆したいって強く思うから、今後何度も虚しさに襲われてしまった時、俺は日課のようにお前に聞くはず。中途半端でも、不器用でもーーーー『お前は俺を…』ってだけ」


 照れ笑いを隠すように俯く君藤の繊細な所作に、由紗は胸を擽られた。


『お前は俺を愛してる?』って率直に聞けないけれど、途中までは聞いてくるところがいじらしい。


 そして、じわじわと欠落した何かが蘇りそうな予感がしていた。


『お前は俺を…』ーーーー


(そう!この言葉!!…確か夢の中で君藤先輩じゃない男の人から聞いたような……。)


 次の瞬間、突如その声が脳裏に響いた。


『先輩はホント、可愛い人だよ。「お前は俺を…」って、中途半端な問いかけでも確認せずにはいられない性分なんだから』ーーーー


(今はっきり思い出した。夢の中の話だけど、あの若い男の人はまったく知らない人だったと思う。『先輩』って言ってたから後輩くんだろうなぁ。それと、なんとなく君藤先輩に似てたような…。現実にいたら腰抜かしそう。)


 密な関係だったからなのか、微かに残る愛由海の記憶。それは夢ではなく、現実に起きていたこと。


 だけど、やはり未来の息子だなんて認識することはない。

 

(夢の中で架空の人物が教えてくれたことだけど、なんとなく親近感が湧いたんだよねぇ。あ、現実と重なる部分があるってことは、正夢って言うんだっけ?すごく不思議な夢だったなぁ…。『お前は俺を…』って、私に対しての問いかけだったんだ。あっ、これってじゃない!?)


 この”夢”を思い出したことをきっかけに、由紗の乙女心が開花した。由紗は『君藤の問いかけ』をだと感じ、幸福感に溺れそうな感覚をおぼえる。


 そして、その問いかけに対する由紗の返答が、


『はい。愛してます』ーーーー


 どう考えても、このシンプルハートフルな返答一択しかない。


 この直球で単純な”愛の言霊”こそ、君藤を最も安心させることのできる”魔法の言葉”なのだ。


 母への愛をこじらせたことから始まった”愛情の確認作業”。この作業はこれからもずっと続く。最愛のパートナーである、由紗だけへの習慣(ルーティーン)として。そして、それは言わずもがな、二人ともに幸福をもたらす”愛の言霊”なのだ。


『お前は俺を…』ーーーー


『はい。愛してます』ーーーー



 今はまだ由紗しか知らない返答。そして、この”愛の確認作業”こそが、未来における二人の恋愛模様の醍醐味になる。



「おい。もうこれ以上の焦らしプレイは俺の許容範囲を超えてるんだけど…。今から本気で覚悟しねぇとお前、相当ヤバいかもよ?」


 愛ゆえの行為に翻弄される覚悟はすでにできている由紗。だがしかし、胸の鼓動は早鐘を打ち、そわそわ落ち着かない。


「…そ、そういう君藤先輩は、やっぱり余裕なんですね」


 悩ましい吐息を漏らす君藤は、魅惑的で危険な三白眼を惜しみなく向けてくる。そしてそれは、当然の如く、由紗の理性を容易に崩壊させたーーーー。



「…余裕なんてフリだけだよ。不覚にも愛に溺れてしまったから…もうこの沼から抜け出せそうもねぇよ。…ねぇ、頼むから」


「…はい?な、なんでしょう」


 君藤はらしくなく、今度は余裕のない切羽詰まった表情をいとも簡単に見せてくる。由紗は戸惑うしかなかった。そしてーーーー。


「今すぐ、俺のものになって…」


 由紗はもちろん言うまでもなく、ときめきもがいた。(心の中で。)


 未だ正座したままの由紗に、君藤は食むようなキスを落とす。



 今宵ーーーー


 最後のミッションは、ぎこちなくも滞りなく、実行されたのだった。


 結果、愛由海の指示通り、『一日以内に愛を深める』という最後のミッションをクリアすることに成功した……ーーーー。


 このミッションは、母を守りたい一心で、危篤状態中の未来から訪れた息子(恋のキューピット)からの強制なる最終指示であり、プレゼント。


 この”特別な時間”の指示に至ったことこそ、両親想いの愛由海にとって、この世界に来て得れた最高の成果だったに違いない。

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