あゆみくんの真実
自分の招いた悲劇(母・由紗を巻き込んだ事故)をきっかけに、両親の過去の世界にタイムスリップしてきた愛由海。
作り物の世界でのみ存在するそんなファンタジーが現実に起こってしまっても、愛由海の話を聞いた者は皆、おとぎ話だと疑うことはなかった。
「俺、過去の二人と会えて本当に良かったって思う。二人にもだけど、ここに連れて来てくれた神様…じゃないんだっけ。ひい爺ちゃんにも感謝してる。この世界の親二人に会えないままだったら俺、死ぬかずっと目を覚まさずに、植物状態かもしれないから」
愛由海は力強く意思を持った視線を迷わずひい爺に向けた。
「そうじゃ。お前はもうじき目を覚ますじゃろう。わしもな、愛由海。お前をこの世界に連れて来て正解じゃったと思うとるぞ」
愛由海はひい爺のその言葉を聞き、フンッと小さく鼻で笑って俯いた。
「ならよかった。俺も同感。…まぁ、ひい爺の思惑通りになった感は否めないけどね」
「すごいことじゃと思わんか?喧嘩に明け暮れ、手をつけられんほど荒んでた過去を持つ男がじゃぞ?由紗と出会って、過去の愛に飢えた日々と向き合いつつも、愛される喜びを噛み締めることができたんじゃ」
「わかってるよ。その事実は大切だと思うし、俺にはとても太刀打ちできないほどの愛と絆も感じたからさ」
スヤスヤと眠る由紗を愛おしそうに見下ろす愛由海は、次に君藤と目を合わせた。
「心配するな。俺はこいつを、生涯をかけて守り抜く」
君藤は力強くも優しい瞳を愛由海に向け、そう宣言した。
「了解。任せた」
「おう。だからお前は、戻るべき世界に帰って、俺らを安心させてくんねぇと困るんだけど」
「そうじゃ。もう由紗も目覚めとるかもしれんぞ。事故で満身創痍の母を悲しませちゃならん」
愛由海はもう一度君藤を見つめ、力強く頷いた。それはまるで、つい今しがた愛由海に向けた君藤の瞳そのものだった。
君藤へ向けた視線は、順を追って再び由紗、志希、ひい爺へと移行したーーー。
その時、信じがたいことが起こった。
血だらけだったはずの愛由海の顔が、元のきれいな顔に戻っていたのだ。
「愛由海!もう大丈夫じゃ。お前は完全に元の世界で意識を取り戻したんじゃ。きれいになった顔がその証拠じゃ」
「そっか。じゃあひい爺ちゃん、もう帰ろっか」
「お、おう。えらいあっさりじゃのう」
「うん。だって回復したんだから帰んなきゃ、あっちのみんなをずっと心配させたままじゃかわいそうじゃん」
「だね。貴重な体験ができて楽しかったよ、愛由海くん。元の世界に帰って親孝行しなね」
「うん。任せて!…何度も体貸してもらってごめんね、志希さん。でもそのおかげで俺も楽しかったよ。ありがとう」
愛由海が最後に見せた笑顔は、どことなく安堵感が漂っていた。
「先輩、ラブホでみんなには事実を伝えたんだけど、それってあまり意味がないんだよなぁ…」
「どういう意味?」
君藤は真顔で首を傾げた。
「要するに、俺がいなくなれば、この世界の人は俺の記憶を失くす」
「ふーん。ファンタジー映画のようなシステムだな」
「でしょ。まあそのことは承知の上なんだけどね…。由紗の大切な友達に一瞬でも俺のことを知っててほしいっていう感情にかられたってわけ」
「お前って、健気だな」
ハニカむような笑みを見せる愛由海。
「…あ、そうそう。由紗には記憶を失くすことは伝えてないんだ」
「なぜ?」
「切なそうな顔は見たくないじゃん」
「そっか」
「あとね、これはこの世界に来た日に由紗に伝えてあるんだけど、正体を由紗以外の人物に話せば、俺は元の世界へと戻る約束でさ。そうなると、恋愛が成就するどころではなくなるって設定」
なぜかこのタイミングで、クスッと子供のように笑う君藤。
「そういえばこいつ、度重なる”あゆみくん発言”のあと、慌てて誤魔化してたよな」
「かわいいよね、そういうとこ」
「…」
「はい肯定~!」
「うるせーよ…」
「あのさ、由紗の恋愛はもうとっくに成就してたから、あと一つのミッションを残したままでも去っていいんじゃないかって思ったんだ。けど…」
「あいつのみならず、みんなとお別れするのは寂しい?」
「…マジで寂しすぎ。もう未来に帰る時間だし、みんなの記憶の中に俺はいなくなる」
「…」
「未練がましいの、俺。由紗の友達集めて真実話したのに、覚えててもらえないんじゃあね…。まぁ楽しかったからいいんだけどさ〜」
らしくなくハハッと無邪気に笑う君藤。愛由海は若干驚き、目を丸くした。
「お前って素直だな。そういうとこ、こいつに似てかわいい」
その言葉を受け、由紗に愛しい眼差しを向ける君藤をしばらくの間、感慨深く見つめた愛由海は、じきに柔らかな笑みを浮かべた。
「先輩」
「ん?」
キョトン顔の先輩かわいいじゃん。なんて思った愛由海は、この世界で過ごせる時間が残り少ないことを自覚し、素直な思いを父親に伝えようと心に決める。
「俺が未来から来た息子だってこと、疑わずに認めてくれてありがとう。来てよかった。ひ孫のために神と名乗り、神の権威を利用したひい爺にマジ感謝だわ〜」
君藤は今一度表情を緩めた。
「…愛由海。俺らに記憶が残らなくても、俺はお前に未来で会えるから平気だよ」
コクンコクンと二度力強く頷いた愛由海は、未来での再会を心待ちにした。
「おいおい…さっきからひい爺ひい爺うるさいんじゃ、愛由海。呼び名にちゃんぐらい付けてくれんか。神じゃないと知ったらぞんざいに扱いおって!」
元気いっぱいのひい爺にフフッと微笑む君藤と志希。その二人に向けて、ひい爺の話は続く。
「そうじゃ。愛由海から聞いたかもしれんが、わしからも伝えておく。異世界にワープして来た者が元の世界に帰れば、日付が変わる0時にこちら側の世界の人間は、おのずとその者の記憶を失くすんじゃ」
「そう。内容は違うけど、0時つながりってとこだけ俺、シンデレラみたいじゃない?誰の記憶にも残らないけどね。…あのさぁ、先輩。今咄嗟に浮かんだんだけどさ」
「何?」
「最後の14個目のミッション、もうなんの意味もないけど、いや、元々意味なんてなかったんだけどね…。クリアできた方がスッキリするかなって思って。だから由紗に伝えといて」
そう言うと、愛由海は不敵な笑みを浮かべ、君藤の耳元に近づき、最後のミッションを告げたーーーー。
そっと君藤から離れる愛由海をじっと目で追う君藤。負けじと君藤をじっと見つめ返す愛由海は、変わらず不敵な笑みを浮かべた。
「了解。伝えるわー」
「ねえ先輩。俺ってさ、最終的に二人の恋のキューピットだったのかもね」
それを聞いた君藤はハッと小さく笑いながら俯き、自分の腕の中で幼子のごとく眠る由紗を見つめた。抱える両手に力がこもる。
「俺もそう思うよ」
素直に認めた君藤に面を食らう愛由海。
「なんだよそれ…。もうずーーーっと男として敵わないじゃん。先輩には」
それを聞いた直後、眉間にシワを寄せた君藤は、愛由海をいい意味で戸惑わせる言葉を吐露した。
「んなわけねぇよ。お前は、母親思いのすげー立派な男じゃん」
「なんだよそれ…もっと熱く感情込めて言ってくんない?…でも、最後の最後でそんな風に褒められちゃぁ帰らんないっつーの」
「なんで?帰れよ」
「マジ酷!嘘だって。帰るよ!バーカバーカ!」
「子供かよ」
「子供だよ。あんたのね」
フンッと片方の口角を上げる君藤は、余裕綽々で、
「おう」
とだけ言うと、めずらしく目尻を下げた。
時刻は午後7:28ーーーー
あゆみと爺がこの世界から消えるまであと2分。皆の記憶から二人の記憶が消える0時までは、あと4時間32分。
「そろそろじゃぞ、愛由海」
そのひい爺の言葉に、一瞬俯いた愛由海だったが、ハァーッと息を吐いて君藤の顔を見つめた。
「じゃ。帰るね、俺」
「おう。未来で会おうな」
その言葉に愛由海は瞳を閉じ、愛おしげに君藤を(幽体離脱ゆえにエアー)ハグした。ぎゅーっと力強く……ーーーー。
「了〜解。未来で会おうね、先輩。この世界に来なっかたら、こんなにも素直な言葉なんて一生言えなかったかもね。ホントよかった。由紗のこと全力で愛さないと、俺許さないからね」
そっと君藤の体から離れる愛由海。
「言うだけ野暮ってやつだから。それ」
「あっ、最後に大事なことを言い忘れてた!」
「何?」
この上ないほどの幸福顔をした愛由海がもう一度君藤の耳元に近づき、コソコソと話し始めた。
「あのさ。俺、先輩のことも愛してるよ」
そのあと続いた言葉に君藤は、最愛の息子からの【宝の言霊】を受け取ったのだと理解した。
「じゃあ、俺の大事な由紗は先輩に託したから!ーーーひとまずバイバイ。親父」
「おう。バイバイ息子」
未来の息子にお別れを告げた直後、
「おう、そうじゃ! わしも君に大事なことを言い忘れておったわい!」
今度はひい爺が君藤の耳元で、あることを告げた。
最後の伝達を終えた幽霊ひい爺は、とても穏やかな顔で君高コンビに一礼。直後、この世界のひい爺が再びそばにあるベンチへふらっと横たわった。
二人が戻るべき場所へと旅立った瞬間だった……ーーーーー。
その後由紗爺は、帰宅時に志希が境内横にある自宅まで無事送り届けた。
「時間厳守で消えたな」
「…うん」
君藤は志希の言葉に、無性に寂しさを覚えた。
「もうじき…この世界の愛由海を知る誰もが、あいつの記憶を失くすんだよな…」
「…」
「海。お前、親父の顔してるよ。貴重な経験だったって証拠だな。で、最後愛由海何話したんだよ」
「それは二人だけの秘密」
「爺ちゃんとは?」
「それも二人だけの秘密」
「この秘密主義者め!」
君藤は目を伏せ、唇を噛み締めた。
「あいつ…愛由海には、未来でこれまで以上の苦しみを感じてほしくないんだ。…もしかしてこれって、親心ってやつ?」
「うん。ズバリそうだと思うよ。17才の親父さん」
「やっぱそうだよなぁ」
らしくなく照れくさそうな表情を隠しきれていない君藤。そして、それを微笑ましく見つめる志希。
「未来で会う愛由海のためにも、由紗ちゃんを末長く大切にしな!愛由海は母親愛が強過ぎるから臨死状態の最中、ひい爺さんの力を借りてまでこの過去の世界にワープして来たんだからな」
「その行動は絶対無駄にしないって誓うわ、俺。…心とは裏腹に、愛情表現が乏しい俺だけど、生まれて初めて性的に好きになった女なんだ」
「うん。具体的に言ってくれなくてもわかってるから…。海にとって、一生のうちに出会えるか出会えないかの貴重な女の子なんだろうなって思ってたからね。登校中に初めて出会ったあの日からビビッてきてたよ。俺は」
フッと笑って顔を背けたかと思えば、キッと志希を見据えた君藤。余裕ありげにこう言った。
「お前がビビってきてんのかよ。まぁ…俺もこいつに、運命感じた」
「…よしっ。らしくなく気持ちを素直に明かした海に対抗して、俺の密かなる気持ちも伝えさせて」
「おう。何?」
ひと呼吸おいて、相変わらず爽やかな笑みを浮かべーーー。
「俺さ、由紗ちゃんのこと、好きみたい」
一瞬、時が静止したのかと錯覚した君藤は、すぐに現実だと自覚し。
「・・・・・はぁ?それ、今言う!?」
勘弁してくれと嘆きたい衝動に駆られた。
「…だよね。普通はさ、息子を帰るべき場所に帰した父の寂しくも嬉しい余韻を存分に味わいたい時なんだよね。でもごめん、俺は変わり者らしい…。愛由海の存在を知ったからこそ、海に気持ちを伝えるのは今かなって思ってさ」
「は?なんでそうなる?だって俺とこいつの間には、将来愛由海ができるの知ってんのに、なんで愛由海の存在ありきの告白になんの?」
「いくら慎重な俺だってさあ、先々で友情より恋愛を取ることもあり得るわけよ。だけど、将来の愛の結晶に出会っちゃぁお手上げってもんじゃん?俺はそんな時を利用してお前に密かなる想いを打ち明けようって咄嗟に思いついたんだよ。由紗ちゃんへの暴走行為を抑制するためなんだけど、海には理解できないよなー」
君藤はガシガシ頭を掻くと、ハァ〜ッと深いため息をつき、人の気も知らずに微笑む志希を睨んだ。
「まったく恵瑠といいお前も、俺のものを欲しがってんじゃねぇよ…」
「だからーーー」
「わかったよ。得策なんじゃね?なんだかんだ言って結局今は、友情を選んでくれたってことだよな」
「…そう。今はね」
「だけどさ、志希にも恵瑠にも、いつかは自分を幸せにしてくれる誰かと出会ってくれることを期待してる」
志希はきょとんとした表情で君藤を見つめた。
「何そのアホ面」
「…だって、悠長なこと言ってんなーって思って」
「どこが?」
「いつかはって言ってちゃぁさ、早急に好きな子を見つけなくてもいいって解釈しちゃうじゃん」
「運命の相手なんて願ってもいきなり降ってくるもんじゃねぇよ。まず、恋のキューピットか恋の神様に出会えるかもわかんねぇじゃん」
「…いいよね。どっちにも出会えたお前はさ」
そう。由紗と君藤が恋のキューピット(愛由海)と恋の神様(由紗爺)に出会ったのは確かだった。
「だけど、あの二人に出会えなかったら、俺らの未来は違うものになってたのかな」
君藤はたった今芽生えた疑問をぼそっと呟いていた。志希もそれを聞き逃さなかった。
「由紗ちゃんと交じ合わない人生を過ごす未来になってたかってこと?」
「そう。こいつさ、他の女みたいに俺のことを見て喜ぶだけの女に見えるかなぁって」
「んーー…。アクション起こしそうだよね」
「だろ。単独でズケズケグイグイ…」
「海への気持ちを一生抑えきることなんてできないだろうね。そういうまっすぐでブレないかわいさに惹かれたんだよねぇ、俺」
「あっそう。…あいつが俺との恋愛成就を願ったからこそ、愛由海はその願望を利用してこいつに近づくチャンスを得れた。ただそれだけだったんだと思うんだ」
「…ただそれだけって?」
終始穏やかな瞳を由紗に向けていた君藤は、ようやく視線を志希へと向け、
「結果的に初めから恋愛成就なんて願望は、出会うためのきっかけにすぎなかったんじゃねぇかなぁ。つまり、愛由海がいろいろ企んで俺らの仲をこじらせようにも、赤い糸は頑丈だった。だから、都合よく俺らを引き離せなかったんじゃねぇかなって思う」
自信満々な表情に、志希は満面の笑みを浮かべた。
「運命の赤い糸は切れることなく、永遠に結びついているからなんの心配も無用ってわけねぇ。ほんと、由紗ちゃんに出会えてよかったな〜。海」
「俺、お前にとってライバルのはずだよな?」
「うん。あ、すごいって思った?心が広いなあ〜って」
「うん、思った。だけどな、こいつのことを好きでいるのは自由だけど…」
「ウンウン。なになに?」
「お前らにはやんねぇ」
「もちろんわかってますよ〜。次の女神に出会うまでは、俺も性的対象の目で見ちゃうけどね」
「……っっ(怒)」
君藤は志希の思いがけない告白のせいで、愛由海が帰った余韻に浸ることはなかった。
親友に寂しい思いをさせないために由紗への愛を性急に告白し、愛由海の件から話を逸らしたかった。というのが、志希の一番の狙いだったことは、君藤には内緒の所業。
実は、君藤の脳裏にその思考が一瞬よぎっていた。だけど、考えすぎか、と鼻で笑ったーーーー。
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