ミッション14:最終は甘々!?××××せよ♡


 ピチャッ、ピチャッ…ーーーー



「ん…?冷たっ!!……っ!君藤先輩!?…あれ?あゆみくんは!?」



 すっかり夜が更けってしまっていた。


 夜になるとライトアップされる境内。御影石のベンチ横に立つ照明灯。


 煌々と小雨を照らすそれらは、秋から初冬に差し掛かった今をなんとなく物寂しく演出している。


 未だに境内の脇で自分を抱き抱えてくれている君藤。


 降り始めた雨もおかまいなしに、姿のない愛由海を探して辺りをキョロキョロ見渡す由紗は、すぐさま現実を把握し、咄嗟に上半身を起き上がらせた。


「…そっかぁ。行っちゃったんですね」

「うん。…お前、よっぽどひどく疲れてたんだな。もう夜10時だぞ」

「えぇっ!?もうそんな時間なんですか…?」


 由紗は大変驚きつつも、自分が意識を手放す寸前の光景を鮮明に覚えていて、それを思い返した。


 ーーーー心配そうに近づく最愛の人と未来の息子。長い腕に支えられた我が身。安堵感を保持したまま、その後意識を失い、完全に身を預けた。


 二時間以上君藤の腕の中で爆睡していたという事実に頬を染める。悟られまいと、口がぎこちなく滑る。


「あの…その…君藤先輩の体が異様に心地良くて…爆睡してしまいましたっ!もっ、申し訳ございませんっ…!!」


 由紗は深々と頭を下げ、迷惑をかけたことを詫びた。


「別に…大丈夫」


 君藤の表情と口調から、怒ってはいないと推測した由紗は、少し肩の力が抜けた。


「あと2時間」


「へ…!?2時間??…何がですか??」


 眠っていた由紗の知らない真実。


 この世界の皆が、未来から来た愛由海と爺の記憶を失くすタイムリミットまで、あと2時間ーーーー。


 眠る由紗の体に掛けていた自分のパーカーがズレ落ちていることを確認した君藤は、今度は態勢を整えた由紗の肩にそっと掛けた。


「愛由海からの伝言」

「え?」

「14個目のミッションはーーー”俺との時間を堪能すること”。だって」


(君藤先輩との時間をたっ、!?!)


「えぇっ!?」

「お前んち連絡して。俺がまた代わるから」

「え。あのそれって…君藤先輩とこのまま一夜をともにするためにうちの親に外泊の許可を得るってことですか…?」

「お前…ムードもデリカシーもねぇのかよ」

「すみません…!」


 呆れられて本気でヘコんでいる由紗に、君藤はさらっと本音を呟いた。


「まあ、そんなとこが意外にも気に入ってんだけどな」


「……えっ!?」


 そのさりげなく甘やかす言葉を受け、驚きつつもパァ〜ッと絵に描いたような明るい表情に変化した由紗。そして、さらなる”幸せを呼ぶ魔法の一言”をぶちまける君藤なのです。


「ほんとかわいいな、お前」


「…え?きっ、君藤先輩〜っっ♡」


 由紗は両手を広げ、素直にハグを求めるも、その時点で実はいろいろキャパオーバーの君藤は、あえなくハグを却下した。


 その後、無事(容易)に母の許可を得た由紗は、君藤家へと直行し、今晩は一泊する運びとなった……ーーーー。


 都合のいいことに、君藤の他家族3人+1匹(ミニブタのクルミ♀)は、現在旅行中のため不在らしい。


(あゆみくん、こんなのミッションじゃないよ!!ご褒美だってば!!……あ、もしかしてこれって、最後の最後で本当に恋のキューピットになってくれたのかな。ーーーうん。勝手にそう思わせていただきます!!)



「あのさ…」


 そう言うと、君藤は少しだけ首を傾げた。


「いや、お前に理解できんのかなぁ…」


 その短い言葉だけではまったく先が読めない。よって由紗も首を傾げた。この状態がもう少し続くことになる。


「いや、俺とほぼ同時に志希も気付いたみたいなんだけどさ」

「…はい」

「愛由海と爺さんがこっちに来てわちゃわちゃした挙句、俺らに事故のこととか、未来のことを簡単に教えてったじゃん?」

「…そう、ですね。それが?」

「あれって、すごく危険なことなんじゃねぇかな。未来を変えてしまうから」

「未来を、変える?」


 危惧した通り案の定、チンプンカンプンな様子で…。そんな由紗のために、わかりやすく説明できないものかと君藤は再び首を傾げ、口を一文字に結び、んーと唸り考えた結果。


「ドラマか映画のタイムスリップものでさ、過去にワープしてきた未来人が、大切な人を助けたり、憎むべきやつをやっつけたり、とにかく必要以上に関わってしまった結果、良くも悪くも未来を変えてしまう結末を迎えるっていう…」

「あっ!その”タイムスリップものあるある”わかります!」


 理解した由紗に安堵のため息を吐く君藤。


「それと同じことをしてしまったあの二人は、最後にして重大なことを俺とお前に託して未来に帰って行ったんだよ。それが、《俺との時間を堪能せよ》っていうミッション」

「…??」


 再度理解不能の由紗…。


「だから、何が言いたいかというと」


 最も重大な核心に至る。


「自分たち家族のを、愛ある方法でに変えろってことだよ」


 由紗は君藤が言わんとすることを、なんとなく理解した。


「愛さえあればイッツオーライッ!!必ず愛は勝つ!!ってことですよね♪」

「…まぁ、そのバカっぽい適当な解釈でも間違いじゃねぇけど…」

「未来!いい風に変わりますかねぇ」

「だから、それは俺とお前の今後一日以内の行い次第なんじゃねぇ?」


 どこかハニカんだ様子の君藤の表情に母性本能をくすぐられるも、さらなる難題に悩まされる由紗なのです…。


「行い次第って、またなんのことだかわかんないですって〜!!」

「結局わかんなくなってんじゃん…」


 由紗を見つめる君藤の瞳は、次第に深い色に変化し、魅惑の瞳になっている。ハニカみボーイはどこへやら?そんな余裕ある表情に、由紗の心臓は早鐘を打つ。


「一日以内に、いい方に未来は変わると確信してる」

「愛をーーー深める!?そこ強調しました?」

「そう。そこが大事。そうすれば、必ずお前は…」

「私、は…?」


 ハッと小さく笑った君藤は、片手を由紗の頬へと伸ばした。その手が由紗の頬に触れたと同時に、温もりが宿る。その心地の良い温もりに酔いしれる由紗は、そっと目を閉じる。



「必ずお前は、未来で生きてる。婆さんになっても、俺と愛由海のそばで」



 愛由海から未来の事故のことを聞いたその瞬間、内心ずっと暗転したままだった由紗の未来の行方。そこに突如、明るい光が差した瞬間だったーーーー。


 その力強く、愛に溢れたこの上ない言葉が、由紗の背中を押した。


「はい。そうですよね!!未来の私は、必ず生き続けてると思います!!君藤先輩と愛由海くんのそばで」


 その言葉を聞き、いつもの由紗だと胸を撫で下ろした君藤。


 不安な気持ちを悟られまいと、いつも通りを繕っていた由紗。そのわずかな変化を見逃さなかった君藤は、由紗の心を救えた喜びを噛み締めた。


「ああ。お前は何がなんでも、俺より先に死なないんじゃねぇ?何気に図太そうだし」

「…不都合な言葉はスルーします。私、おばあさんになってもずーっと、君藤先輩にくっついて離れません!!!」


 由紗に火をつけてしまった君藤は、降参の如く脱力感に見舞われる。


「…うん。覚悟してるわー」

「はい!…あれ?ところで、なぜ一日以内っていう期限付きなんですか?」

「唐突だなぁ…」



 愛由海の記憶が消えるまであと2時間ーーーー。



『今から一日以内に愛を深めれば、その後も永遠に、由紗との愛が続くっていう俺のおまじない。信じてみない?』ーーーー



 愛由海が未来へと帰る直前、この言葉を君藤にこっそりと告げた。それはそれは、とても意地悪げに。


「企みはさて置き、雨冷てぇし…俺んち行こ」


 君藤に艶やかな瞳を向けられた由紗は、一気に緊張が高まり、あえなく余裕を失くす。


「君藤先輩、女嫌いなんて言われてますけど、誘い慣れてませんか…?」

「はぁ?それ本気で言ってんの?」


(やばい…。不機嫌オーラ半端ないよぉ〜…。)


「…はい。ふと思ったもので…」


 ジトーッと射抜くその冷たい視線(安定の三白眼…)から、由紗は逃れられずに全身を硬直させた。


 冷たくため息一つ。それを受け、よりいっそう由紗に緊張が走る。


 君藤は分からず屋な彼女に物申す。


「お前ってほんとムカつく。女に慣れてるどころか、後にも先にも、お前しか誘ったことねぇんだけど…」


 由紗はその怒っているような、呆れているような、拗ねているような君藤の表情を、とてつもなく愛らしいと思った。なのに、目元だけを見れば、流し目が大人っぽさを際立たせているものだから、これ以上心臓がもつのか心配になってしまう。


 ますます余裕のない由紗に、君藤は問いかける。



「怖い?」


「……先輩となら、平気です」



 その言葉を受け、立ち上がった君藤は、由紗に手を差し出し、



「本当お前って…」



 ーーーーかわいいな。



 また有頂天になりそうな甘い言葉をくれる。そう思った。


 君藤の手を借りて立ち上がった由紗は、力強く引き寄せられ、君藤に急接近。


 目を覚ましてから未だ続く甘いシーンに、由紗は終始酔いしれる。


 そして、極めつけの顎クイーーーー。


「先々心配」


「……へ?なぜ先々が心配?そこは”かわいい”じゃないんですか!?」


 顔を背け、鼻で笑う愛しの彼。わけがわからない気持ちで悶々とする彼女。


 そんなにも期待以上のリアクションをする愛しい彼女に、ご褒美の言葉を紡ぐ彼氏。


「かわいいから心配なんじゃん」


「君藤先輩…?それって、本心なんーーー」



 チュッーーーー



 後頭部に手を当てられたあと、吸い寄せられる引力に従った結果、


 甘いリップ音とともに、重なり合った唇……ーーーー。



 雨の匂いと柔軟剤の甘い匂いが同時に由紗の鼻をくすぐった。


 それと、接近しているがゆえに、君藤のサラサラ前髪が由紗の肌をも心地よくくすぐっていた。



 その後君藤は、ハァ〜と愛おしく切なそうに長いため息をつき、これでもかというほどきつく、大事そうに由紗を抱きしめた。



「かわいすぎて…変な虫がつきませんように」



 『先々心配』と言った君藤の真意を理解した由紗。そんな心配事など、一生無用なのにーーーー。


珍しく素直でかわいすぎる君藤をまだ見ていたい由紗は、堪らず煽った。


「一生涯私を愛してくれなきゃ、その願いは叶わないかもしれませんよ」


「は!?…変な虫は絶対無理。お前は何がなんでも、俺しか見んな」


 煽りの効果てき面。らしくなくチョロくて甘い彼に、心の底から無限の愛おしさが湧き上がる。


「あのですね、先輩」

「うん?」

「私はもうかれこれ数ヶ月間、この世に存在する男性は、君藤先輩しかいないんじゃないかって錯覚してるんです!!」

「……は?なんの冗談?」

「…私のこの目は、君藤先輩しか見ようとしないってことをわからせるための言葉のアヤってやつですよ!!」

「……」


 うるせぇな…。君藤は心の中でそう呟いた。だが本心は、嬉しい言葉を紡がれたことに満足していた。


「当然この想いはこれからもずーーーっと続きます。信じてみる価値はありますよ♪」

「なんか上からなのがムカつく。ところで、雨強くなってきたな…」

「ですね。じゃぁ君藤家、行きませんか?」


 戸惑いを捨て、覚悟を決めた由紗。そんな愛らしい彼女の手を引き、君藤は最終ミッションの舞台(君藤家)へといざなったーーーー。

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